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ここから!  作者: P&P
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5.笑顔の先に

夜九時。俺と愛兎はファミレスでの夕食を終え、会計をするところであった。

「ところでお前やたらガッツリ食ってたけど金大丈夫なのか?」


愛兎はスパゲッティ(大盛り)二皿に加え、ステーキも注文したのだった。俺がそれを若干引いた目でみていると、グリンピースをデコピンで飛ばされ、眼球を直撃したのは今となっては笑い話……になればいいな。


俺の質問に愛兎は、

「平気平気。アタシ財布持ってきてないから」

「そうか。ならいいんだが」

あまりにも自然に言ってのけるチビ兎に、一瞬気づかなかったのだが。

「え?」

「いやぁ、家出る前までは覚えてたんだけどね。すっかり忘れてた悪い悪い」

「てめぇ可愛く『てへっ☆』とかやれば何でもかんでも許されるとか思ってんじゃねえぞ!大体お前いくら食ったと思ってんだよ!俺そんなに金持ってねえし。あーあ、お前働いて返せよー」


さっきまでの俺の純情を返してくれ。やっぱり愛兎は愛兎なのだ。

「嘘。アンタの財布には諭吉がいるわ」

「……なぜ貴様は俺のお財布事情を知っている」

「あーもう分かった分かった。ちょうど二人分のドリンクバー代がピッタリあったからそれは出してあげるわ」

「なんで都合良く360円がポケットに入ってるんだよ……!お前わざと忘れたろ」

「あーあー聞こえなーい」


耳を塞ぎながら愛兎は店を出ていった。結局俺は万が一に備えて持ってきておいた滅多にお目にかかれない諭吉様をファミレスなんぞに支払う羽目になった。



「……やあ英世さん。また会ったね」


この辺は人通りは多いものの、一つ道を曲がると人気がなくなる。

俺が外に出た時には、既に愛兎はいなかった。

人に金払わせといて自分だけ帰りやがったなあの野郎。絶対返してもら……

「キャーーーーーッ!!」

嘘だろ。この悲鳴は……


「愛兎ォォォォ!!」

俺は全速力で駆け出した。あの声は間違いなく愛兎だ。あのバカ……一人で帰るなとあれ程……


人気のない道を曲がった所で、愛兎はいた。その背後に、司馬 京介というオマケ付きで。


京介は愛兎の首に腕をまわして口を塞ぎ、空いている方の手にはスタンガンを握っている。


「は……ははは……ホラ、来いよクソ野郎。テメェに柏田は渡さねえ……はははは……」

京介の目は血走り、この間の時とはまるで別人のようだった。



俺は身動きが取れなかった。あまりにも唐突すぎて、状況を把握するのに数秒の時間を要した。


分かった事は、とうとう京介が本性を現したということ。


「教えてやるよ彼氏サンよ。オレは中三の夏、柏田に告白した。入学当初に同じクラスになった時に一目惚れしたんだ。それで勇気を振り絞って告白した。そしたら何だ、『お前みたいなゴミ屑と呼ぶにはゴミ屑に失礼なレベルの低俗な人間と付き合う人間がどこにいる?』だぁ?っざけんじゃねえ。そんじゃ彼氏サン、アンタはゴミ屑じゃねえってのかよ、どうなんだ、え?」



あの……どうなんだとか言われましても……

京介は話を続ける。


「オレは柏田を諦めきれなかった。少し様子を伺ってたらなんだ、お前みたいな童貞ニート風情の男と付き合い出した。ははは、マジ笑えるよな、どうせお前も捨てられるんだよこの尻軽女になあ!」


自分でも何言ってるか分かんねえだろコイツ。

ていうか童貞ニートか。間違っちゃいないけどコイツに言われるとムカつくな。

「あー、何かお前勘違いしてるみたいだから言っておくけどさ、俺ら別に付き合ってる訳じゃないんだわ」

「は?」

嘘は言っていない。一応仮の状態である。


「……まさかお前らもう夫婦!?キャハハ笑えるねえ!できちゃった婚とかそういうノリ!?」

「日本の法律では俺はまだ結婚できる年齢じゃありません」


コイツ……ものすごくバカなんじゃねえの?


ふと、愛兎と目が合った。彼女の眼差しは何かを訴えているようだったが、アイコンタクトで意思を通じ合えるような仲ではないので分からなかったが、こういう時にやる事と言えば限られてくる。



「つくづくムカつく野郎だなテメェはよ。テメェには絶望を味あわせてやらねえとなぁ」


京介はぐにゃりと笑うと愛兎の首筋にスタンガンを向けた。

「この女じゃあオレが持ち帰って調教しまーs……がぁぁぁぁぁ!!」


京介の太い絶叫が響いた。


京介がスタンガンを押しつける寸前に、愛兎は彼の足を思い切り踏みつけたのだ。

今日は珍しく愛兎はハイヒールをはいてきたので、攻撃力は抜群だった。

京介の力が弱まった所で愛兎はするりと腕から抜け出すと、股間に一発蹴りを入れてこちらに走ってきた。


「くっ……この……クソアマぁぁぁぁ!!」


京介は叫ぶと、


近くに落ちていた、


ブロック塀を、


愛兎に向かって、


投げつけた。


鈍い音と共に、


赤い液体が飛び散りーーー







気がついたら俺は病院にいた。病院特有の匂いが鼻をさす。

外は明るいようだが……今何時だ?

ふらふらする頭をなんとか上げると、時計は八時半を指していた。目の前のベッドには、頭を包帯で巻いた愛兎が横になっていた。



ーーー愛兎が倒れて……俺は何か叫びながら京介に……


そこからはほとんど記憶に残っていない。

おそらく病院に運ばれた愛兎に付き添っているうちに、ベッドに突っ伏して寝てしまったのだろう。


「最低だ……」

俺は大きな溜息をついた。


「ホント最低。怪我人のアタシより寝てるなんて」

不機嫌そうな声が聞こえてきた。

俺は包帯は巻いているものの普段と変わりない(とりあえず見た目だけは)愛兎を見て、無意識のうちに頬が緩む。


「何その変態を超えた気持ち悪い顔は。あいにくここでアタシを襲ってもここは病院だからすぐに逮捕されるわよ」


いつもならここで反論するところだが、今はそんな気分にもなれない。


「怪我は大丈夫なのか?」

愛兎はツンと窓の方を見ると、

「当たりどころが良かったらしくて、血は出たけど別に大丈夫だってさ。それよりアタシはアンタの精神状態の方が心配なんだけど。アンタ、あの後意味不明な言葉叫びながら京介に向かっていったらしいじゃない。たまたま通りかかった警官に止められたから良かったものの……下手したら京介を殺しそうな勢いだったって聞いてる」


「……マジで?」


無意識って怖い。おそらく愛兎が倒れた瞬間から自分の何かが吹っ飛んだのだろう。


自分でも気付かないうちに、ここまで愛兎に想いを寄せていたとでもいうのか。



「あー、ついでに京介殺してくれれば良かったのよ」

「お前なあ……」

「でも、アンタが無事でよかった」

愛兎は頬を赤らめ、つっけんどんに言い放った。

「へ?」

「か……勘違いしないでよね……とか言うとツンデレとか言われるんでしょ……!」

「でしょうね」


ううう、と愛兎は唸ると、「寝るっ!」と言って布団を頭から被ってしまった。

「んじゃ、俺は帰るぞ」

俺が病室を出ようとした時、

「待ちなさい」

声の主は紛れもなく愛兎だった。彼女は布団から目だけを出して、もじもじしながら次の言葉を紡いだ。


「あ、アンタ、私のボディーガードよね?仕事忘れたの?」

「お前何言ってん……」

把握した。俺は笑みを浮かべると、

「心配すんな。ちょっとコンビニ行ってくるだけだ」

「……アタシプリンとストレートティーね」

「お前この期に及んで俺に奢らせる気か」

「じゃあ出世払いで」

「信用度が小数点以下なので四捨五入してその可能性はゼロという形になりますがよろしいでしょうか」

「ウダウダ言ってないでさっさと買ってきなさいよイモムシ!」



俺は追い出されるようにして病院を出た。

今日は学校行けないな。別に狙ってないけど皆勤賞の夢は今日で崩れ去った。



コンビニは病院のすぐ目の前にあった。

まだ出勤時間という事もあり、店内にはサラリーマンの姿が多く見受けられた。


(えーとプリンプリン……)

何だかんだで愛兎のパシリにされている俺。惨めである。しかし今は怪我人だ。そして何よりも見た目は変わっていないが、内心相当なダメージを負っている筈だ。

京介もどうなったのか分からないし……



憂鬱な気分で最も安いプリンはどれかを模索していると、後ろから肩を叩かれ、反り返る程にビクッと体を震わせてしまった。



「んー?その驚きようは、まさかお主、何かイケナイ事をしているな?」

別に悪いことをしてた訳でもないのにショック死しそうになるくらい驚いた俺は慌てて振り返ると、屈託のない笑みを浮かべたショートカットの少女、五十嵐 蘭が立っていた。

「蘭か……あー、びっくりしたぁ。あれ?お前学校は?」



コンビニ内の時計を見ると既に九時をまわっており、普通ならもう授業はとっくに始まっている時間である。


「まいべすとふれんどが入院したってぇのに、自分だけ学校に行くなんて真似が出来ると思ってるのかね?」

「……本音は?」

「……ちょっと学校行くの面倒くさい。でっ……でも愛兎を心配してるのはホントなんだからねっ!」


駄々をこねる子供のように両腕をバタバタと振って否定する蘭。

「ああそうかい。まあ入院っつってもあと三日もすりゃ退院できるらしいぜ。今もアイツは手に余るぐらいだ」

「ありゃ、そうなのか。今日は赤飯だねっ!」

「退院してからにしろ」

「そのツッコミを待っていたのよ!コイツ……出来る……」



やっぱこの娘苦手だわ。初対面で感じた通り、面倒くせえ。

だが不思議と話していて不快感はない。ここ数日ストーカー騒ぎで頭いっぱいだったからな。こういう間の抜けた会話を求めていたのかもしれない。



「あ、それでね蓮クン。あのストーカー、司馬 京介なんだけど、アイツ退学するらしいよ。そんで、どこか遠い所に転校するんだって!いやぁ、良かったねぇ!さすが私の目をつけたオトコは違いますなあ!まさかホントに追っ払ってくれるとは!」

「本当か!?」



俺は舞い上がりそうな勢いだった。これで、愛兎に平和が訪れる。

「うん!まあ立ち話もなんですから、ひとまず愛兎んトコ行こっ!」





「たかがプリンと飲み物買うのにどんだけ時間かかってんのよこのフンコロガシ!」

俺が病室の扉を開けた途端この言い様である。いつか俺のポジションは虫以下になるのではなかろうか?


「相変わらず毒舌ですなぁ愛兎ちゃん。でもそこに痺れる憧れるぅ!」

「あれ、蘭もいたの。てか学校はどうしたのよ」

「ふっふーん。さっき蓮クンに話したから省略」

「何よそれ!」



そんな会話を繰り広げている間、俺はテーブルにプリンとアイスティーを置いた。

「ちょっ……コレ安物のプリンじゃない!アタシが欲しいのは一二三屋の生クリームプリンで……」

「だ っ た ら 自 分 で 買 っ て 来 い」

俺の言葉に愛兎は露骨に舌打ちをすると、ブツブツ言いながらもプリンを食べ始めた。



「そう、それでだな愛兎」

俺は京介が転校する趣旨を彼女に伝えた。愛兎は終始無表情だったが、微かに喜んでいるようにも見えた。


「……まあ、そういうワケなんだが……やっぱ、ああいうストーカーってどこに行ってもストーカー続けるモノなのかな……」

俺は以前テレビで、ストーカーの被害者は遠くに引っ越したものの、それから数日足らずで再び同じストーカーにストーキングされたという話を耳にした事があった。


「それはあり得るよねうん。愛兎、何かあったらすぐに蓮クンに相談しなね!いつでも相談に乗るから!」

「全部人任せかよ」


だが愛兎は何故か恥ずかしそうに布団に顔を埋めると、

「大丈夫。きっとアイツはもう来ない。だって……」


「?」


俺と蘭は頭上にクエスチョンマークを浮かべたが、愛兎はそれ以上何も言わなかった。



ーーー蓮、アンタは覚えてないかもしれないけど、アタシがブロックぶつけられて、アンタがバカみたいに発狂して、アタシは朦朧とする意識の中で聞いたよ。



『愛兎に指一本でも触れてみろ、俺がお前を死んでも追い回すぞ』

って。その時の京介の表情見て、すっごい心地良かったのよ。あの絶望に歪んだ顔。


だから、多分もう来ない。

蓮が、守ってくれる……んじゃないの?ーーー


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