3.この先、通行禁止
「私は愛兎からストーカーの話は全部聞いてるわ。そして、」
そう言うと、蘭は俺の肩をがっしと掴んで、
「君が、選ばれし勇者なのだな!」
あ、コイツめんどくせえわ。
直感でそう感じた。天然……というより電波だろコイツ。まあ可愛いから許す。
「そんながっかりした顔しないでさ、愛兎、ああ見えて優しいから、もしストーカーを追っ払った暁には、本当に付き合えるかもよっ!」
優しい……ねえ。今までの経緯上悪いヤツではないようだが……
今でも愛兎はツンとしたままケータイをいじっている。黙っているのに誰も寄せ付けないようなオーラが見えるようだった。
「それじゃあ、愛兎をよろしくぅ〜!」そのままくるくると回りながら去っていく蘭。何で他の奴らはあの電波少女より俺を気にするんだよ。
そこへ担任が入ってきて、朝のホームルームが始まった。
昼休み。特に親しい友達もいないので、一人で弁当を開けた。一人暮らしだが毎日弁当は作ると自分で決めている。ていうか作らないと金がもたない。
今日のメニューはご飯、鮭のムニエル、それからホウレンソウのおひたし、そして煮物。
別に毎日作るものを決めてるワケではなく、冷蔵庫にある食料で適当に作れそうなモノを考えるだけである。とは言え鮭のムニエルは少し面倒だった。
「うわぁ〜!すっごぉい!レン君って、お料理得意なんだぁ!」
この声はさっきの電波少女、五十嵐 蘭か。実は俺この娘苦手だったりする。
「あぁっと、まあ、冷蔵庫にあるヤツ適当に突っ込んだだけだけど」
「それでも凄いよぉ!私も一人暮らししてるけど、大抵コンビニ弁当だもん!」
そういえば、何で俺が一人暮らししてるの知ってんだ?
俺の疑いに気づいたのか、
「あ、さっき愛兎から聞いたのよ。『アイツ、一人暮らしだから存分に有効利用できる』って」
「ああ、そう」
二日の付き合いで分かった。アイツはそういう奴だ。人の事を一切考えない、言ってみれば自己中である。
蘭と適当な自己紹介をしている所に、つかつかと愛兎が歩いてきた。
「どうした愛兎。学校では俺と他人じゃなかったのか」
「ちょっと来て」
刹那、愛兎は俺の耳を引っ張って引きずり始めた。
「ちょ、痛い痛いちぎれる!!」
「うっさい騒ぐな腐れダーリン。耳一つぐらいちぎれようが鈍感なアンタは気づかないんじゃないの?」
何て言い草だ。しかも何だよ腐れダーリンって。
とりあえず痛い。死ぬ。
廊下まで引きずり出された所で、ようやく愛兎は俺を解放した。当の本人は仁王立ちで向こうを見つめている。
そして教室からはざわめきが。また誤解を解く所から始めんのか……
「ストーカーの身元が判明したわ。一年二組、司馬 京助(Shiba Kyousuke)」
「そうか。それは良かったな」
「今からそいつをぶちのめす」
「はぁ!?」
何を言ってるんだコイツは。バカなのか。そうかコイツバカなのか。
「ぶちのめすって……学校内では俺関わりたくねえんだけど」
それに愛兎は意地悪くニヤリと笑って、
「仕事するのはアタシ。アンタはアタシの惚れ惚れするような演技を指しゃぶって見てればいいのよ」
「それじゃ俺はこれで」
「待ちなさい」
「ぐえっ」
教室に戻ろうとした所で襟首を掴まれた。愛兎がやるなら俺いらねえじゃん。まさか本当に自分の演技を見せる為に呼んだんじゃないだろうな。
「ちょっと……その……準備があるのよっ!」
※
十分後。俺はあの女と出会ったのを心底後悔する事になる。
愛兎の作戦はこうだ。
まず俺が司馬 京助と仲良くおしゃべりをする。
そこへ偶然愛兎が通りかかる。
俺は京助に『アイツ、俺の彼女』と自慢。
愛兎が俺に抱きつく(フリをする)。
京助、絶望。
ええ。一行目からおかしいです。俺は京助の顔すら知らないし、仲良くおしゃべりなんてしたくもない。
当然猛反対したが、俺の大好きなス○ーピーのストラップを燃やすと脅されて俺は撃沈した。
スヌー○ーが燃やされるくらいなら俺が……ってくらい○ヌーピー好きなんです。
基本的に自分から話しかけないのでいつも受け身なのだが、今回ばかりは仕方あるまい。
しかしどうすればよいか分からずウロウロしていると、二組の生徒と思われる女子に話しかけられた。
「どしたの?何か用?」
「えーと、その、司馬 京助、いる?」
「司馬に用……?ふーん……分かった。呼んで来るね」
何だ今の『司馬に用とかwwwキモオタ乙www』みたいな視線は。俺だって好きでこんな事してるわけじゃないんだぞ。
俺は後ろでこっそりこちらを見ている忌々しい愛兎を見ると、その兎は間髪入れずに中指を突き出した。
あそこまで露骨だと逆に清々しいのは気のせいだろうか。
「あの、僕に何か用?」
そこにはメガネをかけた細い少年が立っていた。ストレートに下ろした前髪は鼻のあたりまで伸びており、よりいっそう暗い雰囲気を醸し出していた。
そして明らかに不機嫌そうだった。それはそうだ。自分がストーカーしてる女の子の彼氏と思われし男が自分に用があるなんて言ったらそれはウザいに決まっている。
「えーと、用ってワケでもないんだけど……」
うう。こういう時どうすればいいんだ。助けを求めるように愛兎の方を見ると、あろう事か既に俺の側を通りかかろうとしていた。
貴様にはこの状況が仲良くおしゃべりしてるように見えるのかぁぁぁ!!
しかし俺は言われた事しかできない人間であり、下手にアドリブを加えると逆効果を及ぼすのは16年生きてきてよく知っている。
もうどうにでもなぁれ☆
「アイツ、俺の彼女」
言ってしまったぁぁぁ!!やだやだ、京助の顔が見たくない。
「何、用がないならどっか行っててくれ。不愉快だ」
そう言って教室に戻ろうとする京助。しかしその襟首を何者かが掴んだ。
「愛兎……!?」
愛兎は俯いていたが、やがて顔を上げた。その眼にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「いい加減にしなさいよアンタ……私がアンタのせいでどれだけ苦しい思いをしてきたと思ってるの……?アンタには絶対分からない。そして絶対許さない。お願いだから、もう付きまとわないで……!」
震える声で、愛兎は言った。
「何の事だかさっぱり分からないんだが。まるで僕が悪いみたいな言い方しないでくれないか。僕は何もしてないぞ。やめてくれよ」
愛兎の必至の懇願に、司馬 京助という男はしらばっくれたのだ。目の前で泣きながら頼む少女の願いを、まるで愛兎が悪いような扱いで。
「……っざけんなぁぁぁ!!」
愛兎が京助を殴ろうと腕を振り上げた。しかしそこで間一髪、俺がその細い手を掴んだ。
「何すんのよ!離せっ……離せぇ……!」
暴れる愛兎を引き寄せ、俺は耳元で呟いた。
「お前はよくやった。あとは俺に任しとけ」
おもむろに携帯を取り出すと、改めて俺は京助に向き直る。
「そういや、噂に聞いたんだが、ここの報道部って小さいネタでも中々派手にスクープしてくれるって話じゃねえか。どれ、さっき撮った、ウチの学校の生徒が女の子をストーキングしてるこの写真を報道部に渡そうかな。お前かと思ったけど違うみたいだし」
京助の顔がみるみる青ざめていくのが分かった。まだまだ、ここからが本番だ。
「ん?あれ?よく見たらこの女の子愛兎に似てねーか?ちょっと俺だけじゃ分からないな、みんなに判断してもらおうか。別にいいよな?ストーキングしてんのお前じゃないんだしさ」
俺の周りに騒ぎを聞きつけたギャラリーが集まり始めていた。さあどうする司馬 京助。
とどめに俺は京助の耳元で囁いた。
「次はないと思えよ」
悔しそうに走り去る京助。あの様子だとまだ諦めてないみたいだな。
俺は口の端を吊り上げる。
まあいいさ。奴が暴れれば暴れる程、俺の精力も増していく。
愛兎には悪いが、底しれぬ心地良さが俺の身体を支配していった。
当の愛兎は、床にうずくまって震えていた。周りにはギャラリーが少なからずいるが、愛兎の雰囲気からか誰も助けに出ようとはしていない。
俺はそれに少しイラっときたが、もし自分がギャラリーの立場だったら同じように傍観者であると思う。だが愛兎と関わってしまった以上、放っておく訳にもいかなかった。
俺は愛兎の手を掴むと、ゆっくりと立たせた。さすがに抵抗はしなかったが、やめろ触るなこの変態とでも言うような視線が身体中にぐさぐさ突き刺さった。
「保健室、行くぞ」
そこで昼休み終了のチャイムが鳴った。取り巻きの生徒らは名残惜しそうにこちらを見ていたが、やがて教室に戻っていった。
二人きりの廊下で、俺たちはゆっくりと歩き出した。
しばらく何も話さなかったが、やがて愛兎が口を開いた。
「どうして……司馬を殴らせてくれなかったのよ……アンタが悪者になる必要なんてないのに……」「今更何言ってんだよ。お前が奴に手を出したら後でどんな仕返しされるかわかんねえぞ?ま、俺もアイツは嫌いなタイプだったしな」
さすがにここから面白くなってきたとは言えない。
「何でそこまでしてくれるの……?アンタはアタシの何でもないのに」
その言葉に少しチクリときたが、俺は口調を変えずに話し続ける。
「......俺はお前を強い奴だと思ってた。でもそんな事はなかった。別に女の子だからとかそういうんじゃなくて、ただ単にお前がまだ子供だって事がよーく分かった」
コレは本当に俺なのか。女子相手にこんな言葉をスラスラ言えるような俺なんて俺じゃない。
「バッカみたい。んじゃアンタは大人だとでも?」
愛兎はいつもの口調に戻り始める。
「少なくともお前よりはな」
「アンタってホントお人好し。そんなんだからいつまでたっても彼女出来ないのよ」
「お人好しで結構。お前もツンばっかじゃなくてたまにはデレるといいと思うぞ?」
「だ……誰がツンツンしてるってのよ!」
「自覚ないのかコイツ……」
ようやくいつものテンションに戻った頃、保健室に着いた。しかし先生はおらず、授業に戻るのもアレなので、適当に時間を潰す事にした。
ベッドに座った愛兎の隣に俺も座ろうとしたら平手打ちを食らったので、近くにあった椅子を引っ張ってきてそこに座った。
なぜ平手打ちを食らったのかさっぱり理解できない。俺が何したって言うんだ。
「……ねえ。アイツ、諦めた……かな?」
「だといいな」
恐らく諦めてない。だがそれを言うのは何故か憚られた。
、
「……ねえ、蓮」
愛兎が……俺を名前で……!?
「何よその気持ち悪い顔。こっち見るな変態がうつる」
落ち着け俺。仮にも相手は女子だ。腕を上げるなんて許されないぞ。
ていうか何故かコイツの前だとネット上と同じ……何というか、素の性格になってしまう。
「それで、何だよ」
「アンタはアタシの奴隷よ。だから……今日もアタシのボディーガードしなさいっ!」
びしぃっ!と俺を指差す。顔真っ赤にするなら言わなきゃいいのに。
ホント、世話の焼ける女だ。
そして、分かった事が一つ。
俺は、愛兎を......いや、何でもない。