開会
雲1つ無い大空に、大聖堂の鐘が鳴り響く。同時に、テントに集まった人々の喧噪が、ぴたりと止んだ。
『——只今より、第123回、総合闘技大会の開会式を行います』
テノールの声が響き渡る。マイクも無い筈のこの世界で広範囲に声が届くのは、魔術のおかげだ。精霊魔術で風を操ったのか、理魔術か。
テント内は、すり鉢状の客席の底の部分に戦いの場がある、ローマの決闘場のような造りだった。その底の部分に、一般出場者が集まっている。
驚いた事に、彼等は整列していない。災害時の配給でも並ぶ民族としては、王族が参列する場でのこのいい加減さは、この目で見ても信じ難い光景だ。
一般出場者達の集まり——一応、2つの部門で分けられているようだが——を囲うように、傭兵団。そして正騎士団が更にその外側を守るように並んでいる。どうやら2つの団の配列は、そのまま身分的な扱いを分ける列でもあるらしい。
正騎士団より外側、階段状の観覧席の下段に、この国の主な貴族達。その上方に、今回客品として扱われる私達勇者が椅子を与えられ、最上段列に王族が腰を落ち着けている。
悠然と椅子に腰掛け、会場全体を見回していた王は、司会を担当する者に声をかけられ、挨拶の為に立ち上がる。
一斉に頭を垂れる者達に向かい、慣れた様子で語りかける国王。適当に聞き流しつつ、私は会場を観察していた。
テントにかけられた魔術は、昨日確認した保護魔術と遮音、遮光の魔術。持続性が重視されるこれらは、当然理魔術が使用されているが、内部にかけられている魔術は、神霊魔術だ。
テント内の照明、空調管理、フィールドと観客席の仕切りとなる結界。全て神霊魔術で行われているのは、非常に珍しい。
そもそも、神霊魔術自体が稀少なのだ。魔力の消費が激しく、精神力を削る為、適正があっても身に付けない事が多い。それ故、神霊魔術を使いこなせるだけで、優秀な魔術師だと判断されるそうだ。
そんな神霊魔術をこのような場で使えるのは、火の神霊の加護強きこの地と、王族に流れる血の恩恵。
——この国の王族は、代々神霊魔術に優れた者が生まれる。火の神霊を祀る国教会は、いつも王族が統括してきた。
さらに、地域性でもあるのか、多かれ少なかれ王家の血筋を引いている為か、この国の貴族は、神霊魔術の使い手が多いらしい。正騎士団の中にも使える者は多いという。
神霊魔術は、消費する魔力の分だけ威力は確実だ。使いこなせるならば、安全確保にこれ以上のものは無いだろう。
会場が拍手で沸き立ち、我に返った。王が挨拶を終えたらしい。合わせて拍手をしておく。
その後、宰相により、今回の総合闘技大会のルールが説明された。
この闘技大会の基本的なルールは、エルドで行われた闘技大会とほぼ同じだ。
戦闘技能を競い合うべく剣を合わせる部門と、魔術の技能あるいは研究成果を発表し、複数の項目に基づいて競う部門。後者の審査は、王族とこの国の魔術の専門家、そしてギルドから数名の代表者が出るらしい。どちらの部門も予選と本選からなり、勝者を決める。
『ご存知の通り、今年度の総合闘技大会は、新たに勇者の方々が競う場を設けております。戦闘部門に参加なさいますので、これに合わせ、こちらの部門は1部ルールを改正いたしました』
例年通りの説明の後に続いた宰相の言葉に、一般選手達が一斉に私達の方を見上げる。視界の端で、吉野が首をすくめるのが見えた。
『勇者の皆様は確かに素晴らしい力をお持ちですが、魔王は単独で倒せる敵ではございません。そこで重要になってくるのが、他者との連携を取る事。これを踏まえ、勇者の方々には、タッグ戦をしていただきます』
宰相の説明を要約すると、こうだ。
まず、冒険者を始めとする一般選手による予選を行う。一次予選としてサドンデス方式で人数を16に絞り、トーナメント形式の決勝を行う。勇者達は決勝進出者から1人、チームを組む相手を見つけるのだ。
勇者には護衛が付いているが、彼等も一般枠に参加し、サドンデスを勝ち抜かねば参加を認められない。これで、護衛の3人も登録を要求された理由が分かった。
『——それでは、明朝より、一般枠の予選を開始いたします』
驚く事に、大会の参加者は100名を超えるらしい。確かに規模が大きいとは聞いていたが、そんなにも多くの人が世界中から集まり、稼ぐのをそっちのけで戦うとは。この世界は、戦いを好む者が多いという事だろうか。
予選は100名を超える人数を4つに分けて、各組4人になるまで戦わせるという、大雑把なものだ。要領の良い者が勝ち残るだろう。
観客数を増やしたいからか、1日に行われる試合数は少ない。冒険者枠はパフォーマンス部門の行われる時期と被るので、予選は午前に2つの戦闘、午後はパフォーマンスで計2日。決勝は1日3試合、5日続く。
「あ、椎奈!」
まずは街を歩こうと足を踏み出したその時、後方から声をかけられた。昨日聞いた声に振り返ると、案の定瀬野が歩み寄ってくる。今日は巫女も一緒だ。
「昨日はごめんな、突っかかった言い方しちゃって」
開口一番、瀬野は神妙な表情で頭を下げた。何事かと面食らったが、昨日の御節介だろうと見当を付ける。
「気にしていない」
そう答えて、護衛である少女に目を向けた。今日は、流れるような金色の髪と深緑色の瞳は、白い服に付いたフードでほぼ隠れているが、その奥から、無遠慮かつ非友好的な視線が注がれていて、先程から気になっていたのだ。
視線に気付いた瀬野が、ああ、と声を上げる。
「彼女は、俺と一緒にここまで来てくれた仲間だ。俺が喚ばれた国——ガレリアの神官で、神様を祀る巫女さんなんだ。名前はレイラ」
「レイラ=シース=セイリードですわ」
「椎奈。エルド国の勇者だ」
つんと頭を反らして名乗るセイリードに自己紹介を返すと、瀬野は再び笑顔を浮かべて語りかけてくる。
「なあ、昨日は聞けなかったけどさ、高校はどこ?」
「この世界で全く関係無い事を、答える必要があるか?」
あまり情報を晒したくなくて——元の世界に戻った後も接触が続くなどごめんだ——遠回しに拒絶する。瀬野は不満げな表情を浮かべて、何事か言いかけた。
けれど、隣で話を聞いていたセイリードの方が早かった。柳眉を吊り上げ、耳に障る甲高い声を上げる。
「貴方! さっきからシュウゴ様に対する態度がなっていないのですわ! 同じ勇者、立場は対等なのですから、その偉そうな物言いを何とかなさい!」
「偉そうな物言いをした覚えはない。それで、用件はそれだけか?」
彼女と言い合うのも面倒だ。これ以上の会話は、出来れば避けたい。そう思い瀬野に尋ねると、彼は困惑を浮かべながらも、律儀に答えた。
「えっと、椎奈はこれからどうするつもり? 俺達はちょっと街を歩こうかと思ってる。良ければ一緒に行かないか?」
「…………」
瀬野の予定は、私の予定と一致する。だが——
「いや、こちらはこちらで行動する。2人で行ってくれ」
同郷だろうが他人と関わるつもりはないし、煩い巫女と行動を共にするのも気が進まない。そう思って断ると、瀬野はがっかりした様子を見せた。
「そっか……分かった。じゃあ、またの機会にな」
けれど彼はにこりと笑って手を振ると、不満げな巫女と共に去った。巫女はまだ何か言いたげだったが、瀬野と行動を共にする機会と比べれば、天秤はあっさりとそちらに傾いたらしい。
溜息をついて、私は踵を返した。