覚悟
ついに旭の一人称!
今まで出番がなかったので、一安心。
光が収まって最初に目にしたのは、広大な草原。周囲には誰もいなかった。
「椎奈、古宇田、神門。どこにいる」
声に出して名前を呼んだが、答えは返って来ない。どうやら引き離されてしまったようだ。
もしも4人が4人ともバラバラになったのだとしたら、椎奈が何をし出すか分からない。最悪アドラスと名乗る少女の術を打ち破るべく、攻撃魔術を構築しかねない。
そうなる前に事態を打開する方法に頭を巡らせるが、そもそもが相手の術中にいるのだ、状況に流されるしか選択肢は無い。
『——汝が、キョウヘイ・アサヒか』
結論を出した時、名を呼ばれた。振り返った先には、若い男が立っている。
青い髪に深碧色の瞳。一目で人ならざるものだと分かった。だが、椎奈が妖と呼ぶモノのような陰の気は一切感じない。
「そうだが、お前は?」
肯定してから問い返すと、男は一瞬目を見張り、直ぐに意地の悪い表情を浮かべて頷いた。
『成る程、類い稀なる力の持ち主よ。気に入った。我が名はミハエル。汝が今いる世界の神だ』
「…………」
咄嗟に取るべき態度が見つからず、黙り込む。そんな俺の様子を見て、ミハエルは満足げに笑った。
——どうやら、俺の態度に一矢報いたかったようだ。
困った性格の神に内心溜息をつきながら、問い掛ける。
「神よ、ここはいったいどこなのですか」
『敬語を使わずとも構わん。私は汝が気に入ったのでな。
ここは神官の作る虚構世界。本来ならば、ここでこの世界の精霊と契約を交わす事で、勇者は力を得る。だが汝は既に力を持ち、制御する術まで得ている。この世界の精霊とは相容れぬ。そこで、我の出番という事よ』
「どういう事だ?」
『我は汝の力をこの世界に適応させるべく、汝の前に現れた。……否、それだけではないな。我は、ともすれば、汝の力を目覚めさせる手助けを出来るやも知れぬ』
「何……?」
意味が分からず、眉を顰めた。既にこの身に宿る力を目覚めさせるとは、一体どういう事か。
『汝はまだ知らずともよい。それよりも、汝、我と契約する気はあるか?』
唐突な申し出だったが、俺は即答した。
「契約しよう」
余りに迷いのない口調に逆に戸惑ったのか、ミハエルの返答が一拍遅れる。
『……よいのか? 汝程の知識があれば、神と契約を結ぶという事がどういう事か位、理解しておろう』
何故俺の知識量まで分かるのか興味があったが、今は問いに答える事を優先した。
「この世界で椎奈と共に生きていく為には、力が必要だ。折角この身に宿る力、使えないのでは意味が無い。神と契約を結ぶ事で使えるならば、喜んで契約を結ぼう」
『面白い男よ。それに、なかなかにひたむきでもある』
からかうような口調でそう返され、こいつは本当に神なのかと、疑念が生じる。
『シイナの巫女に忠誠を誓うものよ。その意味を本当に理解しているとは思えないが、その危険性位は分かっておろう。それでも汝はその力を、己の為だけでなく、巫女の為にまで使うというのか?』
椎奈の事への問い掛けに、俺が迷う事など無い。それがもたらし得る結果を全て受け入れて、俺は椎奈の側にいるのだから。
——だが。「シイナの巫女」という呼称に、理解していないと言われた事に。普通の人間が持つ感情などとうの昔に消え失せたはずの俺の心が、ざわついた。
だからだろう、語調は意図せず鋭いものになる。
「俺はシイナの巫女とやらは知らないし、誰かに忠誠を誓った覚えも無い。俺は、椎奈の側に居続けると約束した。その約束を遂げる為に、力を求める。それだけだ」
『干渉しようなんて馬鹿げた事を考えるな。私達は、互いにそんな事を求めている訳ではない筈だ』
『旭の思いなんか、興味ない』
夕べ言い放たれた言葉が、脳裏に浮かんで消える。
椎奈の言う通り、俺は彼女の抱えているものなど分からない。椎奈は言おうとしないし、俺も詮索しようとは思わない。少しだけ垣間見た彼女の過去から覗く闇を掻き回して、椎奈の傷に触れたくなかったからだ。
——それでも。いつか椎奈が心を許せる存在になりたいと、椎奈を守る存在になりたいと、願うから。俺は、力が、欲しい。
『……ふふ。なかなかいい返事だ。良いだろう、契約を結ぼう』
神は満足げに笑みを漏らし、片腕を掲げた。手首を飾る腕輪が、淡く光る。
『我、ミハエルは、ここにいる若者と契約を交わす事をここに誓う。彼の名は、旭梗平』
名を呼ばれた途端、全身がぴくりとも動かなくなる。声を出す事すら叶わない。
「っ、……!」
息を呑む俺を意に介さず、神は続けた。
『彼の望む力を、我、ここに与えん。彼の力が、彼の願いを叶えん事を願う。我は、彼の為に助力を惜しまん事を、ここに約束しよう』
神が言葉を唱え終わった途端、身の内に脈動が生じた。全身が熱を持ち、脈動の度に生じる何かが、外に出ようとしているかのように、身の内で荒れ狂う。
「……! …………!」
声にならない悲鳴が口から漏れた。
俺の様子を、神は何故か優しげに見える笑みを浮かべたまま見つめていた。ゆっくりと歩み寄り、俺の胸——心臓の真上に、触れる。
「——————!!」
圧倒的な力が流れ込んだ。それは俺の中で荒れ狂う何かとぶつかり、混ざり合い、大きなうねりとなって全身を駆け巡る。視界が真っ白に染まり、俺の意識は飲み込まれ、何も分からなくなった。