戦闘談義
ボローニが小崎に敗れ、ホルンは決勝進出。メイヒューはタッグを組むには相性が悪かったので、合意の元で予選を辞退。
ホルンが2組目だった為、顔見知りで出場するのはこれで全てだ。ここに来る途中に出会った冒険者達も幾人か勝ち残っていたが、余り関係無い。
現在、昼前。時間は十二分にある為、少し街を歩き回る事にする。ホルンには用事を頼み、ボローニには戦闘のダメージを考えて宿で休むように告げた。現在、護衛はメイヒューのみだ。
「おっす、椎奈」
「小崎か」
最初に入った店で、小崎に声をかけられた。試合の時の鎧は着用しておらず、昨夜と同じような服装になっている。
「鎧は?」
「重てえし、片付けてきた」
言いながら、目は意味ありげな色を宿している。察するに、例の能力で亜空間にしまったのだろう。黙って頷くに止めた。
「ちっと早いが、昼飯にしねえか? ゆっくり話もしたいし」
彼の提案は尤もで、まだ互いに話していない事も多い。一も二もなく頷き、近くにあった適当な飯店に3人で入る。
「あー、腹減った。やっぱ運動した後は腹減るよな」
そう言って小崎はメニューにざっと目を通し、店員に矢継ぎ早に注文しだした。
1品、2品、3品……。その量が余りにも多いから私達の分まで注文したのかと思いきや、小崎は私に目を向けて促してくる。
「ほい、次椎奈」
「……今のは、お前1人の分なのか?」
唖然として尋ねると、当たり前だろうと言わんばかりに頷かれた。
「普通普通。運動部の男子高生なんてこんなもんだぜ」
それを聞いて、瀬野の言葉を思いだす。そういえば彼は、親友は自分の倍食べると言っていた。どうやら小崎の事だったらしい。
彼の食欲にやや圧倒されつつ、目に入ったものを注文する。サンドイッチのようなそれは軽食扱いらしいが、十分だ。普段は昼食など食べはしないが、今朝は作業の為朝食を抜いていたから、何とか入る筈。
メイヒューも適当に注文——私には多いが、まあ普通量だろう——して店員が去った後、小崎は胡乱げな目を私に向けてきた。
「何だ?」
「……椎奈、頼んだメニューが何だか分かってねえだろ?」
「まさか」
直ぐに否定すると、小崎は大袈裟に目を見張る。
「あれだけ! お前、昼飯だぞ!? 間食じゃねえのにいいのか?」
「……寧ろ食べきれるか不安なくらいだ」
正直に答えると、小崎は天を仰いだ。その表情は、初めて共に食事をした時の古宇田に似ている。
「あのなあ……。女の子の中にはあんま食べねえ子がいるのは知ってるけど、あんた一応勇者だろ。肩書きは不本意かもしれんが、ちゃんと食わんと戦えねーぞ」
「いつもこんなものだが、問題無く戦っている。余計な世話だ」
どうして誰も彼も私に食べろというのだろうか。食べるのは好きではないけれど、きちんと必要量は食べている。あれこれ言われる筋合いはない。
そんなうんざりした気分でこの数ヶ月何度も何度も繰り返した反論をすると、小崎は髪を掻きむしった。
「ったく……だからそんなに細っこいんだぞ。速さ重視なのかもしれんが、体力保たねーだろ」
「問題無いと言っている。小崎にあれこれ言われなくても、大会に支障は出さない。それでもまだ文句があるのか?」
体格も、体力も、不便を感じた事はない。きちんと戦えるだけの修練を積み、相応の実力をつけた。小崎は確かに体術に優れているように見受けるが、互角以上に戦える自信はある。
それなのに小崎に口出しされるのは、不愉快だ。
「はあ……まあいいや。椎奈、聞きそうにもねえしな」
1つ溜息をつき、小崎が引き下がる。丁度その時、店員が食事を運んできた。やはり異常な数の皿が小崎の前に集まっていく。
本当に食べきれるのかと疑ったが、食べ始めた彼の速度からして軽々と食べてしまいそうだ。見ているだけで満腹になる勢いで掻き込んでいる。
やや呆れ気味にそれを眺めながら食事を口に運び始めたその時、小崎が切り出した。
「んで?」
「……何だ?」
よく分からない問いかけに、首を傾げる。小崎はどこか楽しげに、しかし挑戦的に尋ねてきた。
「どうだった? 予選、あの騎士をぶつけてまで俺を試したじゃねーか」
「ああ、その事か」
どうもボローニが小崎を仲間に入れるのを良しとしていなかった事、小崎が試合中戦う気が無さそうだった事から、ボローニに小崎をぶつけてみた。元々、昨日は拳術を扱うと言っていたのにやたら重装備で剣を帯いていたから、少し気になっていたのだ。
結果、彼はあの重装備で拳術を魔術と剣術でサポートするという、何とも中途半端な戦闘をしていた。敵が長剣を振るってきた時の為なのだろうが、せめてもう少し防具を軽くした方が良い。
まあそれでボローニを打ち倒したのだから、実力は相当なものだろう。だからこそ、あんな装備である理由が分からない。
「そうだな……、戦闘能力は十分だと思う。けれど何故鎧にショートソードなんだ? 小崎は体術が得意なようだが」
率直に尋ねると、小崎は苦笑してフォークを一旦置いた。
「いやー、見つかると色々厄介なもんでな。顔を隠すには鎧が1番だろ」
「……厄介?」
聞き捨てならない台詞に目を眇める。これ以上問題を持ち込まれると、些か手に余る。
私の表情を見た小崎は、困ったような顔で頬を掻いた。
「あー……昨日も言ったけど。俺さ、巻き込まれとはいえ勇者召喚でこの世界に来たんだよな。で、秀吾が勇者の役割を受け入れた以上、俺は当然のようにその仲間と見なされた訳だ」
「……そうだろうな」
そうだ。小崎は何故瀬野といないのか。赤の他人ならともかく、幼馴染、あるいは親友と言える関係の相手と行動を別にするのは、妙だ。
「けど俺は勇者の仲間なんて冗談じゃなかったから、面倒な事になる前にとんずら決め込んだんだけどな……。あちらさんが俺を見つけたら、多分まあ色々と」
「具体的には?」
「護衛やってる騎士団長の手回しで追い回される。更に面倒なのは、秀吾が俺に戻るようにしつこく言う、奴のハーレム要因がうざがって騒ぐ、奴が原因の面倒事を俺が解決する羽目になる」
妙に据わった声音で返された小崎の返答に、首を傾げた。最初のものが最も厄介に思えたし、最後の2つはよく分からない。
けれど小崎の個人的な事情もありそうだったので、取り敢えず最も重要と思われる点について詳しく訊く。
「追い回される……というのは、瀬野と同じ目的で? それとも国の内情を知る不都合な人間として消す為か?」
小崎は一瞬怯んだ顔をするも直ぐに表情を戻し、肩をすくめて軽く言った。
「俺が知り得た事なんて大した事ねえ……少なくとも向こうはそう考えてる。命は狙われないと思うぜ。駒は多ければ多い程良いから取り戻したい、もしくは城の武器と金返せってとこだろ」
「……盗んだのか?」
「金はな。武器は俺にって渡されたのを持ってきただけだ。軽くて動きやすいけど立派な防具と、昨日見せたナックル」
しれっと言う小崎は昨日の「冗談」といい、割と軽犯罪への抵抗が無いようだ。現代日本人としては珍しい事なので、こういう発言を聞くと奇妙な感覚を覚える。
「……その防具や武器は使わないのか?」
「いや、使ったらばれるだろ流石に。ここに来るまでは使ってたけどな」
その返答に眉根を寄せる。それは、彼が今回慣れない武具で戦うという事。不慣れな物を扱うのには相応の危険が伴う。試合はともかく、その後が不安だ。
「あー……、必要なら、能力使ってぱぱっと変えっから」
私の表情から懸念を読み取ったらしく、小崎が説得力の無い言い訳をする。
「隙が出来る。それに見た限り、余り剣を使い慣れていないように見えたが」
切り捨て更に指摘すると、小崎は複雑な笑みを浮かべた。
「俺は元々剣が専門じゃねえからな。魔物相手に素手じゃ無謀だから使うようになったんだ。けど今回は、殺意の無い人間が相手だしな……本当に必要な時以外、簡単に人を殺せるもんは向けづらいんだよ」
「…………」
人を殺した事があるのに今更だ、試合でも命を落とす可能性はある。そう甘えを切り捨てるのは簡単だ。けれど笑みに自嘲が混ざっている小崎は、おそらくそれも承知の上。その上で彼は、剣の使用を避けている。
「……顔を隠す防具を買えば、鎧でなくとも良いんじゃないか? 今まで使っていた防具に幻術をかければばれない。視界が狭くなる事に適応出来るなら、武器屋で見てみたらどうだ」
だから、その甘さを否定せず妥協案を示した。彼は彼なりの考えがあって、あえてリスクを取っている。そして、生きているのだ。
——お前は生きてるんじゃない、存在しているだけだな。
興味すら示さぬ様子で無造作に言ってのけられた言葉を否定出来なかった私に、何か言う資格は無い。
「……椎奈?」
「何だ?」
奇妙な表情で私に視線をくれる小崎は、何故か一瞬眉根を寄せた後、おどけたような笑みを浮かべた。
「いや、意外でな。甘いとかばっさり切り捨てられると思ってたから」
「小崎が納得しているのなら構わない。それで、どうする? 資金が厳しいか?」
「いや、金はまだ余裕がある。そうだな、少し探してみっかね。で、アドバイスいただけたって事は、タッグ組んでもらえると思って良いのか?」
期待の目を向けてくる小崎から少し視線を外し、考える。彼の戦闘技術、抱えるリスク、こちらと関わる事の危険性、今後の作戦。全てを考慮に入れても、小崎と組むのは悪くない、そう思えた。
「……そうだな。前衛後衛のタッグにはならないだろうが、いざとなれば私が魔術で補助すれば良い筈だ」
そう言うと、小崎は手を1つ叩いた。
「おし、タッグ成立。よろしくな。んじゃ早速、椎奈の戦闘スタイルを教えてくれ」
笑顔を浮かべる相手の問いかけに少し考えて、答える。
「日本刀を使った刀術と体術、ダガーだな。魔術は神霊魔術と精霊魔術を使う」
それを聞くと、彼は妙な表情を浮かべた。
「えーっと……何か違和感あるぞそれ。なんつーの……何か変だ」
「漠然とした疑問だな」
曖昧に過ぎる言葉に素っ気なく言い返す。小崎は頭を掻きむしり、眉を寄せた。
「いや、言葉にすると難しいんだけど……椎奈の戦い方として、それは似合ってない。ちっと不自然な感じだ。何でだろうな?」
「……私に聞かれても」
言いながらも、小崎が感じている違和感に感嘆していた。間違いない、彼の戦闘のセンスはかなりのものだ。決して嘘は言っていないにも関わらずそれに気付く勘は、相当に鋭い。
視線を滑らせる。盗み聞きする人間は周囲におらず、監視の気配もない。正確には1人尾行が付いているが、話の内容は聞き取れていない筈だ。
「ああ、大丈夫だと思うぞ。魔術でどうこうできねーし、これ」
視線に気付いた小崎の保証に、頷く。こうして遮音の効果を確認すると、彼の能力は本当に貴重だ。魔術でここまでの効果を出そうとすると、どうしても集中を割く羽目になるが、これはそうならない。
空間を仕切る事で、会話を聞かれないようにする。普段はあまり使っていないという割に、小崎はきちんとこの能力を使いこなしているようだ。
少し悩んだが、小崎に己の戦闘方法を明かす事を選んだ。彼は最終的には瀬野や己を取るが、利害関係が一致し目標が同じである以上、敵にはならない。手の内を隠す必要性を感じなかった。
「普段は、日本刀とは少し違う直刀を使っている。日本刀も扱えるが、抜刀術の方が得意だ。直刀はこちらの世界では神刀と呼ばれているから、今回は使わない。魔術は3種全て使える。目立つから理魔術は使わないつもりだ。理魔術は補助の魔法具を持っているが、これも使わない。接近戦では体術に懐刀を併用する。勿論ダガーも使っている。遠距離では神霊魔術を使うか、弓。今回弓は持っていない」
一頻り説明を聞いた小崎は、どうしてか呆れたような表情だった。
「まず言わせてくれ。武器商人かあんたは」
「力で劣る分、手数を用意しているだけだ」
「神霊魔術使える奴が力で劣るとか言うなよな。後、色々おかしい。いつの時代の武士なんだ」
「武士じゃない」
術師だ、というのは何故か憚られて、それだけを反論する。小崎は髪を掻きむしり——どうやら彼の癖らしい——、溜息をついた。
「……はあ、まあいいや。敵に回したくねーのは確かだな。そういう意味では、タッグ組んで正解だ」
「それはお互い様だ」
軽く言って、私は立ち上がる。
「それでは、私は行く。決勝は……一応見に行くか。その前に小崎と決めていたと知られれば、怪しまれそうだからな。その後又接触する」
「おう、俺は俺で武器屋見とくわ。……おっと、会計はこっち持ち。何普通に払おうとしてんだあんたは」
会話しつつ食事を終えた小崎は慌てたように立ち上がり、会計を済ませかけていたメイヒューを止めた。不思議に思って口を挟む。
「こちらの分はこちらで払う。それに、冒険者なら金銭に全く不自由していない訳ではないだろう。全額こちらが払っても良いのに」
「冗談。秀吾じゃねえけど、女の子にお金払わせられますかっての」
表情に頑固さを覗かせ、小崎が断言する。そういう考え方があるのは知っているが、こんな所でまで拘泥しなくても良いだろうに。
「城の金だし、遠慮は必要無いぞ」
「そーいう問題じゃねえの。良いから、奢られといてくれって」
きっぱりと言って、小崎は全ての代金を支払ってしまった。仕方がない、今後何らかの形で返そう。
「んじゃ、夜にでも。互いに実りある買い物になるよう祈ってるぞ」
「ああ」
彼の言葉の隠された意味を正確に読み取り、はっきりと頷く。ひらりと手を振って去る小崎の背を追うようにして、私も店を出た。