緒戦
『只今より、一般枠予選、第1組の試合を行います』
女性の声によるアナウンスが、歓声にも負けずはっきりと耳に届いた。
一般枠予選。流石に一般人はそんなもんに興味無いらしい。そりゃそうか、野郎共が入り交じって乱闘してる所を見るくらいなら、派手で見栄えのするパフォーマンス部門に行く。一応こっちと被らない時間帯になっているが、席取りがあるだろう。
今ここに見に来てるのは、ごく一部の物好きと選手関係者らしき連中、そして、勇者達だ。
各国に1人ずつ勇者がいるってのには笑ったが——有り難みがねえぞ——、流石に勇者を名乗るだけあって、かなりの実力者のようだ。ごっつい得物抱えてるし、どこかきらきらしい。勇者が美形ってのはお決まりか。実際、観客席のあちこちから歓声が上がり、視線を集めている。
……別に羨ましい訳でもイケメン爆発しろと思っている訳でもない。
特に意識せず視線を観客席に向けていたのだが、悲しい哉、俺も一般人。自然と最も衆目を集めている、召喚された勇者達に目が行った。
秀吾の野郎はいつも通り。昨日と同じく、俺達を拉致った張本人である巫女さんを侍らせている。案の定彼女は予選に参加していたが、幸い2組目。直接やり合わずに済むのは助かった。
巫女さんの代わりに付いているのは、騎士団長か? どうやら、護衛兼秀吾の導き役兼我が儘な巫女様のお守り役を負わされたらしい。ご苦労様なこった。
秀吾の王子様な見た目は、この世界でも十分すぎる程通じる模様。さっきから女の子達がうっとりと見上げているのは主にあいつだし、野郎どもの敵意に満ちた視線を集めているのもあいつだ。
……あれ、俺が後始末する羽目にならんよな。こっちでの事までは知らんぞ。
近くにいる気弱そうな女の子も、昨日と同じ護衛が付いている。巫女さんと同じく、今日は出番が無いらしい。
この子は、男どもが守ってやりたいと思う雰囲気だ。勇者がそれってどうよという気もするが、それで周りがやる気になれば結果オーライか。ちらちらと護衛を見やる様子がちっと気になる。会った事のある相棒候補に後で聞いてみっか。
その相棒候補はといえば、相も変わらず無表情でこっちを見下ろしていた。側には女の護衛が1人。なんとなく手を振ってみたら、無表情のまま見返され、スルーされた。
自然、喉が震える。昨夜も思ったが、本当に面白い奴だ。
事実、召喚勇者3人の中でも一際目立っているのが椎奈だ。歴戦の将のような貫禄っつーか、触れれば切れるような空気を醸し出していて、戦いを知る人間なら絶対に無視出来ない。本人にもひとつ自覚がなさげだが、容姿もかなり整っている。
男のフリしてるっつってたが、ありゃーこっちでも元の世界でも、性別問わず人の目を引きまくってるに違いない。あの愛想の無さだから、女としては減点なのかもしれないが。
けど俺にとっては、そこが面白い。秀吾の側にいた俺は、女の嘘くさい愛想とか媚ってのはうざったく見える。それが普通だってのは理解出来るが、椎奈のように冷たいくらいの方が楽だ。
『——ルール説明は以上です』
アナウンスの声が、俺を現実に引き戻した。聞き流していた長いルール説明が終わったらしい。まともに聞いちゃいなかったが、気絶するなど戦闘不能になったら負け、場外も負け、殺したら失格ってのは分かったから、まあ大丈夫だろ。予選じゃ本気出すつもりないし。
ちなみに今俺は、鎧にショートソードっつー何とも古めかしい格好をしている。秀吾達にばれないように顔を隠さにゃならんから仕方ないが、拳術を得意とする俺には正直やりづらい。剣は付け焼き刃だから当てにならんし。力を存分に出し切るのは、ぶっちゃけ無理だ。
……どのみちこの状況下では、全力を出す気なんてさらさら無いがな。
今俺ほか選手達は、すり鉢の底のような会場に均等な間隔で立っている。ここから好きに戦ってくれとの事だ。周囲は既に剣や杖を構え、やる気満々な様子。血の気の多いこった。
俺はといえば、隅っこというベストポジションを無事確保してだらっと立っている。ノリで気配を殺してみれば、あっさり空気となった。おい良いのか、俺が殺し屋とかだったらお前ら瞬殺だぞ。
——やっぱり、こいつらの戦力は計算に入れない方が良い、か。
『それでは、試合開始!』
さっきまでのアナウンスとは違うむさいおっさんの声——多分ギルドの人間だろ——の合図と共に、選手は手当たり次第に戦いだした。その様子を眺めながら、小さく欠伸を漏らす。
こんな時、ど真ん中で嬉しそうに戦うのは、戦闘狂に任せておけば良い。四方八方どこからでも攻撃されかねない場所で暴れ回る必要なんて、どこにもない。つーか実戦じゃありえねえだろ、そうなる前にまず逃げろよ。
そんな基本も知らない奴らは、まあそのうち勝手にやられるだろうからしてどうでも良い。端の警戒しやすい位置で襲撃を捌いている連中がそれなりのベテランで、敵となり得る奴らだろう。
その中でも目に付くのは、4人。1人は椎奈の護衛の男で、向かってくる相手を手際よく気絶させている。たまーに精霊魔術を使っちゃいるが、基本は剣か。技術はなかなかのもんだ。
他は、双子らしい女性がタッグを組んでる——体術が相当な域に達してて、なかなかお目にかかれない連携だ——のと、弓の使い手が片っ端から得物を射貫いちゃ弓で相手をぶん殴ってるの。どちらも安定した戦い方だ。見てる側もパフォーマンスとして楽しめる。
(暇そうだな)
不意に声が響いて、素早く視線を巡らせる。1回飛びかかってきた奴を派手に場外にして以来、誰も近寄って来ない。更に、辺りは怒号が飛び交っている。これで呑気に話しかけるような場を読めない奴は、俺1人かと思っていたんだが。
(私だ。こういう魔術は知らないか?)
幻聴ではないらしく、声がもう1度響く。頭の中に直接聞こえる声には聞き覚えがあった。
(あー、知らんな。魔術なんか?)
勘に頼り、体内の魔力を意識しつつ返してみると、直ぐに返答が戻る。
(ああ、どの魔術でも同じ効果を出せる。精霊魔術は風属性だが、使えているようだな)
(おー。ラッキーなことに、俺は全属性使えるからな)
召喚特典は、精霊魔術が全属性使える事、言葉が分かる事、空間を弄れる事、らしい。意外と親切だ。
(……そうか。それで、戦わないのか?)
(わざわざ自分から戦わんでも。疲れるし、何にもしねーで敵さん減ってくれるって楽だしな)
僅かな間が気になったが、取り敢えず問いかけに答える。あっちにどんな特典があったか興味有るが、ま、後で聞けばいいか。
(ふうん。実戦でもそういうスタンスか?)
(厄介事に自分から関わらないという意味なら、そうだな。けど、魔物がいて、数が減るまで味方がやられんのを傍観するまでは無責任じゃねえぞ)
(……成る程な)
妙に重い相槌が気になったが、いきなり迫ってきた魔術の方が優先だった。咄嗟に風の魔術で壁を造り、飛んできた火の矢を防ぐ。
「あんた、やるな! 決勝に残ったら厄介だから、ここで潰させてもらうぜ!」
今の今まで椎奈の声を聴いてた俺には耳障りな野郎の声が、んなことを言っている。見れば、4人組で俺を扇形に囲んでいた。うわ、いつの間に。
(逃げるのは厳しそうだな)
そこでそんな声が聞こえてきて、思わず声に出した。
「おいまさか、俺が気付かないように!?」
「いくぜぇ!!」
言葉に重ねるようにして、やたらとごっつい男2人が同時に攻めてくる。ややタイミングをずらした攻撃は、俺の対処を見越してのものか。
「……ふう」
息を1つ、吐き出す。相手の攻撃に反応して入っていた体の力を抜き、滑らかに1歩踏み出した。
1人目のバスターソードを側面に流れる事で避け、追撃してくる敵のメイスを左腕で受け止める。びりびりとした痺れが腕を駆け抜けるのを、歯を食いしばって耐えた。幸い、鎧にも傷はなさそうだ。
「ご立派な鎧だなあ、おい!」
「まー、なっ!」
勢いを失っていないバスターソードが迫ってくる。腰のショートソードを抜いて、それを受け止めた。同時に、痺れの抜けた左手で指を鳴らす。
無差別に吹き荒れる風に狼狽したのか、敵が数歩下がった。鎧の重さにものを言わせて風に耐えつつ、相手の後退に付き添うように懐に滑り込み、掌底を2度、打ち上げる。
顔を隠すためにごっつい鎧を着ている俺と違い、相手は革——まあ、金属板くらいは入ってるだろうが——で出来た防具という軽装で、視界を得るためか頭は守ってない。顎を打たれた2人はあっさりと気を失った。
やれやれと思う間もなく、矢が飛来する。剣でそれを切り落とした瞬間、若い男の声の詠唱が耳に入った。
『——炎よ、彼のものを貫く杭となりて、彼のものを打ち抜け!』
「……あーもー」
思わず声を漏らす。何とも厨二くさい詠唱は、聞いているだけでこう、背がむずむずしてくる。
とか言っている場合でもなく、杭の形をした炎がこちらに向かってきていた。結構でかい事から、彼がそこそこの魔術師だと分かる。
察するに、さっきの火の矢も彼だろう。前衛と後衛の弓が攻撃している間を使って詠唱し、火力の強い魔術でとどめを刺す。典型的な攻撃パターンだが、効果的だ。
左手で指を2度鳴らした。出来上がった土の塊で炎を迎撃し、勢いの収まった火を水で消火する。更に指を鳴らして水蒸気を風で吹き払い、一気に間合いを詰めた。
「なっ、3属性!?」
驚愕の声に、成る程と思う。さっき風の魔術を使ったから、あれしか使えないとでも思われたのだろう。こういう時は直ぐに攻撃できる弓の使い手がフォローすべきだが、そいつも棒立ちになっている。
「ま、お疲れさん」
言いながら魔術師の首筋に剣の峰を叩き込み昏倒させ、ようやく我に返った弓の使い手の胸ぐらを掴んで、風の魔術を併用しつつ場外へと放り捨てた。
「ふー……っと!?」
気の緩む瞬間を狙った、重い一撃。咄嗟にソードを両手で持って受け止めたが、相当きつい。
さっきのバスターソード持ちが意識を取り戻したのかと一瞬驚いたが、こんなに強けりゃもっと苦戦している。これは別口だ。
「……あんたは俺のことスルーかと思ったんだがな」
思わず愚痴を零したのは他でも無い。剣の持ち主は椎奈の護衛の騎士だった。相手は厳しい表情も変えず、更に剣の圧力を増す。
「シイナ様から、お前の力を試せと仰せつかった。そしてそれ以上に、私はお前をまだ信用していない」
「……なーる」
異世界人なら基本的に魔王の敵だというセオリーを理解している——のか? ラノベとか知らなさそうなんだが——椎奈とは裏腹に、彼はただの騎士。ひょっこり現れた冒険者を疑うのは当然だろう。
……てか椎奈、こいつぶつけてまで俺の力試すって、どういう事だおい。
「ひでえなあ、こちとら誘拐された善良な市民だぜ? 疑わなくてもいいだろ」
「もしガレリアの召喚者なら、まずガレリアの勇者様とコンタクトを取るはずだ。そうではなくシイナ様と接触を図るのは、怪しい」
あー、そこか。まあ普通は既知に声をかけるよな、確かに。
「仕方ねえだろ、俺はあの国から逃げてきたクチだし。大体、奴のハーレムという名の修羅場に巻き込まれるのは、あっちの世界だけで十分だ」
「は……?」
怪訝な声を上げた騎士の意識が、剣から僅かにぶれた。その隙を逃さず、相手の腹を蹴り飛ばす。
「ぐっ」
彼は呻きを漏らすも、寸前に自分から後ろに下がって衝撃を殺していた。大したもんだ、不意打ちだったろうに。
感心しつつ、間を置かずに歩を進める。間合いを空けまいとする俺の動きに反応し、彼が左手を翳した。その手に魔力が集まっていく。
咄嗟に指を鳴らす。相手の手から放たれた風の刃に、こっちも同じもんをぶつけて相殺。そのラグを利用して剣の間合いに踏み込み、斬りかかってきた相手に氷の矢を叩き込んだ。
「っ!」
息を呑み、彼は矢を切り払う。この至近距離で対処しきった腕前に感心しつつも、その隙に剣の峰で手首を打って剣を取り落とさせ、懐に滑り込んだ。
さっき蹴りを食らった事からも、彼が純粋培養の騎士だと分かる。そこを突かない手はない。ショートソードを投げ捨てて肉弾戦を挑んだ。
突き上げた掌底は躱されたが、直ぐに手を引き戻しつつ反対の手でまた突く。それを避けてがら空きになった脇腹に、全力の回し蹴りを叩き込んだ。
「くっ……!」
「悪ぃな、俺は加減が下手なんだ」
横に体が流れて完全に体勢を崩した彼に一声かけつつ、鳩尾に突きを叩き込む。魔術で強化した拳は、彼の防具を凹ませ、意識を刈った。
(お見事)
嫌みのない賞賛と同時に、ホイッスルが鳴り響く。顔を上げると、さっき俺が目を付けた3人と俺だけが残っていた。どうやら彼を倒した事で、残り4人となったらしい。
(お目汚しいたしました、っと)
おどけて言うも、相手は笑うどころか無反応だ。1人で道化を演じているような虚しさを覚えて、溜息をつく。
——ま、取り敢えず、予選通過っつー事で。