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 勇者枠初日の朝。隣を歩く椎奈は、小さく肩をすくめた。

「準決勝敗退、セイリードとの戦闘を回避。余りにも予想通りの結果だな」

 明らかに呆れを含む声に、にやっと笑ってみせる。

「3位決定戦は勝ったぜ。3位おめでとうとは言ってくれんのか?」

「3位おめでとう」

「……棒読みありがとよ」


 完全なる無表情、一切合財抑揚無し。俺の言葉っつーよりも、音を真似したような椎奈の言葉。インコか。


「けどよ、椎奈んとこの護衛よかマシだろ。決勝進出は鉄板と言われたあの騎士団長を破ってさんざん観客に期待させながら、準決どころか2回戦敗退、多くの勝負人の財布から金を失わせたんだからな」

 そう言って件のベラに目を向けると、やや気まずそうにその灰色の瞳を逸らした。が、表情には頑固さも覗いてて、反省はしてねえっぽい。


「金?」


 怪訝な声に振り返ると、黒曜石のような輝きを放つ瞳に、不思議そうな色が宿っていた。喜怒哀楽が顔や態度に出ない割には、目と声が雄弁な奴だと思う。


「知らないのか? この闘技大会は、いわゆるトトカルチョが行われるんだよ。みんな結構賭けてるらしいぞ、勝者とか順位とか。凝った所じゃあ、何分で勝敗が決まるかとか、決め手は何かとか、パフォーマンスの点数は何点かとか、そんなもんまであるらしい」


 知らない所に来る時には何から何まで調べておきそうな椎奈がんな事も知らないのは意外な気がしたが、彼女が賭け事に興味を示すとも思えない。それを思えば知らないのも納得出来て、俺は1人頷く。


「賭博か。確かに、これだけ盛大な催しならば、あってもおかしくないな」

 意味も無くうんうんと頷く俺に胡乱げな一瞥を投げた後、椎奈はそれだけを言った。あえてスルーされているのか、それとも単に無関心なのか。どっちにしてもちっと傷付く。


「山車もいっぱい出てるしな。後で何か食わねえ?」

「小崎はこの間も食べていただろう。ここには遊びに来たのではない」

 叱るような物言いをされて、思わず笑いを漏らす。それに不快げに眉をしかめて、椎奈は顔を背けた。


 ふと視線を感じる。首を巡らせれば、敵意の籠もった緑の瞳と目が合った。元々が柔らかい色だから怖くも何ともないが、居心地の良いもんではない。さりげなく視線を逸らした。


 ……にしても、このステラって護衛も、その隣にいるベラも、何故に俺に対して厳しい目を向けてくるのかね。それも、椎奈と雑談をすると必ず。

 もう1人のダニエルも警戒の目を向けてくるんだが、女性陣のは敵意のレベルが一段階上だ。正直勘弁して欲しい。


「どうした?」

 俺が心あらずになったのに気付いた椎奈が問いかけてくる。声がちっと緊迫していた。何か異常を察知したとでも勘違いさせてしまったようだ。

「いや、何でもねえよ」

 肩をすくめて言い切ると、それはそれで疑問を覚えたらしい。また眉を顰めて俺を見上げてきたが、すっとその目が別方向へと流れた。


 つられて見てみれば、見覚えのある豪華な顔ぶれが受付らしき場所に並んでいる。言わずもがな、勇者様ご一行である。

 受付嬢は並み居る美形にうっとりしているが、流石に仕事はきちんとしている。秀吾が並んでる所もそうなんだから、大したもんだ。



 ……って、やべえ。



 慌てて踵を返し、姿を眩ませるべく1歩踏み出そうとする。と、ぐっと腕を掴まれ、回れ右をもう1度させられた。


 意味も無くその場で回転した俺に、周囲から不審げな目が向けられる。その元凶はと言えば、涼しい顔で前を向いたままだ。


「大丈夫だと言っただろう。幻術には異常無い」

 俺にしか聞こえない、小さな声が耳朶を打つ。視線を向けないまま、同じように囁き返した。

「そう言われても、鏡で見ても変わったようにゃ見えねーし」

「鏡を見て自分の顔に驚いたら、不審がられるぞ」

 正論だ。正論だが、じゃあ納得できるかと言われると難しい。


「……そういえば」

 ふと思いだしたように声を上げ、椎奈が何か問いかけようとする。

「決勝戦、成り行きで瀬野と観ていたんだが——」



「あ、椎奈!」



 が、その言葉は、嫌と言うほど聞き慣れた声に遮られた。ぎょっとして顔を上げると、対外用の甘い笑顔で手を振る秀吾。


 割と久しぶりだというのに声を一瞬で聞き分けてしまった自分の耳にうんざりしつつ、さりげなく気配を消して下がろうとする。が、またも腕を掴まれて阻止された。


「瀬野か」

 挨拶のつもりかそう返した椎奈は、あまり気が乗らない様子だ。秀吾に声をかけられて動じない人間自体珍しく、まじまじとその横顔を見下ろす。


「今日からライバルだな! 当たった時はよろしく」

 秀吾の笑顔は、相変わらず呑気だ。その脳天気な顔に、お前本当に勇者する気あんのかと訊いた事数知れずだが、そこまで相変わらずかい。

 思わず漏らしそうになった溜息を呑み込むのとほぼ同タイミングで、椎奈の鋭い声がそれに応える。


「その時は一切手加減しない。そのつもりでいてくれ」


 冷えた声に、ぴりりとした気配。空気を読むのが超絶下手くそな秀吾でさえ、流石に顔を強張らせた。

 椎奈の在り方は、どこまでも「戦う者」だ。それが分かる程度には経験を踏んだ俺は、内心肩をすくめつつ口を挟んだ。

「なあ、俺にもそいつら紹介してくれよ。一応、昨日の勧誘会で見かけたけど」


 勧誘会というのは、決勝戦の終わった日の夜に決勝進出者と勇者達が集まるパーティだ。そこで勇者がタッグ相手を選ぶ手筈となっていた。


 勧誘会では、尾行が付いていた昼食時に俺が椎奈にアピールしたというシナリオで俺が椎奈に接触し、椎奈が申し出を受けた、という芝居を打った。

 いやあ、あの時は「何でお前が」目線が凄かった。そのうち絡まれるかもしれんな。どうでも良いが。


 まあ、それは置いておいて。その勧誘会、俺は秀吾を避けまくって話をしていない。よって俺達は初対面設定であり、互いに紹介されないというのは妙なのだ。椎奈の頭ん中では俺達は知り合いだろうが、現状俺から声をかけるのはおかしい。


 だから、空気を変える意味でも、空気を読まずに口出ししたのだ。そして、それが分からない椎奈ではない。


「……ああ、そうだったな。すまない」

「いいってことよ」


 二重の意味で謝罪を口にした椎奈に、わざとおどけた口調で返す。それには何ら反応を示さずに俺を紹介する椎奈は、既に通常モードに戻っていた。


「瀬野、彼は私とタッグを組む、冒険者のオズだ。オズ、彼は瀬野秀吾。私と同じ世界からの召喚者で、ガレリア国の勇者。隣にいるのがレイラ=シース=セイリード。同じくガレリア国の巫女だ」


 オズってのは、実際に冒険者ギルドに登録している、適当に作った名前だ。OzakiからOz(=オズ)である。まじでテキトーだが、後悔はしていない。


 ……余談だが、それを椎奈に教えた時『他の世界に飛ばされたのは、ドロシーという少女ではなかったか?』と首を傾げられて戦慄したのは勧誘会前の事だ。

 いや、狙ったんだがな。椎奈がオズの魔法使いを知っているのは、ものすげー違和感だったんだよ。


 …………椎奈が真面目くさった顔で『オズの魔法使い』を読んでいるの図をうっかり想像しちまったせいで腹筋と表情筋の限界に挑戦する羽目になっただなんて、本人に知られたらやべえと思う。


「初めまして、瀬野秀吾です。秀吾って呼んでくれな」

「セイリードとお呼びなさいな。ガレリアの神殿の巫女ですわ」

 対外用スマイルで如才なく挨拶する秀吾に、つんけんした態度な巫女さん。相変わらずすぎて感心するぞ。

「オズだ。冒険者やりながらあちこちふらふらしてる」


 ……秀吾と自己紹介を交わすっつーのは、やっぱすげー違和感だ。向こうは一切気付いてないのも、また何とも言えず気味悪ぃ。


 まあ、こいつのお陰で幻術とやらの効果を確認出来たのは御の字だ。効果無かったら、秀吾が騒ぎに騒ぐ事請け合いだし。



 結局武器屋で満足できる防具が見つからんかった俺は、代替案として、俺自身に幻術をかけてもらう事にした。


 今の俺は、赤みがかった茶髪に茶色の目という、何ともまあフツーな外見だ。こっちの世界はみんな西欧風の外見だから、それに合わせて肌も白い。声も微妙に違うようにしてある。……全部俺からは分かんねーんだが。

 背格好は元のままだし、仕草や癖ってのは無意識に出るもんだから、これで絶対にばれないなんて事はあり得ない。つーわけで、発言は最小限。気配は薄く、目立たねえように。今はいないが、騎士団長がいる時にはなるべく接触すまい。



 ——ま、秀吾が俺に気付く可能性は0だがな。



 とその時、秀吾が笑みを零して口を開いた。それがちっとばかし見慣れねえものなもんだから、何を言い出すのかと身構える。



「椎奈といいオズといい、強そうだな。2人と戦うのが楽しみだ」



 それを聞いた俺の口元が、知らず笑みの形に吊り上がった。


 好戦的な瞳に、挑発的な笑み。強者と戦う喜びに表情を綻ばせ、自信に裏付けされた言葉を漏らす。



 ——秀吾お前、いつの間にそんなもん覚えやがった。



「こちらこそ、だ」

 ご要望に応えて、不敵に挑発的に言葉を返す。一瞬2人の間で火花が散り、同時に笑みを深めた。



「あっと、俺たちの番だな。じゃあ、試合でぶつかるのを楽しみにしてるよ」


 笑みを浮かべたまま、秀吾はひらりと手を振って去って行った。その背中は、以前より確実にしっかりしている。


「……思ったよりも、良い顔をするな」


 椎奈が呟きを零した。視線を下げると、意外そうな目で秀吾を追っている。


「まー、男の子だかんな。剣と魔法の世界に来れば、バトルにはまるのは仕方ねえって」

 ゲームやラノベに触れてりゃ、1度くらいこういうのに憧れる。奴が未だゲームの世界に紛れ込んだような気分でいるにせよ、ああしてちゃんと戦っているんだから、まあ結果オーライだろう。


「…………」


 俺の言葉には何の相槌も打たず、椎奈は丁度空いた受付に足を向けた。手早く手続きを済ませ——俺達のタッグに興味津々な受付嬢はスルーだ——、トーナメント表をもらってその場を去る。


 トーナメント表によると、俺達の出番は2試合目。相手はメテラ国っつー、鉱山に囲まれた工業国だ。


 勇者枠は1日2試合、決勝は昼間に行う事になっている。1試合目の勇者達は決勝まで当たらない組み合わせだから、今観る必要もねえ。しかも2試合目は午後からだ。それまでの時間、好きなだけ使って良いって事になる。


 ……暇じゃねえかよ。


「さーて、どうすっかね……」

「1時間前に闘技場集合で良いだろう」

 素っ気ない返答。堂々と別行動前提な態度を却って好ましく感じつつ、ふと思いだして尋ねる。

「そーいや、秀吾に会う前に何か言いかけてたな」


 秀吾の間の悪さはいつものことだから、誰かといる時はどこまで会話していたかきっちり覚えておく。そうでもしねーと大事な内容を聞き損ねたりするからだ。主に相手が秀吾にぼんやりしちまうせいで。

 それを今回も無意識にやってたらしく、直ぐに思い出せた。椎奈は一旦瞬きして、直ぐに答える。秀吾に当てられてないのは、流石っつーか。


「ああ、瀬野達が小崎の戦いを観て小崎だと気付かなかったのが不思議だったんだ。ガレリアにいた頃、小崎の戦いを見た事位はあるのだろう? 今も小崎と面と向かって話をしたのに、全く気付かない」


 その口振りが心底不思議そうなもんだから、堪えきれずに吹き出した。腹を抱えて笑う俺に、周囲も椎奈も不審者を見るような目を向けてくる。


「わり、つい……。それに関しちゃ簡単だよ、秀吾は馬鹿なんだ」

「……そうは見えなかったが」

 俺の言葉に軽く眉を寄せる椎奈に、意味ありげに笑って見せた。

「成績は良いぜ。いつでも学年1番だ。そうじゃなくてな、他人の言う事丸々信じるんだよ、あいつ。悪意があれば気付くが、悪意が無けりゃ冗談でもあっさり騙される。今も俺が流れの冒険者だって聞いて、奴の中ではそれが唯一絶対の真実になってるんだよ。巫女さんは秀吾しか目に入ってないしな」


 秀吾はもう本当に、とにかくお人好しだ。他人を疑ってかかるなんて考えもしねーし、敵以外は全て仲間だと信じてる。敵じゃなくても利用される事はあるんだから気を付けろと、それこそ耳にたこができるほど言ってるが、ちっとも耳を貸しやしない。

 だから俺は、格好さえ気を付ければ大丈夫だろうと踏んでいた。ので、幻術に効果がある以上、俺が心配する必要性は全くない。


「……よく分からないが、幼馴染の小崎が言うのならそれで良いのだろうな」

「おう」

 ま、曖昧な感じで頷く椎奈には分からん話だろう。それでいいのだ、それで。あいつのバカさ加減を思う存分利用するなんて、こいつには似合わねえ。


「そんじゃ、1時間前な。……って、30分前で十分じゃねえか?」

「初回は説明などがあるから、30分前には2人揃っていてくれと言われただろう。聞いてなかったのか?」


 わざとだろう、半眼でじっとり睨まれて頭を掻く。


「俺、ああいう説明聞くの苦手なんだよな……悪い。にしたって、40分前でも良いんじゃね?」

「遅れないならな」

「うっ……」


 今朝ちっと寝坊して約束の時間に15分程遅れた身としては、今の一言は非常に耳が痛い。


「……45分前で」

 とはいえ1時間前集合はいくら何でも怠すぎるので、そこまでの譲歩を願い出てみる。椎奈は溜息をついて、頷いた。


「分かった。……きちんと用事は済ませろよ」

「おう、時間内にな」


 釘刺しに片手を挙げて応え、俺は街へぶらりと歩きだした。


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