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*それぞれの答え*



 考える為に与えられた3日間は、あっという間に過ぎた。



 私は今、旭先輩と2人、魔術の練習場にいる。部屋には盗聴防止の魔法陣が敷かれているから、私達以外に話を聞く人はいない。


「意思は固まったか、神門」


 そう問う旭先輩の背後には、複雑な魔法陣がチョークみたいなもので描かれている。


「仮にまだ迷っているのならば、覚悟が無いと見なして元の世界に還す。無論還りたいと希望するならば、これもまた還す」


 そこで、どうしてか旭先輩の胸元のクロスが淡く光ったけれど、旭先輩は無反応で続けた。


「決意したつもりでも、中途半端な覚悟だと判断した場合は還す。生半な覚悟ではこの先やっていけない。そもそも、今後迷っている時間など無い」


 そこで言葉を切ると、旭先輩は真っ直ぐにその闇色の瞳を向けてきた。静かで容赦の無い、冷徹な瞳。冷たくて、怖くて、……大好きな、瞳だ。



「神門詩緒里。お前は、何を望む」



 重みのある、問い。呪文と同じような力が、込められているのだろう。


 ゆっくりと、深呼吸。早くなっていた鼓動が少し落ち着いてから、私は真っ直ぐ彼の瞳を見て、言った。



「——私は、この世界に残ります」



 残りたいじゃなくて、残ります。精一杯の意思表示だったのだけれど、旭先輩は表情を変えない。

「残るだけか」

「いいえ。残って、椎奈や旭先輩と一緒に戦います。出来れば、里菜も一緒に」


 目を1度も逸らさずに言い切るのは、かなり気力が必要だった。旭先輩の瞳は、気を抜いたら吸い込まれそうな、深く静かな闇の色だから。


「理由を聞こう」

 その言葉に、やっぱり、と思った。旭先輩に理由を納得してもらえなければ、私は還される。


「……私は、椎奈と一緒に戦いたいです。椎奈や旭先輩が戦っているのに、先に還るなんて事は出来ません」



 レナさんの話を聞いてからずっと、自分の適所はどこか考えていた。


 最初は、2人のように強くないんだから、一緒に行くべきじゃないと思った。椎奈に言われた「足手纏い」という言葉が、頭の片隅にあったから。


 けれど。椎奈が1人旅立った時の奇妙に遠い感じが、どうしても忘れられなくて。椎奈がまたここを離れる時、やっぱりあんな感じなのかなと思うと、凄く怖くて。



 ——一緒にいたいという気持ちが、消えなかった。



「怖いのは、怖いです。自分が強力な魔術を身に付けた事が怖い、簡単に生き物を殺せる力を得たのが怖い。……でも」


 そこで、ただ無表情に私を見つめる先輩に、ちょっとだけ笑って見せる。少し自嘲気味だったかもしれない。


「死ぬ事の方が怖いから、私は戦えるんです。死にたくないから、魔物を殺せる。この間思い知りました」

「戦わなければ、死の恐怖を感じる事も無い。それでも戦場に立つか」


 抑揚の無い問いかけにも、きちんと頷けた。


「戦うのは、怖いですけど……私は、待つ事の方が、怖いです」

「…………」

「椎奈や旭先輩が、今にも怪我するかもしれない。危険な目に遭うかもしれない。そんな中ただ待つなんて、元の生活に戻るなんて、そんな事私には出来ません。だから、一緒に戦いたいんです」


 何も言わずに拙い言葉を聞いてくれる旭先輩と、改めて目を合わせた。私なりに精一杯強がって、言い切る。



「私は、椎奈や旭先輩より弱いです。弱いから、2人を守る事はきっと出来ない。でも、一緒にいれば、きっと何か出来ると思うんです。……私に出来る事を、探していきます」



 旭先輩は私の宣言を聞いて、静かに瞼を下ろした。微動だにしない先輩をしばらく見つめていると、瞼が持ち上がり、闇色の瞳が再び覗く。


「具体的な案はあるか」


 今までとは少し趣旨の違う問いかけに期待を持ちながら、頷いた。


「私はそれでも……臆病だから、刀で生き物を殺すのは、怖くて出来ません。だから、後衛としての技を沢山身に付けていきたいです。イストやミキに協力してもらって、もっと風の魔術の使い道を探していきます」


 恐がりな私は、覚悟を決めたって恐がり。刀で生き物を斬るのは、多分心が保たない。だから、この世界の魔術師みたいに、後方から前衛の補助をしたり、火力のある魔術で援護したりしたい。

 サーシャさんは魔術師の知り合いが多いみたいだから、そういうのが得意な人も知っている筈だ。何でも聞いて、どんどん身に付けていきたい。


「……それとも、刀を使えないようでは、駄目、ですか」

 おそるおそる聞いてみる。こういう考え方じゃ、椎奈達には付いて行けないかな。


 視線の先、真剣な顔で話を聞いていた旭先輩は、私の問いに小さく息を吐いた。


「いや。俺もどちらかというと、後衛に近い戦闘スタイルだ。今は長巻の扱いを学んでいるから、ある程度前衛でも戦えるだろうが。補助魔術に特化した魔術師が1人いると、戦い方が広がる」

「じゃあ……」


 思わず身を乗り出した私に、旭先輩ははっきりと頷く。


「覚悟が決まり、これからの方針も定まっている。……俺も椎奈と共に有る人間が居る事を、否定しなくて済んだ」


 旭先輩らしい、肯定。へたり込みそうになるのを、辛うじて堪えた。



 ——よかった。ちゃんと、認めて貰えて。



「さて、後は古宇田か。神門、こっちの魔法陣の上に立っていろ」

 指差された先を見れば、旭先輩の後ろにある魔法陣よりも簡単な魔法陣が、同じくチョークで描かれていた。何となく、その図に見覚えがある。

「……姿を隠す結界、ですか?」

 少し意外そうに眉を上げた先輩が、頷いた。

「古宇田が神門を見て結論を揺るがせるのは、誰の為にも良くない。俺と2人だと思った方が、本音も言いやすいだろう」


 確かに、旭先輩と2人きりだったから言えた事もあった。素直に頷き、魔法陣の上に立つ。

 旭先輩が手を翳すと、魔法陣の外側の線を境にして、見えない壁のようなものが現れたのを感じた。


 1度その効果を確認するように私の方を見た後、旭先輩がドアへと視線を移す。計ったように、ノックの音が響いた。


「入れ」


 緊張した様子の里菜が入ってくる。一瞬視線が動いたのは、私を探したのかな。


「意思は決まったか、古宇田」


 旭先輩が、私にしたのと全く同じ説明と問いかけをする。それを受けた里菜は1度深呼吸をすると、言った。

「私は、ここに残って戦います」

「理由を聞こうか」

 静かな旭先輩の瞳を挑むような睨むような目で見つめると、里菜はきっぱりと言ったのだ。



「嫌だからです!」



「…………」

 あんまりといえばあんまりな答えに、旭先輩は沈黙した。構わず里菜が続ける。



「今まで頑張って練習してあれこれ覚えたのに、戦うのが怖いからなんて理由で全部投げ出して還るなんて、嫌です」



 だだっ子のような物言いだけど、私は顔中に笑いが広がっていくのを感じた。



「大体、怖いから還るって格好悪いじゃないですか! そんなの嫌です。これだけあちこちでやるって宣言しまくったんだから、最後まで戦います!」



 理屈なんてない。嫌だから。格好悪いから。やると言ったから、やる。旭先輩にとっては、支離滅裂で、理解出来ないものかもしれない。



「大体、格好付けて、椎奈に勝ってやるって言ったからには、勝たないと気が済みませんし!」



 ——でも私は、胸を張って言い切る里菜を見て、ああ、里菜だなあ、と思った。



 しばし、沈黙が続く。文句あるかと言わんばかりの里菜と、完全に無表情な旭先輩の睨み合いが、私には永遠に感じられた。



「……古宇田がそれで良いなら、俺は構わない。だが、それだけの理由で、これから戦い続けられるのか」

 ようやく溜息を漏らした旭先輩が、確認するように問いかける。里菜は、少しも迷わずに頷いた。

「護りはユウとイラに頑張ってもらって、攻撃魔術と薙刀、めっちゃ練習します」

「……治癒も練習した方が良い」

「はい! よろしくお願いします」


 嬉しそうに頷く里菜。旭先輩はもう1度溜息をついて、私の方を見た。


「もう出てきていい」

 おそるおそる魔法陣から出る。多分、里菜には、いきなり現れたように見えただろう。

「あ、詩緒里いたんだ」

 パチパチと瞬く里菜に、少し気まずくなりつつ頷いた。

「うん。何かごめんね」

「ああ、それは良いって。で、詩緒里も戦うの?」

「うん」


 良かったと2人で笑い合う中、旭先輩は屈んで床に手を触れる。金色の光が走って、魔法陣が跡形もなく消えた。


「訓練に戻るか。3日動かなかったから、鈍っているだろう」

「嫌な事言いますねー、先輩……」


 わざとらしく半眼で睨みつつ旭先輩に絡む里菜に、先輩は無表情のまま一瞥をくれる。


「これからは惰性で魔術を学ぶ事もないだろうし、剣術にも力が入るだろう。3日空いた位問題無い」

「……う」


 さりげない指摘に里菜が怯む。確かに私達は、戦う事を躊躇っていたせいで、剣術に打ち込めず、魔術の勉強も何となく全体を浚うばかりだった。私達に自覚があったのに、旭先輩が気付いていない筈がなかったね。


「神門。剣術を避けるならば、以前椎奈に勧められた武器を試すのはどうだ」

「あ、はい。やってみます」


 魔術で操る事の出来る、ブーメランのような剣。後衛でも役に立ちそうな武器だ。


「古宇田はその威力を上手く活用しろ。今までは制御ばかりを優先していたが、元々火力が強みだったのだから、それを活かせるようになれ」

「はーい」


 今まで1度も口を出さなかった旭先輩から、椎奈のように指導される。意欲のある人にはきちんと教える、それが先輩の方針みたいだ。


 先輩らしいなあとその横顔を見つめながら、これからに思いを馳せた。


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