観光と異文化と
決勝トーナメント、2日目。
トーナメントは1回戦2回戦と順に進んでいくので、前半は時間に余裕がある。1日目に試合があった俺は、今日は出番が無いのだ。よって、1日中フリーに使える。
というわけで、街へと繰り出す事にした。一応準決までは勝ち進む気でいる。勝ち進めればだんだんと試合と試合の間が短くなる日程なので、今のうちにやれる事をやっちまおうという魂胆だ。
やれる事とは勿論——椎奈に頼まれた用事と、街の観光が目的だ。
ふらふらと歩く俺の目には、多くの山車が映っている。売られているのは、焼き鳥らしきもの、甘味、観戦用と思しきグッズetc. この辺りは元の世界と何も変わらない。
——だとすれば、である。お祭り大好き日本人である俺が、これを堪能しない理由があるだろうか、いや無い。
内心拳を握りしめて断言しつつ、早速良い匂いを漂わせている焼き鳥を頂く。残念ながらタレではないが、素朴な塩焼きが癖になりそうだ。
側にあったかき氷っぽいものは、一瞬悩んだが諦めた。日本じゃねえんだ、生水飲んだら腹を下す。
更に目に付いた食べ物を手当たり次第食ってみるが、どれも結構美味い。食への拘りが尋常じゃねえ日本と比べればやや大味だが、この文明発展度にしては、庶民が食べるものの質が高いと思う。
「あんた、よく食べるねえ。これもいるかい?」
目に付くままに胃に収めていた俺の食べっぷりを認めたおばちゃんが、フランクフルトをくれた。大好物である。
「ありがと。どの店のもんも美味いな」
「そりゃあねえ、この街は色んな食べ物が入ってくるから。美味しいものを売らなきゃ、買って貰えないのさ」
けらけらと笑って答えるおばちゃんは、固太りというのだろうか、いかにも働き者なオーラが出ている。成る程、こういうきちんと働いている人しか、山車は出せないらしい。市場原理とも言うが。
「食わせてもらう側からすれば、ありがたい限りだな。えーと、これいくら?」
「ん? 良いって、持ってきな。若い子はしっかり食べるのが1番だ」
おばちゃんの好意が眩しい。ここは素直に頂いた方が良さそうだ。
「サンキュー。今度知り合いにこの店薦めとくな」
「さんきゅー? まあいいや、是非宣伝しといておくれよ」
しまった、英語は通じないんだった。気にせずに笑ってくれたおばちゃんの懐の広さに感謝しつつ、フランクフルトを軽く振ってみせて、店を離れる。
よくよく見てみれば、絶妙の焼き加減だ。焦げ目は付けども苦くない程度で火から上げられたフランクフルトは、実に香ばしい香りを漂わせている。皮にシワもなく、ほんっとうにベストの状態だ。
これはあれだ。かぶりついたら肉汁溢れ出る、最高の味わいを提供してくれるフランクフルトだ。ケチャップはないが、それは要らないからだろう。
思わずつばを飲み込んで、口元に運ぶ。汁が飛び散るかもしれないから注意しつつ、思い切りよくかぶりついた。
「……!?」
下手なリアクションを取らず、なんとか呑み込んだ俺は偉い。そう自画自賛したくなる程の不意打ちだった。
予想通り、フランクフルトは見事な焼き加減だった。噛んだ瞬間溢れ出る肉汁は熱々だし、肉自体も硬すぎず柔らかすぎず。花丸ものの焼き加減だ、それ自体に異論は無い。
問題は、そいつが甘かった事である。
「…………」
無言でもう1度囓る。気のせいじゃねえ、やっぱり甘い。砂糖の甘さと言うよりは、何らかの調味料による甘さだ。タレ的な……いや、焼き鳥のタレとはまた違うんだが。
味自体は、悪くない。甘みに不自然さは無いし、どぎつさもない。だがしかしだ。
「……フランクフルトは塩味だろう……!?」
地を這うような声が、俺の口から漏れ出た。フランクフルトをこよなく愛する俺としては、甘いフランクフルトなど許せん。断じて許せん。
思わず、フランクフルトにおける塩味の重要性をおばちゃんに語るべく、元来た道を戻ろうとした俺の耳に、聞き慣れた声が届く。
「……何をしているんだ?」
振り返ると、椎奈が胡乱げ……つーか胡散臭げな顔で俺を見つめていた。
「ふら……あーいや、何でもねえ。街を歩いてただけだ」
落ち着け俺、椎奈にフランクフルトは塩だよなと聞いてどうする。
「……本当にただ歩いていただけのようだな」
俺の手元のフランクフルトもどき——そのものとは断じて認めん——に目をやった椎奈の声に、呆れとそこはかとない冷たさが滲んだ。慌てて空いている手を振る。
「いや、忘れてるわけじゃねえぞ。ちっと観光も楽しんでるだけで」
口ではそう言いつつも、内心だらだらと冷や汗を流す。実のところ、あんまりにも美味いもんが続いたのと異文化ショックで、一瞬忘れかけていた。
「……なら良いが」
椎奈はそう言いつつも、疑わしげな表情で俺を見つめたままだ。とにかく話を逸らしたいのとちょっとした好奇心とで、俺は手元のフランクフルトもどきを差し出す。
「美味いぜ? これ。食べさしだけど、椎奈も一口どうだ?」
「要らない。お腹は空いてないから」
即答だった。声からも、遠慮だとか間接キスを気にしているとかではなく、本心から欲しがっていないのがありありと分かる。
「いやいや、こーいうのって腹減ってる減ってないの問題じゃねえだろ。こう、祭りに行ったら出店のもんは片端から食べるようなもんで」
「そんなルールはないだろう。要らないものは要らない」
眉を微かにしかめてまで断る椎奈に、こっそり残念に思いつつ肩をすくめた。
「ルールって言うか、心意気だぞ。まあ良いけどな。それよか、闘技場にいなくて良いんか?」
勇者達は今日1日中、あの場所に張り付いて観戦しているもんだと思っていたのだが。椎奈はこんな所にいて良いのだろうか。
「……今は昼休憩の時間だ。気付かなかったのか?」
今度こそ明らかに呆れた調子の声に空を仰ぐと、確かに太陽は真上に位置していて、昼の時間である事を告げていた。
「げ、まじか。全然気付かなかった」
つーか俺、買い食いだけで午前を消費したのか……美味いもんが多すぎだ、んとに。
「んじゃ、俺はもうちっとぶらぶらしとくわ。まだ腹減らねえし」
「そうか。気を付けて歩けよ」
言外に告げられた警告にさりげなく視線を流すと、妙な気配の男が目に入った。どうやら、椎奈と接触した俺にも尾行がつき始めたようだ。
「おう、あんたもな」
気付いた事を暗に告げつつそう返すと、椎奈も頷いて去って行った。昼食は食わないつもりなのか、店に入る様子はない。買い物しつつ、計画を進めているのか。
……俺もいい加減始めよう。
ちっと反省しつつ、手元のフランクフルトもどきを一気に食べる。近くの山車のあんちゃんがゴミを捨ててくれたので、礼代わりにそこのポテトを買い、塩味絶妙なそれをつまみながら、自身の能力に意識を集中した。
椎奈に徹底的に叩き込まれた地図と、場の歪みと。王都に来た当初から感じていた違和感がより強い場所の中で、ベストの位置を探す。
違和感に紛れ込ませられる場所。人々の意識から外れやすい、何て事の無い場所。魔力の影響を受けづらい場所。そんな場所を、ポテトを食いつつ街を観光している風を装って、探していく。
これを感知出来るのは余程の魔術師だけだと、椎奈は言っていた。理魔術師であるホルンですらこれは出来ないから、自分1人でやるつもりだった、とも。
1人で2つ同時に行うのは、かなりの負担に違いない。そう判断したからこそ、椎奈は俺に助力を求めてきたんだろう。
魔術なんてちょこっと囓っただけの俺だが、こればっかりは俺の独壇場だ。特に意識しなくとも感じる空間感覚に、ほんの少しだけ集中すれば良いのだから。
果たして、お店の人と会話したり、美味そうなもん買ったりしつつ探す事およそ10分、最適な場所を見つける事が出来た。人目に付かないよう、尾行に気付かれないよう、さりげなく、かつ手早く作業を終える。
更に、同じ事を違う場所でもう1度。やっぱ2度目になると作業が早い。手間取る事無く完了した。
そっと、尾行の人間の様子を窺う。能力を行使して挙動を確認したが、勘付いた様子はない。上手くいったようだ。
椎奈は、一度に全部やると勘付かれる恐れがあるから、少しずつやってくれと言っていた。よって、今日はこれ以上する必要は無い。
というわけで、もう良いだろう。
「親父、ビール!」
さっきナッツを手に入れてからずっと我慢していたそれを注文し、俺は喉を鳴らした。異世界最高。
お酒は20歳になってからです。