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*討伐*

 朝食の席で旭先輩が言っていた通り、お昼には魔物の討伐の予定が決まっていた。


 祓うのは、動きが速く火を操る、狼のような魔物。口から火を吐き出して火傷を負わせ、動きが鈍った所で喰い殺す。そんな魔物だ。

 単体ではそこまで怖い敵ではない——といっても、狼よりも強力だから十分危険だ——けれど、この魔物は群れで襲ってくる。火と牙と同時に防がなきゃならないから、大変らしい。


 里菜はイラやユウと一緒に魔術の練習場に籠もった。私はその魔物について書いてある魔術書を図書館で借りて、部屋で読んで復習した。


 とにかく、何かしたくて。考えなければならないと分かっていても、考えるのが怖くて。恐怖から逃げたくて、考えずに済む事をしていた。

 それでも気持ちは落ち着かなくて。時々「激励」をしに来る人もいて、ますます気が滅入った。


『流石は勇者様です。自ら前線にお出ましとは……』

『あの魔物と戦われるとは、素晴らしい勇気だ』


 褒め言葉も裏目に取ってしまって、不安ばかり募る。それに、そもそも。……まだ、戦う覚悟なんて決まってない。

 怖い。怖くて怖くて、生き物を殺すのが嫌で。それでも着いていく事はもう決まっているから、何も考えたくない。


 貴族と話す時、魔物について考えてしまった時、する事が無くなった時。不安や恐怖が込み上げてきて、胃が縮むような気がした。


 討伐が決まった2日後にようやくお城を出た時には、逃げ道がなくなって寧ろほっとした位だ。


 休憩を挟みつつ馬車に揺られて、王都に1番近い小さな村の宿を取って。いよいよ明日となったら、そんな安心もどこかに行ってしまったけれど。


「リナ様、シオリ様、夕食のお時間です」

「……いらないです」

「…………」


 サーシャさんが困った顔をして、黙る。普段ご飯をよく食べる里菜が要らないだなんて言うのだから、無理は無い。気を遣ってもらっているのに悪いと思いながらも、私も食べられる気がしなかった。


「……サーシャさん、旭先輩待ってると思いますし、お腹空いているでしょうし、行って下さい。私達、大丈夫ですから」

 サーシャさんはお腹空いている筈だし、旭先輩も下で待っている筈。そう思って告げると、サーシャさんはますます困った顔になる。

「……何も食べないのは良くないですよ。少しでも入れておくべきです。食堂に行くだけでも行きませんか?」


 そう言われて、里菜と顔を見合わせる。

 気は進まない。けれど、ここでサーシャさんがいなくなってしまえば、里菜と弱音を吐いてますます気が滅入ってしまいそう。だったら、平然としているだろう旭先輩やサーシャさんと一緒にいた方がまだ楽かもしれない。


「……行きます」

 里菜も同じ考えだったみたいで、こくりと頷いて言った。私も頷いて、ほっとしたように笑うサーシャさんに付いていく。


 旭先輩は、宿が経営する食堂でテーブルを取って待っていた。食事の注文をして、その食事が届くのを待ってから、先輩がようやく口を開く。


「古宇田、神門。明日2人は、俺の用意する結界の中にいてもらう」


 何とか食べようと一口押し込んだ魚が、喉に詰まるかと思った。傍らにあった水でそれを流し込んで、頷く。


「結界から出なければ、何も無い。ただ見ているだけだ」


 何でもない事のように言う旭先輩は、けれど私達が見る事そのものを怖がっているなんて、きっと分かってる。

 だから。


「——ただし、目を逸らすな。最後まで見ている事が、2人の仕事だ」


 だから、こうして釘を刺すのだろう。その目に、声に、逃げるなというメッセージを乗せて、旭先輩はそう告げた。


「……はい」

 怖いけど、頷く。だってそれは越えなければならない壁で、逃げて良い事でもないから。旭先輩やサーシャさんが戦うなら、私も、見ていなきゃ。


 旭先輩にはっきりと指示されて、却って落ち着いた気がする。里菜なら開き直ったって言うのかな。

 少しだけ胸のつかえも取れた気がして、私は食事の続きに手を付けた。












 次の日。

 山に入る手前、森に囲まれた少し開けた草原が、魔物を討伐する場所だ。動きやすい方が良いから、と旭先輩が言っていた。


 草原の片隅で、私と里菜は旭先輩が描いた魔法陣を足元に置き、渡された晶華——魔術の持続効果を高めるらしい——を握りしめ、息を潜めていた。



『紫電!』

 詠唱と共に、紫の光が駆け抜ける。


『オオォオン!』

 狼によく似た吠え声と共に、炎が吹き荒れた。


 旭先輩に真っ直ぐ向かっていったそれは、見えない壁に弾かれる。次いで先輩の放った衝撃波に、魔物は仲間を巻き込んで吹き飛ばされた。岩に叩き付けられて、動かなくなる。


『水よ、濁流となりて敵を葬り去れ!』

 サーシャさんの詠唱を引き金とした理魔術が大量の水を生みだし、魔物を呑み込む。それを避けて飛びかかる魔物は、旭先輩の長巻に切って落とされた。


 そうやってどんどん数を減らしている筈なのに、後から後から魔物は現れ襲いかかってくる。まるで、どこからか湧いて出ているみたいだ。

「数が多いですね」

「随分長い間放置していたのか、人手が足りないのか。どちらにせよ、このままでは餌を求めて森を出ていた筈だ」

「ええ、あと数日遅ければそれは現実でした。あの村の人々は運が良いのでしょう」

「……どうだろうな」


 冷静に言うサーシャさんが、他人事のように述べる旭先輩が、自分達とは別の存在に見えた。



 ——知らない。


 大きな炎が、人に襲いかかる所なんて。


 ——知らない。


 沢山の水が、動物を押し流す所なんて。


 ——知らない。


 魔物が、もの凄い勢いで飛びかかってくる様子なんて。


 ——知らない。


 こんなギリギリの攻防で、生死が決まるなんて。


 ——知らない、知らない、知らない。


 自分達が今まで習ってきた剣術が、魔術が、こんなにも恐ろしく、無慈悲に命を奪うなんて。こんなにも恐ろしい魔物から、身を守れるだなんて。


 何もかも、知らない景色。何もかも、知らない感覚。


 何度も何度も、椎奈に無理だと言われた。その理由が、今分かった。



 ——これを平気で見られる人なんて、私達の世界には、いない。



 これは、無理だ。


 私には、とても無理だと。


 そう、思った。


 そう、諦めかけた。



 ——その時。



「……っ、くっ!」

 サーシャさんの焦ったような声。見れば、魔物が雷の魔術を身軽に避けて、サーシャさんへと飛びかかっていた。サーシャさんは咄嗟に魔力弾を放って時間稼ぎをしつつ魔物を避ける。勢い余った魔物が進む先にいるのは……



「……え?」



 旭先輩は、奥で沢山の魔物相手に、魔法陣を展開するところで。サーシャさんは、私達の方を向いて、少し慌てた顔をしていて。


 魔物の口が大きく開かれて、炎が迫る。目の前にある結界に防がれたけれど、頼りなく揺らいだように見えた。


「な……!? リナ様、シオリ様!」

 サーシャさんの、叫び声。魔物を全て消し飛ばした旭先輩が、振り返る動き。牙を剥き、爪を振りかぶる魔物。その全てが、妙にゆっくりで。



 結界があるから大丈夫、とか。旭先輩達がちゃんと助けてくれる筈、とか。そういう冷静な考えは、どこかに行ってしまって。



 ——殺される。



 その恐怖だけが胸を占めて、頭が真っ白になる。



「……っ、来ないでー!」



 引き攣ったような里菜の声が聞こえた気がしたけれど、それさえもよく分からない。目の前が橙色と碧瑠璃色で眩しくて、何も見えなかった。






 どれだけ時間が経ったのか、分からない。けれど、いつまで経っても何も起こらない事が不思議に思えて、眩しさに瞑っていた目を、開いた。



「……え?」



 目の前には、何もなかった。あれだけ沢山いた魔物も、少し先にはたくさんあった木々も。

 視界に入るのは、旭先輩達が倒していた魔物達と、根元から薙ぎ倒され、途中ですっぱり切られた木々。結界を張って私達を見つめる、旭先輩とサーシャさん。


「……魔物、は……?」


 あんなにいたのに、どうしていないの。そんな思いは声になっていたらしく、サーシャさんがはっと我に返った様子を見せる。


「……全て、倒したのですよ。リナ様と、シオリ様が」

「え……?」


 何を言っているのだろう。私には魔物と戦うなんて無理だって、さっき、そう思ったばかりなのに。


「そんな、の、無理、ですよ」


 里菜の、強張った声。横を見れば、里菜も青醒めた顔で、まだ晶華を握りしめている。


 ふと視線を下げた。どうしてか、魔法陣が壊れている。顔を上げて意識を凝らしてみれば、結界はもう無い。


 じゃあどうして、私は無事なんだろう。あの時確かに、襲われたのに。

 旭先輩達が、助けてくれたんだ、よね……?



「事実だ」



 現実から逃げようとする思考を読み取ったように、旭先輩が静かな声で否定した。息を呑んで旭先輩の方を見ると、冷徹な闇色の目とぶつかる。



「2人が今まで身に付けてきた魔術は、あの魔物達を祓うのに十分な威力を持っている。無我夢中で連発すれば、現状を引き起こすのは無理ではない。これは、2人がやった事だ」



 私達が、やった。


 何を?


 この、現状を引き起こす事を。


 どうやって?


 今まで身に付けてきた、魔術で。



「あ……」

 眩しい光を思い出す。あの光は、私達が魔術を使う時に出る光と全く同じだった。

 あの時、真っ白な頭に咄嗟に思い浮かんだのは、何だったか。少し考えれば、簡単に思い出せた。



 ——出かける前に読んだ魔術書に書かれていた、あの魔物達に効果的だという魔術。私にも出来るものが多いな、と、あの時確かにそう思った。



 頭の中の記憶が、この状況と一致して。旭先輩達は、私達の魔術から身を守るために結界を張っていたんだと、妙に冷静に、そう思った。



 ——私達が、あの魔物を、殺したんだ——



 そう、分かった。






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