4.私のコンピュータがバggg
「なあなあ、昨日の『わたコン』見た?マジ超展開すぎね?」
入学して二週間。大分クラスにも慣れてきて、俺にも友達(と呼べるかどうか怪しいが)が少しずつ増えてきた。
ちなみに今目の前で話しているのが、自称ムードメーカー、早崎 俊(Hayasaki Syun)。ムードメーカーというよりただうるさいだけだが。しかし顔立ちは悪くなく、黙っていればイケメンの部類に入るのかもしれないが、年中下ネタを連呼して全部台無しにしていく。
ついでに言えば『わたコン』とは、深夜アニメ、『私のコンピュータがバグっています』の略。
もっとマシな題名はなかったのかとは思うが、ネットでは面白いと評判だったので、俺も見てみたら案外ハマってしまった。
ていうか早崎みたいなチャラ男でもアニメ見るのか。
「あー、マジ二次元行きてぇ!!こんな世界狂ってる。そう思わんかね?」
「一つ言うと、お前が二次元行っても『男子生徒C』くらいにしかならないと思うぞ」
「何でC!?俺の価値はAでもBでも無いというのか!」
なるほど。コイツはオタクなのか。ふむふむ。段々とこのクラスの本性が見えてきたな。
「いいよなー蓮チャンは。彼女いてさー。兎だって黙ってれば可愛いんだけどなぁー」
愛兎はクラスからは『兎』と呼ばれている。その小さい容姿にはぴったりである。
「アイツマジで何もできねえんだよ。掃除洗濯料理。全部俺に任せきりで自分はゴロゴロとテレビばっか見て……」
「蓮チャン……後ろ……」
俊が何やら青ざめた顔で俺の頭上を見ており、確認しようとした時、脳天に衝撃が走った。
「余計な事べらべら喋ってんじゃないわよウジ虫」
「痛ってええええ!!テメェ何で殴っ……まさか辞書の角!?下手したら死ぬぞ俺!」
俺の言葉を無視し、愛兎は思い切り俺を蹴って椅子から落とすと、そのまま首根っこを掴んで掃除用具入れの壁に叩きつけた。
ちょっと待て。俺殺される。
「今日作戦会議を行うわ。作戦考えときなさい」
俺は心底げんなりした。例のストーカー、司馬 京介はあの事件の後一週間は姿を見せなかったのだが、ここ数日再び見かけるようになった。なんてしぶとい野郎だ。さすがの俺も滅入ってくる。
まあ、奴がストーカーをやめれば俺と愛兎の関係も終わってしまう。そう考えれば、愛兎には悪いが司馬に感謝すべきなのかもしれない。
「少しくらいお前が考えてみたらどうだ?」
「……アタシが考えた結果がこの間のザマじゃない!それにアンタはアタシの奴隷であり犬なんだからいう事聞くのは当然でしょ」
「いつから犬が追加された……分かったよ。考えといてやるから、とりあえずこのカツアゲ体制をやめろ。昼休みだというのにクラス中が沈黙してこっち見てるぞ」
愛兎は慌てて飛びのくと、何故か恨めしそうに俺を見ると立ち去っていった。
愛兎がいなくなったので、当然クラス中の視線は俺に集まる事になる。
「蓮チャン……ホント尊敬するわぁ」
俊の言葉に、他の奴らも謎の連帯感でウンウンと頷くのであった。
※
放課後、愛兎のアパート。
「今日もついてきてたな司馬の野郎。すでに俺たちが付き合ってんの知ってるハズだし……何が目的なだ?」
「さあね。アタシなんかをストーカーして何が楽しいのかしら」
その声が少し寂しそうに聞こえたのは気のせいだろうか。
俺は愛兎がいれた紅茶を一口飲むと、先程家から持ってきたノートパソコンを開いた。
「何見てんの?エロサイト?サイテー。死ね」
「あいにく俺は女の子の家でエロサイト見る程の度胸は持ち合わせてねえししかも勝手に決めつけて死ねはねえだろ」
まあこんなことは日常茶飯事なので、二人とも大して気にしなかった。
「そんで?何見てんのよ」
「俺が考える素晴らしい作戦が通用しない相手なんてもうGoogle先生に頼むしかないだろ。しっかし、ここまでして諦めないとなると、もう奴の目の前でキスするとかそのくらいのレベルじゃないとダメなんじゃねえの?」
もちろん俺はそんな気もないし、冗談のつもりで言ったのだが、純粋(悪くいえばバカ正直)なちびっこい兎は顔を真っ赤にして、
「キキキキ……キス!?冗談じゃないわよ!アンタとキスするくらいなら……えーと、蘭とキスした方がマシよ!」
それはそれで百合展開でよさそうだなどと言ったら本気で殺されそうなので黙っておいた。
「冗談だよ。でもそれ位の事しねえと奴は諦めねえぞ?」
愛兎は大きくため息をつくと、半眼で俺を見つめてきた。
「な……なんだよ」
「前も訊いた気がするんだけど、ホント何でアンタそんなにアタシを助けてくれるワケ?普通女の子の頼みとはいえこんなバカみたいな頼み引き受ける人いないでしょ?……まあアタシにとっては好都合なんだけど」
俺は愛兎から目をそらすと、
「なんつーか、もちろん最初はコイツバカかって思ったけど、こんなに俺が本性出せる奴って男女含めてお前しかいねえんだ。それに、お前見てるとすげー危なっかしいし、その、どうしても手が出ちまうっつーか……」
「奴隷のくせに随分偉そうな事言うのね」
やべっ……なんて恥ずかしい事をべらべら喋ってんだ俺は……黒歴史セリフランキングin俺でトップ3に入るレベルだ。
恐る恐る顔を上げると、意外にも、愛兎は微笑を浮かべていた。
「……ありがとね」
俺は心臓がぶっ飛ぶかと思った。そしてこれは聞き間違いだ。そうに違いない。だって愛兎の口からありがとうだなんて……
と、心の中で思っても表情に出さないことに定評のある俺である。
「ホラアタシ、こんな性格じゃない?だから、男友達なんてできた事なくてね。実は中学校の最後の辺りからストーカーされててさ。アンタにしたのと同じ方法でやってみたんだけど、どうしてもうまくいかなくて。ハァ、アンタってホント物好き。バッカみたい」
「ちゅ……中学校からだと!?もう警察に言った方がいいだろソレ!」
「一回行ったわよ。そしたら証拠不十分で取りあってくれなかったわ。親とは仲悪いからロクに会話もした事ないし」
「……」
愛兎は疲れ果てたような、どこか虚ろな顔をしている。
理不尽だろ。今はサラリと言ってる愛兎だが、俺は京介を殴ろうとした時の彼女をはっきりと覚えている。目に涙を浮かべ、自らを苦しんでると言った。
それなのに誰も助けないのかよ。愛兎が悪い訳でもないのに。
俺は内心苦笑する。俺らしくない。面倒事はことごとく避けてきた俺が人助けなんてな。
いや、コレは面倒事なんかじゃない。
俺は……
「俺は違う」
「え?」
「俺はお前を一人にはしない」
愛兎は大きい目をさらに丸くする。彼女が何か言おうとした所で、俺は立ち上がった。
「さて、今日はパーっとファミレスでも行って外食するか!」
「あ、ちょっと……」
愛兎は戸惑っていたが、やがて笑みを浮かべた。
「んじゃ、アンタの奢りね」
「ははは、そうくると思ったけど絶対ヤダ」
俺は、誰も知らない柏田 愛兎を見た気がした。