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決心

 眩しい光が収まって目を開けると、私と詩緒里は海岸に立っていた。


「……はい?」

 思わず声を漏らす。

「里菜、私達、さっきまで祈り場にいたよね」

 詩緒里が面食らった顔で、声を掛けてきた。多分、私の顔も似たり寄ったりだ。

「うん、間違いないよ。……っていうか、他の人達はどこに行ったの?」


 辺りを見回しても、人っ子1人いない。さっきまで祈り場でたくさんの人に囲まれていたのが夢みたいだ。


「分かんない……。でも、椎奈も旭先輩もいないと、怖いね」

「……うん」

 どちらからともなく、私達は手を握り合った。


 情けないけど、こうして2人でいると、今自分達が置かれている状況に、改めて戸惑いと恐怖を覚えてしまう。今まで平気だったのはあの2人のおかげなのだと、まざまざと思い知らされた。


「ここ、どこだろう……」

 詩緒里が呟いたその時、目の前に光が煌めいた。光は形を変え、2つに分かれ、はっきりとした形をとって私達の前に姿を現す。

 一方は白く輝く、虎とオオカミの合の子のような姿の4足獣。もう一方は銀色が眩い、フクロウらしき鳥。


「あのー、こんにちは。ここ、どこですか? っていうか、貴方達は一体?」

「……里菜。人じゃないんだから、答えられないんじゃない?」


 ひとまず声を掛けてみた私は、詩緒里に実に現実的な指摘を受けて恥ずかしくなる。



『……そなた達が、勇者としてこの国に召還された、リナ・コウダとシオリ・カンドか?』



 けれど。私の質問を無視したこの言葉が虎とオオカミのハーフの様なのの口から出てきて、改めてここは非現実な世界だと実感した。


「……ええ、まあ。勇者なのかどうかは分かりませんが」

 とりあえず肯定してみせると、2匹は同時に頷く。


「で、貴方達は何者で、ここはどこなんですか?」

 もうどうにでもなれという気分で問い掛けてみると、フクロウの方が答えてくれた。

『ここは、神官の作った虚構世界。我等は、この世界の精霊の主だ』

「虚構世界に、精霊の主……」

 詩緒里が呟く。その口調から、私と同じ事を考えているのが分かった。


 うーん、もっと真面目にRPGとかやっておくべきだったのかな。何かもう、ドラゴンが出てきたって何も不思議じゃない。


『確かにこの世界にはドラゴンはいるが……RPGとは、何だ?』


 そこでフクロウに尋ねられて、私は凍り付いた。どうやらこの銀フクロウ、人の心が読めるらしい。

 もうやだ、この世界。プライバシーの保護って言葉、今まで鬱陶しくって嫌いだったけど、とっても大切なものだと思い知った。


「何でもありません。で、私達はここでどうすれば良いんですか?」

『何もする必要は無い』


 虎とオオカミのハーフ——オオカミで良いや——の答えに、ぽかんと口を開けた。


 何もしなくていいなら、何故こんな目に遭ってるんだ。


 私の非難の視線に気付いたのかはたまた心を読んだのか、フクロウが説明を付け加える。


『そなた達は、勇者の素質を持たずにこの世界に来た。おそらく、他の2人に巻き込まれたのだろう。ここは、素質ある者を目覚めさせる為に我等と契約を結ぶ所。そなた達にはする事が無い』


 面と向かって巻き込まれただけだと言われて、私達は顔を見合わせた。一瞬のアイコンタクトの後に、詩緒里が向き直り、口を開く。


「ですが、私達が帰れる訳でもないですよね。私達は戦う力も無いまま、この世界で戦わなければならないのですか?」

『否。おそらくそのシイナとやらが、近いうちにそなた達を還す方法を見つけ出す筈だ。そなた達は、戦う事無く元の世界に戻れるであろう』



 オオカミにそう言われた私の心は、いろいろな感情が浮かんでは消えた。


 元の世界に還れる。素直に喜ぶ自分がいた。

 さっきまでの不安が、まだ心の奥に燻っている。これからずっとこの不安に耐えられるのかと訊かれれば、頷けない。不安に押し潰されてしまう前に還るのが一番賢い選択だと、分かっていた。


 ——でも。椎奈と旭先輩を置いていくのは気が引ける。これから命をかけて戦う2人を他所に元の世界でのんびり暮らせるかと聞かれれば、答えはNOだ。


 だけど、と、小さな声が聞こえた。だけど、あの2人は戦い慣れている。あの2人なら、無事に魔王を倒して還って来るだろう。私達は足手纏いになるだけなんじゃないか、そんな『弱い』私の声は、酷く魅惑的だった。


 悩んだ。今までに無い程、真剣に考えた。私はどうしたい。どちらを選べば良い。



 その時、詩緒里と目が合った。その目に澄み切った強い光を宿して、詩緒里は微笑む。思わず笑みを返し、息を吐いた。



 ——詩緒里には、叶わない。



 人と話すだけでも緊張してしまう詩緒里。旭先輩への想いを告げられないまま椎奈に気を使い、返ってくるきつい物言いに身をすくませる、気の弱い、心優しい少女。

 それなのに、その芯は滅多に揺らがない。誰よりも強いけれど、常に壊れてしまいそうな危うさを合わせ持つ椎奈とは、正反対だ。

 詩緒里はもう、椎奈達についていくと決めている。後は、私が覚悟を決めるだけ。



 大きく息を吸い込み、1歩、踏み出した。



「あの、私達が貴方達と契約を結んだら、この世界で何か特別な力が使えるようになるんですか?」

 

 私の質問に、オオカミとフクロウが顔を見合わせる。


『……おそらく、リナ・コウダは私と、シオリ・カンドは彼と相性がいい。それぞれが契約を結べば、リナ・コウダは水を、シオリ・カンドは風を、自在に操れるようになるであろう。水、風の系統ならば、魔術も使える筈だ』


 オオカミの戸惑いがちな答えに、フクロウが続いた。


『だが、何故力を欲する? そなた達は無関係で、何もせずとも還る事が出来る。わざわざ自らを危険に晒す必要は、無いのだぞ』


 2匹の疑問は尤もだ。だから私は、私の決意をはっきり見せる為に、あえて明るい口調で答える。


「残念ながら私達、必要不必要を行動基準にしてないんです。大事なのは、やりたいかやりたくないか。私は、椎奈や旭先輩と一緒に戦って、一緒に帰りたい。だから、足手纏いにならないように、せめて自分の身を守るだけの力が欲しい。それだけです」


 私に続くように、詩緒里が言葉を紡いだ。私みたいに大きくはないけれど、しっかりと意思を感じさせる声。


「椎奈は反対するかもしれないけれど、私達は還りません。経験が無いって言われたけれど、そんな事言ってたら何も出来ない。椎奈だって、無事でいられるとは限らない。旭先輩がいれば大丈夫かもしれないけれど、私達も力になりたいんです」


 詩緒里の言葉を聞いて、椎奈に初めて力を貸してもらった時の事を思い出す。



 めっちゃ厳しい先生が担当の英語の予習をし忘れていて、パニックになっていた時。すぐ後ろの席で本を読んでいた椎奈は本から顔を上げる事なく、実に素っ気なく言った。


『うるさい。周りの迷惑を考えろ。騒ぐくらいならば、少しでも進めたらどうだ』

『そんな事言ったって、これ難しいし、間に合わないよ』

 言い返すと、椎奈はようやく本から顔を上げて、教材を覗き込む。


『要するに、この部分の文法が分からないのだろう? 関係代名詞の省略だ。授業でもまだやっていない』

 あっさりと手が止まっていた部分を指摘されて、私は驚いて椎奈の顔を見つめた。椎奈が眉をひそめる。

『……時間が無いのではなかったのか?』


 指摘され、慌てて予習に取りかかる。その後も椎奈にいくつか教えてもらって、なんとか先生が来る前に予習を終わらせる事が出来た。


 授業の後でお礼を言うと、椎奈は鬱陶しげな顔をした。


『礼など言うな。今度からはきちんと家でやって来る事だな』

『だって、おかげで助かったし。椎奈って、頼りがいがある感じ。また助けてもらっていい?』


 そう言うと、椎奈は一瞬目を見開き、すぐに顔を背ける。

『頼む前に、まず自分でする事を考えろ。私なんかに頼ろうと考えるな。不愉快だ』

 言葉とは裏腹に、椎奈の顔は不快感を示してはいなかった。それが分かったから、力一杯食い下がった。

『やだ、絶対頼む。その代わり、椎奈に何かあったら、私が助けてあげるから』

『人に助けてもらうつもりは無い。自分の事は自分で責任を取る』


 やたらと強い口調で言い切られたけれど、その時の椎奈がすごく独りに見えて。何かあったら、どんな小さな事でも良いから力になろうと、その時心に決めた。



『……成る程。面白い少女達よ。確かに、勇者たる素質——力は無い。だがそなた達は、力の代わりに強い心を持っているようだ』

 オオカミがしばらくの沈黙の後、そう言った。フクロウが頷く。

『良いだろう、力を貸そう。このような希有な魂を持った少女、私も興味を持った』

 真顔でそんな事を言われてちょっと恥ずかしくなったけれど、とりあえず尋ねた。


「契約、してくれるんですね? どうやるんですか?」

『互いに触れて、名を呼び合う』

「……それだけ?」

『そなた達がするのは、それだけだ』


 拍子抜けしたけれど、頷いて詩緒里と繋いでいた手を離し、オオカミの方に歩み寄った。詩緒里もフクロウの方に歩み寄っていく。


 近付いてみれば、オオカミが見た目以上に毛並みがふさふさな事に気付き、ただ背中に触ろうと思っていた私の気持ちが思いっきり方向変換した。首に腕を回し、ぎゅっと抱きつく。


『……リナ・コウダ。確かに触れろとは言ったが、そこまでしろとは言っていない』

「だって、気持ちいいから。別に問題無いでしょ?」

「里菜……まあ、里菜らしいけれど……」


 フクロウに差し出された羽に軽く触れながら、溜息まじりに言う。詩緒里の訴えんとする事をあえて無視して、オオカミに話しかける。


「それはそうと、私の事は里菜で良いから。それで、貴方の名前は?」


 尋ねると、オオカミは溜息をついてから答えた。なんだか、最初の印象よりもずっと人間くささを感じるなあ。


『……ユトゥルナだ』

「……ん? まさか、女の子だったの?」


 ちょっと驚いて聞き返すと、首肯が返ってきた。てっきり男だと思っていたので、意外。


「んー、じゃあ、ユウって呼ぶね」


 ユウから絶句する気配が伝わって来るけれど、私の中ではもうユウ以外の呼び名はあり得ないので諦めてもらおう。


「えっと、貴方の名前は?」

 呆れた顔で私を見やっていたフクロウが、我に返って詩緒里に答えた。

『ミキストリだ』



 ミキってよぼう。心の中で強く思うと、案の定心を読んだらしく、物言いたげな目でミキがこちらを向いた。少しして、諦めた顔。私に何を言っても仕方が無いという境地らしい。

 にやりと笑った。甘い。


「では、ミキと呼びますね」


 さらっと詩緒里にそう告げられて、今度はミキが絶句した。そう、詩緒里も友達にニックネームを付けるのが好きだ。

 ……流石に私も詩緒里も、椎奈や旭先輩にニックネームを付ける事は出来ないけどね。


『……それでは、契約を結ぼう。リナ、私が言うのをそのまま詠唱しろ』


 気を取り直したらしいユウが、私にそう言った。りょーかいと頷き、ちらっと視線を詩緒里に持っていくと、詩緒里も同じような会話を交わしている。


『こちらに集中しろ。——我、リナ・コウダは、ユトゥルナと契約を交わす事を望む』

「……我、古宇田里菜は、ユトゥルナと契約を交わす事を望む」


 ちょっと迷ったけれど、自分の名前にはそれなりに愛着があるから、日本式で名乗らせてもらう。

 ユウはきちんと、私の意図を察してくれた。


『我、ユトゥルナは、コウダ・リナと契約を交わす事を望む。リナの望みが叶うように、力を貸し与えよう』


 ユウがそう言った途端、首に回した腕を伝わって、暖かいものが全身に回る。心地よさに身を委ねていると、まるで眠る時のように周りがぼやけ、すうっと気が遠くなっていく。


『必要な時には、呼ぶが良い。いつでも力になろう』

「ありがと、ユー……」

 夢見心地で呟いて、私は意識を手放した。

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