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*連絡と予定*

 朝。サーシャさんが朝食の用意をし終わっても、旭先輩が部屋から出てこないから、私と詩緒里で声をかけに行く事にした。


「多分、起きてはいるんだけどね」

「旭先輩、普段は人の気配とか視線にも気付くのに、研究中だけは駄目だよね」


 詩緒里と苦笑し合いつつ、先輩の部屋のドアに目を向ける。やっぱりというか、魔術の気配を感じた。多分、いつもの防音と保護の魔術だ。



 私達が毎日剣術を続けて、魔術も少しずつ練習しているのに対し、旭先輩は大抵実戦練習をしている。午前中だけじゃなくて時には午後にも、騎士さん達と試合をしてるみたい。騎士さん達も感心してたし、かなり戦いに慣れてきたんじゃないかな。


 で、それ以外の時間は魔術の研究をしている。自分の部屋で新しい魔法陣を試す事が多いけど、私達が魔術の勉強をしてる傍らで、魔術書片手に魔法陣をいくつも浮かべて観察したり、紙に長々と計算を書き込んたりもしてる。内容は全然分からない。


 研究結果が気になる私達が頼むと、出来た魔術を見せてくれる。それがまた、威力が凄かったり魔術書で読んだ事の無いものだったりと、非常識のギネス記録を更新してくれるのだからもう何というか。サーシャさんなんて、『精度に拘ってみた』という魔術と魔法陣を見て、気を遠くしていた。


 椎奈が旭先輩の魔術研究を趣味って言ってた意味が、よおく分かった。テーマを決めて魔法陣を延々と作っては試している様子や拘りっぷりは、趣味というのが正しい。凄い趣味だなあとは思うけど。


 別に趣味は趣味で良いんだけど、困るのは、1度研究に夢中になってしまうと、周りが全く見えなくなっちゃう事。


 と言うわけで私達は、2度と近付くまいと思っていた筈の旭先輩の部屋に、2日に1回は声をかけに行く羽目に。ちゃんと見つけたけどね、安全な方法。



 扉の前ですうと息を吸い込んで、大声を出す。


「旭せんぱーい! 朝ご飯ですよおっ!!」


「里菜って……凄いよね」

 詩緒里が苦笑しながら言った。良いじゃん、あのドア開けるより怖くないもん。


 詩緒里に風の魔術で増幅してもらった声は、防音したドアを超えて部屋に響き渡る。音量の目安は、側で聞く目覚ましだ。


 数秒後、部屋のドアが開く。旭先輩がちょっと顔を顰めつつ出てきた。


「……もう少し音量を下げても聞こえる」

「それを前に実行して、気付かなかったんです」

「そうか、それは悪かった」


 きっぱり言い切ると、あっさり前言を撤回して謝る先輩。自覚はあるのか、研究の事に関しては、直ぐ自分の非を認めるんだよね。



 3人揃って、朝食を食べ始める。今日はチーズオムレツで、チーズが良い具合にとろーっとしていて、美味しい。


「これ美味しいですねー」

「料理人に伝えておきますね。喜びます」

 にこりと笑うサーシャさんは、最近は食事中もいてくれる。一緒に食べて良いよ、と言ったのに、それは断られてしまった。



「椎奈が出発して2週間。もう着く頃だよね」



 詩緒里の言葉を聞いて、あ、と思う。そうだ、もう王都に着くよね。

「無事に着いていると良いけど」


 ステラさんが着いたらお城に連絡するので、サーシャさん経由で連絡が来る筈ですよ、と言っていたけど、ネットがあるわけじゃないし、連絡来るのは結構後だろう。椎奈ならまず大丈夫だとは思うけど、少し心配だ。



「昨夜連絡が来た。無事到着したようだ」



 と、そこでさらりと言った人に視線が集中する。言わずもがな、旭先輩だ。

「あ、そうなんですか? 良かった」

 思ったよりも早く連絡が来たみたい。魔術がネットの代わりに伝えてくれたのかな。

 ね、と詩緒里に目を向けると、詩緒里もほっとした笑顔で頷いた。やっぱり、無事という言葉がとっても嬉しい。


「……え?」

 サーシャさんの、驚いたような声。何事かと目を向けると、目を見開いたまま固まっていた。


「あれ? どうかしました?」

「……そのような連絡は、受けておりません」


 え、と瞬く。てっきり、夜遅くまで起きてた旭先輩が、サーシャさんに聞いたと思ったんだけど。


「椎奈と直接連絡を取った。簡単な連絡程度しか出来ないが」

「ショートメールくらいって事ですか?」

「それよりも短い」


 旭先輩の説明に、例えが微妙かなと思いつつ質問すると、首肯が返ってきた。そっか、椎奈と旭先輩の間で、連絡手段あったんだ。良かった。


「……コウダ様、納得しないで下さい。魔術の勉強は進んでいるでしょう」

「里菜、気付かなきゃ駄目だよ……」

「へ?」


 何に? と首を傾げると、サーシャさんが驚きも通り過ぎました、って顔で説明してくれた。


「この世界の魔術に、街を越えて連絡出来るものはありません。城内で連絡を回すのが限度です」

「椎奈も、キロ単位越しの連絡は厳しいって言ってたよ」

「……あ」


 言われてみればその通り。建物とかあるし、見えない相手に連絡取るのって、難しいんだった。出来る事を身に付けるので一杯一杯で、出来ない事までは覚えきれてなかったんだ。


「旭先輩、いつの間にそんなもの作ってたんですか?」

「椎奈の出発前に」


 ……ああ、あの籠もってた時か。椎奈との連絡手段を用意する為に研究してたなんて、ちょっと感動。


 既に旭先輩の魔術の研究に驚く事をやめた私は、それだけを思ったんだけど。サーシャさんはそれでは済まないみたいで、旭先輩の方に身を乗り出した。

「よろしければ、その魔法陣を見せて頂けますか?」

「魔術師が他者の作った魔法陣を見るのは、マナー違反だろう」


 素っ気なく断る旭先輩に、違和感。あれ、いつも見せてくれるよね?


「……やはり、駄目ですか」

「サーシャ個人や、古宇田と神門に見せるのはともかく、魔術師や魔導師の研究にかけるのは許可出来ない。魔法陣は魔術師の情報であり、強さの要だ」


 けれどサーシャさんも駄目元だったみたいで、直ぐに引き下がった。その後の旭先輩の言葉は、私達に説明してくれたんだろう。


「失礼致しました。私としても、是非研究にかけたかったのですが」

 残念そうなサーシャに旭先輩は肩をすくめるだけ。ここで脅しをかけないのが、旭先輩と椎奈との違いだ。



「それで、サーシャ。頼んでいた件はどうなった」


 唐突な話題変換、しかも問いかけ。会話に付いて行きづらい旭先輩だけど、サーシャさんは動じずにちゃんと答える。頭良いんだろうなあ、やっぱり。


「いくつか候補があります。アサヒ様が選ばれた方がよろしいかと」


 そう言って差し出されたのは、折りたたまれた1枚の紙。軽く頷いてそれを受け取り、旭先輩は立ち上がった。


「昼までには決めておく。古宇田、神門」

『はい』


 返事が綺麗にハモっちゃったから、思わず笑いそうになったんだけど。そんな笑いは、続く旭先輩の言葉に凍り付いた。



「近いうちに、魔物の討伐に向かう。魔物を祓うのは俺とサーシャだが、2人に見ていてもらう。そのつもりでいろ」



「……は、い」

 返事が、途切れがちになった。旭先輩は気にする事なく、自分の部屋へと戻っていく。


「あ、旭先輩!」

 慌ててそれを引き留めた。振り返った先輩に、つっかえながら、訊く。

「あの、何で、今ですか?」


 まだ覚悟が決まっていないのは、旭先輩も分かっている。だからこそ、先輩は見ているだけで良いと言った。けど、旭先輩は強いし、魔物と戦う必要はあまり感じない。何で、今なのだろう。


「理由は2つ。聞きたいのか」

「……はい」


 わざわざ確認してきたのは、受け止められるか疑っているから。息を詰めて、身構えた。


「まず、城の動き。この2週間貴族達が接触してきたが、俺達が避けた為、彼等に不信感が生じた。勇者として積極的ならば、夜会に参加し貴族達に安心感を与える義務を避ける筈がないという、支離滅裂で自分勝手な考えだが、そんな声が上がっている事自体が問題だ。あまりに大きくなれば王が動かざるを得ない。今度こそ呪いを盾に、俺達を前線に出すだろう」


 その言葉に、唇を噛んだ。旭先輩も少し険しい顔をしている。多分、椎奈が出かける理由に呪いを挙げた、あの時の衝撃を思い出しているんだろう。


「だから、先手を打つ。派手に魔物を祓えば、意欲を示せるし士気も上がる。そうする事で、貴族の不満を封じる」

「はい。それで、2つ目は?」


 しっかり理解してから、次を訊く。旭先輩はふと視線を落とすと、私達を真っ直ぐに見据えた。久しぶりにその鋭い目に睨まれて、どきっとする。



「——2人が、選ぶ為だ」



 それ以上何も言い加えずに、旭先輩は今度こそ部屋に戻った。


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