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共同戦線

 彼の落とした爆弾に、緊張が部屋を駆け抜ける。身が引き締まるのを感じつつ、鋭く問い返した。


「小崎も気付いたのか?」


 先程までの軽い雰囲気が嘘のような真剣さで頷き、小崎が語る。


「ああ。能力の副産物か、今の俺は空間に対する感覚がやたらと鋭い。その感覚が、街の雰囲気の違和感を伝えた。それが何かまでは分からなかったけどな。延々と街を歩き回ったあんたらが真剣な顔で部屋に入っていくのを見て、話を聞かせてもらった。お陰で違和感の原因が分かったよ」


 彼の言葉は、非常に真摯なものだった。嘘など一切存在しない真剣な声に、けれど否定的な言葉を返す。

「……まだ大本の原因は分かっていない。今私と手を組んでも、事態が改善する訳ではないぞ」


 現状私には相手の策も分からず為す術もないのだから、小崎と手を組まない方が良い。人を近づけない方が良いのだ、下手に仲間意識を持たれるのは拙い。



 ——けれど彼は、私の遠回しな断りの言葉を無視して、更に爆弾を落とす。



「原因が分かる切欠になるかは分からねえが、俺にも渡せる情報があるぜ。組むには悪くねーと思うが?」

「え?」


 驚いて小崎を見返すと、彼は不敵な笑みを浮かべた。



「——街のあちらこちらに、不自然な空間の歪みがあった。丁度俺が亜空間を作った時に出来るものと瓜二つな、けどもっとデカイ歪みがな」



「…………!!」


 頭の中のピースが一気に形を成していく。地脈の歪みの位置が妙に整然とした配置だった事、街の空気、不自然な感覚。無視し得ない小さな疑問の数々が小崎の言葉に導かれ、あるべき場所に当てはまり、全体像がついに露わになった。



「何か分かったのか」

 私の様子に勘付いたらしい小崎が、身を乗り出す。それを聞いた護衛達も、私に期待の目を向けてきた。

「……ああ。これで全て辻褄が合うはずだ」


 たった今組み立てた推測を早口に語る。話を聞く4人の表情は、見る間に強張っていった。


「シイナ様の推測通りでしょうね。しかし……質の悪い」

「ここまでの罠を張り巡らせるとは……誰が考えたのでしょうか」

「これ程の危険を抱えて、私達は大会に出場するのですか……」

 ボローニ、ホルン、メイヒューが深刻な顔つきで独りごちる。


「厄介だな……秀吾の主人公補正でも手に追えねーぞ。手数が足りねえ」

 小崎もよく分からない単語を差し挟みつつ、眉根を寄せて現状を嘆いている。


 彼等の言う事も尤もで、これは個人の力で解決出来るものではない。魔術師数十人単位の動員が必要になるレベルだ。だが、国の中枢に魔族が潜んでいる今、それは不可能な事。


 街の規模で用意された、破滅への舞台装置。舞台裏を知っていようと、台本通りに動く事しか出来ない役者は、人間は、魔族の書いた巫山戯た台本の結末までただ演じる事しか出来ない。


 人間には、台本に介入する事は出来ない。——だが。



「それでも、何とかするしかないだろう」



 それこそあっさりと告げた。私は人ではない、化け物だ。人間には出来なくでも、私が何とかしてみせる。

 こんな所で立ち往生していては魔王を倒す事など敵わないし、何より。



 ——約束を、したのだ。必ず無事に帰ると。



「……手があるのか?」

 顔を上げ、小崎が尋ねてくる。甘い考えは許さないと言わんばかりの鋭い眼光に、こちらも真剣な眼差しを向けた。

「ああ、私に考えがある。小崎、協力を頼んで良いか?」

 今私が考えた策には、出来れば彼の手があった方が良い。いなくても何とかなるが、作戦上、彼の能力は実に貴重なのだ。

「リスクは大きい。けれど、何もしないよりは生存率が高い。協力してくれるなら礼もする。どうだ?」

 きちんと対価を渡せば近付いた事にはならない。ギブアンドテイクの形を取ってでも、彼の力が欲しい。



「礼なんていらねーよ、俺にとっても利益のある事だ。ここは1つ共同戦線張って、魔族なんぞの思い通りにゃならねーってこと、教えてやろうや」



 小崎は躊躇う間も置かず、不敵に言い切った。その瞳には、元いた世界でもこの世界でも滅多に見る事の無い、激しくも強い決意が込められている。必ず生き残るという、眩しい程の決意が。


 礼を撥ね除けられたのが少し気になるが、彼にとって等価だと思うならばそれで良い。必要なら後で渡そう。

 頷いて、これからの行動について一頻り説明する。4人は時折質問を交えながら、己の役割を確認していった。



 全ての説明が終わった時、夜はすっかり更けていた。

「……タイミングだな、問題は。それと、あんたの負荷がでかい気がすんだが」

「失敗はしない。タイミングは街の様子を見ながら計るしかないだろうな」


 小崎のどこか心配そうな視線に、軽く首を振る。失態は絶対に晒さない。術師として、師匠の教えを裏切る事は何より許されない。


 私の返答に少し顔を顰めた小崎は、けれど直ぐに切り替えたようだ。

「ま、頑張りますか。……そうだ」

 そこで、彼はふと気が付いたというような声を上げる。

「この作戦だと、頻繁に接触した方が良いよな。けど、勇者とただの冒険者、それも異性がしょっちゅう会ってると、目立つぞ」

「そうだな。隠れて会うか……しかし、それも拙いな」


 関わりを隠そうとすればする程、知られたくないものに知られる。出来れば公然と会う理由があった方が良いが、思い付かない。


 眉を曇らす私に、小崎は意見を口にした。

「そこで提案なんだが、タッグ戦、俺と組まないか? あれなら堂々と一緒にいられるだろ、作戦会議とか言って。そっちの3人の誰かと組むつもりだったんだろうが、俺もそれなりに強いぞ。どうだ?」


 小崎の提案は悪くない。成程、現状それが最も無難な選択肢だ。彼の実力や戦闘手段が分からないのが、少し不安だが。


「明日の予選を見て決めてもらって良いぞ。面白そうだからって登録してるし」

「……そうだな。そうしようか」 

 立ち回りを見るも良し、護衛の3人とぶつかる所を見るも良し。それに、彼の正確な力量を知っておくのは、今後の作戦の為にもなる。彼の譲歩に、頷いた。


「……1つ、尋ねたいのですが」


 不意にホルンが口を挟む。視線を向けると、彼女は不思議そうに尋ねた。

「オザキ殿は、何故シイナ様が女性だと気付いたのですか?」


 言われてみればという表情で、ボローニとメイヒューが小崎に注目する。何となく共に視線を向けてみると、案の定面食らった顔をしていた。


「そりゃー、髪長いし名前も女だし……。って、男だって主張してんのか? また何でんな真似を?」

「この世界では髪の長い神官は珍しくない。そして、彼等は名前では性別は分からない。この国の王子が誤解したから、面子を潰さない為に男で通している」

 日本人にとって私はどう見ても女なのだが、こちらでは男にしか見えないらしい。不便はないし扱いが変わるわけでもないから、特に不満はない。


 ……瀬野達の私を男として扱っているような態度は、少々気になるが。


 小崎は私の説明を聞き、軽く吹き出した。そのまま小刻みに肩を震わせる。

「……笑う程の事か?」

「くくっ、悪い。いや、秀吾の奴、男として紹介されたんだったら、丸々信じてる気がしてな」

「ああ……何となくだが、そんな雰囲気を感じたな」


 やや語尾の震える言葉にそう答えると、彼は本格的に笑い出した。少し不快で、眉を寄せる。


「そんなにおかしいか?」

「悪い悪い。いや、確かにあんた男前だけどな。じゃあまあ、外では男として扱うぞ」

 私の表情に気付き、小崎は笑いを収めて言った。男前と言われてまた微妙な気分になったが、悪気は無さそうだし、ひとまず頷く。


「そうしてくれると助かる」

「おう任せろ。よろしくな、椎奈」

 瀬野と同じくあっさりと呼び捨てにする小崎に、戸惑う。彼は私を女だと知っているのに、抵抗感は無いのだろうか。


 けれどわざわざ尋ねるまでもないし、嫌でもない。首を縦に振り、差し出された手を握った。


「ああ。よろしく、小崎」


 頷き返し、小崎はひらりと手を振る。

「互いの戦い方とかは明日、てか今日な。そろそろ寝ないと大会に支障が出そうだし。んじゃ、お休み」


 そう言って背を向けた彼に、分かっているだろうが一応告げておく。


「盗聴に関しては心配しなくて良い。部屋に結界を張っていた」

「ああ、空間の感じで何となーく分かった。さんきゅな」


 そう言って、彼は部屋から出て行った。それを見送り、私も寝支度に入った。


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