神獣
またやらかした感なんて気にしません。
たまには(?)王道に走ってみます。
「それなら、私達はこれで——」
言いかけた時、今まで黙っていた女性が私の言葉を遮った。
「ここまでお世話になっておいて、更にお願いするのは気が引けるのですが、宜しければ、拘束を解いて下さりませんか。あの魔術は、おそらくケイには荷が重いので」
それを聞いて、魔術師の少年は渋い顔でぼやく。
「はっきり言うなあ、レーナ……」
「しかし事実でしょう。自分の実力をきっちりと計る事は大切ですよ」
そこで言葉を句切り、レーナと呼ばれた女性は頭を下げてくる。
「今まで自己紹介もせずに失礼いたしました。私はレーナ、この子はケイ。槍を持っている彼はジャンで、今商人を監視しているのがゴードンです。……私達の力不足を全て補って頂いて大変心苦しいのですが、お礼はきちんと致します」
「分かった。……そうだな、礼は馬の治療で良いか? 先程の戦闘に巻き込まれて、怪我してしまったんだ」
私は治癒魔術はことごとく使えないし、ホルンの治癒魔術のみでは街に辿り着くまでの治癒は施せない。この少年……ケイと協力すれば、何とかなるかも知れない。
私の言葉に妙な顔をしつつ、レーナは頷いた。
「分かりました。それでは……宜しくお願いします」
首肯して見せ、馬車へ再び歩み寄る。
かの生き物は繊細だ。人に捕らえられていたのだ、余り近付いて恐怖を煽らないようにしなければならない。
入り口から拘束の要である魔法陣が視認して、結印する。やや複雑な魔法陣だったが、旭のものほどではない。あっさりと解除出来た。
「……出ておいで」
そう声をかけるのが早かったか、中の気配が動くのが早かったか。予想以上の勢いで、気配がこちらに近付いてくる。慌てて入り口から退いた。
入り口から飛び降りる白い存在を視認すると同時に、鈍い衝撃が体を襲った。そのまま後ろに倒れ込む。
「っ」
咄嗟に受け身を取ったが、のし掛かるようにされたのだ。勢いを完全に殺しきれず、小さく呻きを漏らす。
恐怖に駆られた生き物を解き放ったというのに、油断していた。人によって危険な目に遭えば、人を無差別に攻撃して当たり前なのに。
己の失態に苛立ちつつ、ひとまず身を守るべく、刀印を結んだ途端。
「……っ!?」
柔らかい、生暖かいものが頬を撫でた。予想外の事態に、凍り付く。
頬に触れる感触は、1度ではなく、何度も、何度も繰り返される。しかも、だんだんと触れる範囲が大きくなってきて、顔全体に広がった。
風が冷たいのは、肌についた液体のせいか。
「……大丈夫か?」
そこで声が聞こえて、ようやく我に返る。咄嗟に身を起こそうとしたが、当然重量差も手伝って、動けない。その間も、顔に触れる感触は続く。
「……っ、よせっ」
慌てて顔を背けたが、今度は首筋。くすぐったい感触が背筋を駆け下り、思わず叫んだ。
「見てないで、誰か何とかしてくれ!」
言いながら、混乱のためか霊力が溢れたのが正解だった。体にかかっていた重みが消える。
ほっとしつつ跳ね起きると、今まで人の顔を舐めていた正体——捕らえられていた神獣が、そこにいた。
仔馬に似た姿形、銀色に輝く純白の毛。やや怯えを映す瞳は、青空を切り取ったよう。身からこぼれる神聖な気配は、自然に愛されたこの獣特有のものだ。
——どういうわけか、先程まで私は、この一角獣に馬乗りされ、顔を舐められていたらしい。
「……一角獣は人に強い警戒心を持っているのではなかったのか?」
様々な感情を込めて呟くと、背後から答えが返ってきた。
「そのユニコーンはまだ子供だから……、相手によっては、それなりに懐くよ」
ケイだ。一角獣を刺激しないよう、遠くからそっと声をかけてきたようだ。
向き直って見ると、確かに角が無い。脚の太さの割には小柄で、少し顔を上げれば視線があう。気配もどこか未熟だ。彼の言葉通り、まだ幼いのだろう。
「ですが、そこまで懐くのも珍しいと思います。助けてもらった相手への感謝、というわけでもなさそうですし。何か以前、縁があったのでは?」
レーナの問いに、首を横に振る。
「一角獣のいる聖域には、近付いた事すらない」
「……じゃあ、余程気に入ったんだろうな」
ケイの隣からジャンが口を挟む。彼もまた、刺激しないよう気遣っているのだろう。背の高さを気にするように、身を縮めている。
「気に入られる事をした覚えは無いが……」
困惑しつつ一角獣に改めて目を向けると、じっと見つめられた。その無垢の瞳を直視し続けられず、再び視線を逸らす。
「……まあ良い。封印は解いたのだし、後は任せる。ベラ、こっちは出発出来るのか?」
そういって、馬の治療をしていた魔術師を振り返ると、弱り切った表情が目に入る。
「想定以上に傷が深いです。今行える治療では、このまま馬車を引かせる事は、とても……」
その言葉に、ケイが動く。馬を怯えさせないようゆっくりと近付き、傷の様子を確認すると、はっきりと首を振った。
「これは、拙いね。治癒魔術は約束通りかけるけど、しばらく働かせられないよ。予備の馬、いる?」
「いるように見えるか?」
「だよねえ……。どうする? 僕達と一緒に行く?」
困ったような顔で、ケイが首を傾げる。今のところ、他に選択肢は無さそうだ。流石に、全員を1度に転移魔術で送るのは、霊力の無駄遣いになってしまう。
とその時、袖を引かれた。振り返ると、一角獣が私の袖を加え、何かを訴えるように私を見つめている。
「何だ?」
尋ねると、一角獣は首を馬車の方に向け、再び袖を引いてきた。
「嘘だろ……本当に、会った事無いの?」
驚きの声を上げたケイに続き、レーナも興奮を押さえ込んだような声音で言う。
「ユニコーンが人との契約を望むなんて……。文献を目にした事はありますが、過去数十年、実例はありません。それも、馬車引きさえも名乗り出るなど、かの誇り高い一族には、信じがたい話です」
「……契約?」
改めて、一角獣を見上げる。子供といえど、知性の高い種族なだけあって、会話は理解している。私の視線を受け、はっきりと頷いた。
確かに、神獣と人が契約する事は、稀にある。様々な条件があるから滅多にないが、一角獣ならば、更に珍しいはずだ。
戸惑いと疑問に心を占拠された私を余所に、かの美しい獣は首を私に擦り付けてくる。さらさらとした毛触りを感じたが、生憎返す返事は1つしか無い。
「……悪いが私は、1つどころに止まる予定はないし、ここで契約を交わすつもりはないんだ。他を当たってくれ」
魔王を倒せば元の世界へ戻る身だ。世界の愛し子とも言えるこの神獣と契約してしまえば、帰る時に問題になるのは目に見えている。第一、馬車馬代わりになど、使えるはずもない。
が、そんな私の断りの言葉に、一角獣は首を振り、袖を引き、駄々を捏ねる子供のように全身で訴えてきた。ますます困惑する。
「困らせないでくれ。……大体私は、お前と契約を交わせるような身じゃないんだ」
神霊といい、この獣といい、霊力の波動に騙されて懐いてくるのは困りものだ。私は災いの源。かの者達にとって、劇薬にも近い存在だろうに。
「とにかく。お前は彼等と一緒に街へ言った後、国の魔術師に責任持って聖域に帰してもらえ。私は魔物と戦う身。まさか聖獣であるお前が、妖気に満ちた場所に居続けるわけにはいくまい」
一角獣は獰猛な生き物と伝承があるように、強い力を持っている。だが、聖獣は得てして、邪気に弱い。余り浴び続けると、魔物堕ちしてしまうのだ。そうなればかなり強力な魔物となり、人に仇なす。それは彼にとっても、望まざる事だろう。
「馬車は、そこにある馬に引かせる。だからお前は、元いた故郷へ帰れ」
出来るだけ優しく告げる。助けた事に義理立てしているのかもしれないが、正直成り行きだ。子供で警戒心が薄く、依存心が強い故のこの申し出だろうが、彼にとっては不幸にしかなり得ない。
私に聞き入れる気が無いと悟ったらしく、一角獣は加えていた袖を離し、悲しげに俯いた。全身で落胆を表現されると、こちらが悪い事をしている気になるから、不思議だ。
続きますー。
次回で、実質上の100話目ですね。