決勝戦初日
冒険者枠決勝初日。
一昨日の午後や昨日は自由に動けたが、今日からは毎日闘技場に向かわねばならない。その為、一昨日のように朝食を抜き、早い時間に街を歩いた。
道筋は、いつも同じ。前の日に通った足跡を、ほぼ正確になぞる。多少の違いは問題無いが、定点はきちんと抑えなければならない。
1歩1歩に集中しつつも、街の店舗に並ぶ物に興味を示したり、適当な武器屋に立ち寄ったりと、街を散策している演技も忘れない。時間帯は早いが、既に街は日々の営みを始めている。人目はそう少なくない。
……それに。
店の人間に売り物について尋ねつつ、ちらりと背後を窺う。隠す気があるのかないのか、一定の距離を置いて付いてくる気配が1つ。一応姿を見せずにはいるが、小崎以上にその気配が丸分かりだ。
城を出た初日から、監視が付いている事に気付いていたが、街を歩く度に付けられるのは、少し緊張する。術で行っている準備が1度でも妨害されれば、全てが水泡に帰す。もしこの街を歩く意味に気付かれたら、計画は厳しいものとなる。
敵は、神霊魔術を修めている。少しでも不自然な行動があれば、そこから意図を逆算されかねない。街をぶらついているだけと思わせなければ。
質問に答えてくれた店員に礼を言い、金を出して購入する。昴の毛並みを整えるブラシだ、買っても妙ではあるまい。
店を離れ、再び歩き出す。常に地図を脳裏に浮かべて正確な位置を確認しつつ、さりげない足の運びを続けていく。
——全ては、来たる日の為に。
小崎とボローニも、きちんとやってくれているだろうか。そう思いながら、私は歩き続けた。
昼と呼ぶにはまだ少し早い時刻、ホルンやメイヒューと合流して、決勝に向かう。好戦的な気配を漂わせ戦いの場へと向かうホルンを見送り、メイヒューと共に観客席に辿り着いた時、声をかけられて顔を上げた。
「椎奈!」
瀬野だ。笑顔で近寄ってくる彼の後ろには、吉野もいた。気付かれないよう、そっと溜息をつく。
「瀬野に吉野か。2人も観戦か?」
「ああ。タッグ相手の選考なんだから、俺達もいないと。椎奈もそうだろ?」
「まあな」
首肯すると、瀬野はにこにこと笑ったまま、連なった空席を指差す。
「折角だし、一緒に観ないか?」
何故彼は、こんなにも私との接点を持ちたがるのだろうか。小崎とは作戦上いくらか付き合うのも吝かではないが、瀬野にこうも近寄られる理由がよく分からない。
とはいえ、断る理由も見つからない。仕方無く頷いて、3人並んで座る。それぞれの護衛は、後ろに腰を下ろした。
「椎奈は、やっぱりあの護衛の人と組むのか?」
早速尋ねてくる瀬野に、慎重に答える。
「いや、まだ決めていない。やっぱりという事は、瀬野達はそのつもりなのか?」
「ああ、俺はレイラと組むよ。今までずっと一緒に戦ってきたしな。真もあの神官と組むんだって。な?」
「……はい」
朗らかに答える瀬野に問われ、吉野が頷いた。瀬野とは対照的に、表情に影がある。
予想を半ば確信しつつも、後ろに護衛が居る以上、追求は出来ない。気付かなかった振りをして頷いた。
「そうか。私は決勝を見て考えるつもりだ。勿論、護衛でも良いのだが」
「そっかあ。じゃあ今からの決勝、しっかり見ないとだな」
相も変わらず笑顔の彼に頷き、視線を競技場に戻す。下では、丁度決勝トーナメントのくじ引きをする所だった。
ふと気付き、瀬野に視線を向ける。それに気付いた瀬野が、小首を傾げた。
「何?」
「……いや、何でもない」
すっかり失念していたが、瀬野は小崎の戦いを見た事がある筈だ。装備は変えられても、戦闘の癖は変えられない。付き合いの短い他の面々は誤魔化せるかもしれないが、幼馴染である瀬野を誤魔化すのは、無理ではなかろうか。
妙な所で抜けている小崎の警戒心に疑問を覚えるが、まさか瀬野に聞く訳にもいかない。成り行きに合わせて対処しようと決めた。
「おっ、決まったみたいだな」
私の韜晦に追求する姿勢を見せていた瀬野だが、幸い眼下のざわめきの方に注意が逸れた。誤魔化す言葉を探さずに済んだ事に安堵しつつ、私もアナウンスに耳を傾ける。それによると、小崎は第3試合でレーナと戦うようだ。運が良いのか、巫女のセイリードとは決勝まで当たらない。騎士団長は出場していないようだし、準決勝辺りで適当に負けるつもりだろう。
……たかだか2日の付き合いの上での予想なのに、妙に確信に近いものを感じている己に、心の中で警鐘を鳴らす。
——心を寄せるな、寄せさせるな。彼に災いをもたらしてはならない。
「椎奈、どうした? 険しい顔しているけど」
心配げな声が聞こえ、顔を上げる。声と同じく心配を顔に浮かべた瀬野と視線がかち合い、静かに首を振った。
「いや、何でもない」
「そう? ……あのトーナメントだと、気持ちは分からなくもないけど。椎奈の所の護衛さん、初っ端からきつい相手みたいだし」
瀬野の言葉通り、ホルンの相手はケネグだ。この国最高レベルの戦闘力を有する彼と初戦からぶつかるとは、彼女もなかなか運が無い。まあ、そうでもなければ、私の護衛なんてする羽目にはなるまいが。
けれど、嫌いと言い切ったケネドの神官と決勝まで当たらずに済むのは、御の字と言った所なのだろう。小崎同様、どこかで負けるのは間違いない。
事前に情報の無い人達だ。試合で当たる可能性がある以上、少しでも戦闘スタイルを分析しておかねば。そう思い、姿勢を正して、第1試合の選手達に目を向けた。