求めるものは、力
天御中主神。
日本神話では天地開闢の際に高天原に最初に出現した神とされており、宇宙の根源の神、あるいは宇宙そのものと言われている。
ほとんどのものが存在すら知らない伝説上の神と知り合いなのは、私の身に流れる血筋の為。
そんな事はどうでも良いとして、問題は。
「何故貴方がここにいらっしゃるのですか!?」
日本の最高神が、何故異世界にいるかだ。
『何故とはつれない言葉だな。3年前に会うて以来、どうしているかと気にかけていたというのに』
平然と嘯く神に頭痛を覚えつつ、ご存知である筈の事実を指摘した。
「いえ、そういう問題ではなく。ここには既に、世界を統べる神もおわします。そこに貴方がいらっしゃればこの世界の均衡が崩れてしまう事位、お分かりでしょう」
少し考える風をした神は、しかし直ぐに合点のいった様子で頷く。
『……ああ、あの童の事か? ちゃんと許可を得てここにいるから、巫女が心配する必要はない。それに、ここは神官の作る虚構世界。影響を受ける事はあるまいよ。
それよりも、シイナの巫女よ。現状を、巫女は正しく理解しているのか?』
神が突きつけてきた鋭い尋問に、思わず息を詰める。
『巫女の推察通り、あの3人は巫女に巻き込まれてこの世界に来た。その上で、自らの意志でここに残る事を選び、力を求めた。巫女のすべき事は、何だ?』
「……ここに、残ると、選んだ?」
聞き間違いであってほしいと、強く願った。しかし、神は容赦しない。
『自分達が巻き込まれたと理解した上で、な。巫女よ、彼らは巫女が考えているよりもずっと強い。あれはおそらく、何を言ってももう引くまい。
……それで? 巫女の求めるものは、何だ』
目を、固く閉じた。激しい自責の念を押さえ込んでから再び目を開け、神を真っ直ぐ見据え、答えた。
「……彼女達を、旭を、守る力を。貴方の協力を賜りたく存じます」
巻き込んでしまったのならせめて、傷つけたくない。この身が災いをもたらすのならば、その災いが彼らに降り掛かる前に払いのける力を。その為ならば、神とだって契約を交わしても構わない。
——たとえそれが、禁忌に触れる事だとしても。
そう言うと、神は凄絶な笑みを浮かべた。
『契約を、結ぶか。この世界でも』
その言葉に無言で頷いて、その場で跪く。
『……我はシイナ。我、目の前におわします天御中主神と、契約を結ぶ事を祈り奉る』
『我、天御中主神、シイナの巫女と契約を結び、巫女の願いが叶うべく、我が力を貸し与える事を約束しよう』
神の言葉が終わると同時に、凄まじい熱が体内を駆け巡る。目を閉じ唇を噛み締めてそれに耐えると、熱は首の周りに集結し、消えた。
目を開け見下ろすと、首には落ち着いた色調の石がぐるりと巡る首飾りが下がっていた。胸元に当たる位置には、ほのかに輝く翡翠の細いクロス。
『その首飾りが、巫女の力をこの世界に適応させる。そして、それを介して我が力を貸し与える事も出来よう。……それにしても、よく耐えたな。2度目とはいえ、人の身に耐えられるものではないはずなのだが』
クロスに軽く触れつつ、後半の言葉は無視した。
神の言葉通り、身の内に巡った熱はこの身を苛めた。悲鳴を上げる事も、のたうち回る事すらも出来ない程に。それでも意識を保ったのは、逃げる権利など無いと考えたから。そして、ある事に気付き、それどころではないと判断したからだ。
立ち上がり、刀印を結ぶ。目を閉じ魔力の流れを辿ると、思った通りの魔法陣。
『ほう、気付いたか。力を付けたな、巫女よ』
感心したように呟く神に、1度目を開け向き直った。
「私は私に出来る事を致します。それでは天御中主神、失礼致します」
『何かあったら、呼ぶがよい。私は巫女に責任があるからな』
神の声がふと曇る。首を横に振ってみせてから、息を深く吸い込み、術を発動させた。
周りの世界がひび割れ、青い光が当たりに満ち始める。その中で、私ははっきりと告げる。
「感謝しています、ご尽力いただいた事に。全ての元凶は、私ですから」
返事を聞く前に、視界は完全に青く染まった。