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*違い*

 魔物の討伐より戻って来た、翌日。

 私は、剣の訓練から戻られたアサヒ様に声をかけた。

「アサヒ様、少々よろしいですか?」

「何だ」

 無表情のまま顧みたアサヒ様は、私の視線の先——リナ様とシオリ様の部屋の扉を見て、言いたい事を悟られたようだ。

「何故あの時……魔物を、逃したのですか? アサヒ様がミスをするとは思えないのですが」


 リナ様とシオリ様の方へと向かったあの魔物は、アサヒ様が逃したものだ。それも、まさに私が対処できないタイミングだった。アサヒ様の実力を考えても、意図的なものとしか思えない。


「人間がミスをしない事はあり得ない。とはいえ今回の件に関しては、逃したのは意図したものだ」

 予想通り、アサヒ様はあっさりと肯定なさる。納得出来ずに眉を寄せた。

「何故そのような事を? 先日おふたりに告げたお言葉と、何か関係が?」



 魔物の討伐が終わり城へと戻った後、動揺を抑えられないおふたりに、アサヒ様が告げられた。


『3日間、これから自分がどうするのか考えろ。2人で相談をするな、それぞれの答えを出せ。決まるまでは好きに過ごしていい』


 突き放すようにそう仰って、アサヒ様は部屋に下がられた。残されたおふたりは混乱したご様子だったけれど、疲れている筈だからと強引に休ませた。



 ……そしておふたりは、未だ部屋に籠もられたままだ。



「理由はいくつかある」

 聞きたいのかと目で問うてくるアサヒ様に、しっかりと頷いてみせる。このままおふたりを放っておくべきなのか、それとも何か言って差し上げた方が良いのか。アサヒ様の意向が分からないと、動きようがない。


「1つ目。城の連中の評価が、あの2人のみ低い事。闘技大会で見せた魔術はかなりのものだったが、俺達が目立ちすぎた。先日の子爵の様子からも、彼女達が俺達より下に見られているのは確かだ」

「それは、好ましくないと」

「つけいる隙と見なされる、あるいは椎奈と俺が魔王討伐に行かない理由として排除される恐れがある。椎奈が睨みをきかせているからないとは思うが」


 否定出来ないのが辛い。陛下や一部の貴族達は、おふたりを枷扱いしている向きも、無いではないのだから。


 私が否定できず口籠もっているのを尻目に、アサヒ様が淡々と続ける。


「2つ目。椎奈が出発する前に言っていた、勇者不在を狙っての襲撃に備える為。いつ来るか分からない状況でどちらとも付かずな状態でいられても困る」

「それは……」

「時間が無い」


 もう少し猶予があるのではと続けようとした言葉を遮られる。確信ある物言いに、息を詰めた。


「何か情報が入ったのですか?」

「いや。だが、勇者達が応援に駆けつけられず、さらに勇者達が疲弊しきったタイミングで襲撃するのならば、後10日程だろう」


 その的確な推測に、頷く。両方同時に叩いた方が致命的な打撃を与えやすい。


「それまでに備えるのならば、今決めなければ間に合わない。迷いながら戦える相手ではないだろう」

「……城を攻める、軍勢ですから」


 スーリィア程の力は無くとも、国の精鋭を集めた場を襲うのだから、やはり相当に強力な魔物が来る筈。おふたりを結界で守って戦うのには限度がある。



「3つ目。俺にとっては最も大きな理由だ。あの2人がいつまでも迷っているならば、覚悟が決められないならば、元の世界へ還らせ、俺と椎奈で事を進めた方が良い。そう考えた」



 その言葉に、息を呑んだ。以前シイナ様も、2人を還したいと仰っていたのを思い出す。やはり、シイナ様とアサヒ様は、もう——


「……還る、方法が?」


 おそるおそる、確認する。アサヒ様は軽く眉を上げるだけで、何も仰らない。それが何よりも雄弁な答えだった。


「ですが……何故、今になって? 還そうと思えば、今まで何度も機会はあったでしょう」

 どうして、今なのか。いつ魔物の大群が襲ってくるか分からない時に。まだそれに気付いていない上層部が少しずつ勇者への期待を増している時に。



 ——枷としての価値を再認識されつつあるおふたりへの、監視の目が強くなっている時に。



「……椎奈は、あれで他者の意見を尊重する。己の願いが他者の願いと衝突するならば、両方を叶えようとする。結果、自分が不要な荷を背負う事となったとしても」


 静かに落とされた声には、やや苦いものが混ざっていた。どこか納得していない響きを宿したその声が、淡々と事実を紡いでいく。


「古宇田と神門の残りたいという願いを、椎奈は否定しない。2人が残るのならば自分は彼女達を守るべきだと、当然のように思っている。……たかだか偶然巻き込まれただけの、友人以下のクラスメイトにも関わらず」

「……リナ様と、シオリ様は」

「2人がどう思っていようと関係無い。椎奈にとって、彼女達はそれだけの存在だ」


 おふたりはシイナ様を親友だと、彼女に追いつきたいと、そう仰っていたのに。シイナ様にとっては、ただそれだけの存在だというのか。


「椎奈にしてみれは当然なのだが、それはともかく。椎奈は今まで、古宇田達の願いを叶えるのに必要なものを与えてきた。神に請われたのも、理由としては大きいだろうが。椎奈の中で、彼女達はもう戦う事になっている」


 どこか浮かない表情でそう仰るアサヒ様に、内心首を傾げた。アサヒ様はシイナ様が独りでいらっしゃる事を厭うておられるように見えたのに、おふたりが共に行動しようとし、シイナ様がそれを受け入れていらっしゃる事を、どうして歓迎なさらないのか。



「そして2人が戦う以上、椎奈は絶対に死なせまいとするだろう。……例え、自身が傷付いても」



 苦い声で漏らされた最後のお言葉に、目を見張った。それは、まさか。


「ご自身を、盾に……?」


 声が震えるのは、彼が正しいと思うから。これまでのシイナ様のご様子や言動を見ていれば、否応なしにその事実に突き当たる。



「椎奈は、身を守るための術を徹底的に教え込んできた。けれど同時に、2人が自分の身を守りきれない時は必ず守ると決めている。1人ならば決して後れを取らない筈の相手に怪我させられたとしてもだ。治療すれば良い、それよりも彼女達が傷付くのは嫌だ、そう言って」



 だから、と。アサヒ様は、どこまでも冷たい空気を纏わせて、宣言なさる。



「2人が覚悟出来ないならば、椎奈や神の意志を無視してでも、俺は2人を還す。彼女達の中途半端な思いのせいで椎奈が傷付く事を、俺はよしとしない」



 残酷な決意。私は、アサヒ様とシイナ様の違いをようやく思い知った。


 シイナ様は、周りの人間が傷付くのを酷く恐れていらっしゃる。だからこそ、突き放すような態度を取りながらも、リナ様やシオリ様を常に気にかけていらっしゃるのだ。あの護衛の3人にもまた、傷付かないような方策をとられているのかもしれない。


 対して、アサヒ様は。大事なのは、シイナ様ただ1人なのだ。シイナ様が傷付かない為ならば、他人に不都合が生じたり国が落ちたりする可能性があろうと、躊躇わない。



「椎奈を見送ったのも、俺にとってはぎりぎりの譲歩だ。足手纏いを連れ、縁の無い国を狙う魔物の為に危険に晒されるなど、本来許せる事ではない」


 淡々と仰るアサヒ様の言葉に引っかかりを感じた。少し迷ったけれど、思い切って口を開く。


「……それを言ってしまっては、シイナ様にとってほぼ全ての方が足手纏いなのではありませんか?」


 アサヒ様が沈黙なさった。私が言えなかった事まで察されたのだろう、険しい色を宿した瞳で虚空を睨み付けていらっしゃる。



 シイナ様は、強い。おそらく、他の勇者に一切引けを取らないだろう。優勝なさったという報告を受けても、何も驚かない。彼女よりも強い人、肩を並べられる人など、本当に数える程しかいない筈だ。


 ……そして、アサヒ様はまだ、その中に数えられない。



「……分かっている」

 静かな口調で、アサヒ様が認めなさった。表情はあまり変わらないけれど、声に混ざった苦さに彼の内心が滲み出ている。

「今はまだ、俺も足手纏いになりかねない。椎奈に並ぶだけの力はまだ、ない。……そう簡単に追いつけはしない事も、分かっている」


 そこで一呼吸置いて、アサヒ様はふと視線を落とす。けれど直ぐにその視線を私の方に戻し、挑むような目を向けてきた。


「だが、力不足を認識した上で立ち回るのと戦う事すら躊躇うのとでは、根本的に意味が違う。己よりも弱い者と共に戦うのは策次第だが、戦う気のない者と戦うのは危険でしかない。ただでさえ危険のある旅だ、不安要素は減らしておきたい」

「……結果おふたりが危ない目に遭うかもしれないのに、ですか? シイナ様のご意見を待った方が良いのではないでしょうか」


 おふたりが戦いを選ばず還ると決めても、簡単に還れるとは思えない。陛下を初めとした人々が、何としても駒にしようとするだろう。


 それに、シイナ様が賛成なさるかどうか。


「椎奈は力尽くで思い知らせて選択させるこの方法に、良い顔をしないだろう。だが、椎奈の身には代えられない。2人を危険に晒すつもりはない。手を尽くして、無事に元の世界に還す。2人に何かあれば椎奈が悲しむ」



 迷いの無い返答に、アサヒ様の感情が浮き彫りになる。彼がリナ様とシオリ様を気にかけなさるのは、単にシイナ様が守るとお決めだからなのだと。


 リナ様とシオリ様の心ごと守りたいシイナ様がいらっしゃらない今だからこそ、彼は行動したのだ。



 ……シイナ様もアサヒ様も、矛盾に気付いていなさるのだろうか。



「……戦う人数が多い方が良いのは確かだ。だが、戦えない人間を連れて旅をするつもりはない。全ては、2人の結論次第だ」

 静かにそう付け加え、アサヒ様は踵を返した。


「汗を流す。食事は」

「直ぐに準備いたします」


 話はこれで終わり。その意思に頷いて、私は昼食の用意を始めた。これからどうしようかと、考えを巡らせながら。

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