2.残念作戦
翌日。いつもより一時間早く起きた俺は、少し離れて寝ている愛兎を起こさないよう支度を始める。
ええ、結局愛兎の部屋に泊まりましたとも。
とは言っても向こうは俺を意識していないようだったし、俺も今日の作戦の構築で忙しかったもので、そういう、ホラ、アレな事態は起こらなかった。
昨日一度帰って家持ってきた俺の学ランを着ると、そっと外に出た。
春とはいえまだ四月なので、早朝は肌寒い。
だがこれからの完璧な作戦を実行すると思うと、寒さなど一気に吹き飛ぶ。
俺は人を精神的に追い詰めるのが大好きな人間である。特に相手が強ければ強いほど俺のテンションも鰻登りだ。
……全部ゲームの中での話ですハイ。
某携帯怪獣ゲームの対人戦では状態異常を使いこなし、自分は回避率MAX、相手を極限まで追い詰める。
そんな俺につけられたあだ名は『影の卑怯者』。
何かよく分からないがカッコいい。
そんな俺が考えた作戦。
恐らくそのストーカーは愛兎の登校をつけるはず。俺と愛兎が同時に家を出るのを奴に見せるのはまだ早い。奴にはもっと絶望を味わってもらわんとな。
俺は少し先に家を出て近くの曲がり角で待機。そして愛兎が来た時に偶然を装って鉢合わせ。
そこで俺らは盛大にいちゃつく。以下台本。
俺「おい気をつけろって……なんだ愛兎か」
愛兎「なんだとは何よ!あーもう、アンタと会わないように十分早く家を出たのにー!」
俺「ちくしょう俺も同じ考えだ」
愛兎「ウザーい!早くどっかいってよ!」
俺「そうはいかねえだろ。同じ学校なんだから」
そして言い合いしながら奴にいちゃつき具合を存分に見せつけ登校。
完璧だ。我ながら天才的な頭脳持ってる。思わず不気味な笑い声が口から漏れてしまうふふふ。
さあ、作戦開始!!!!
・・・
三十分後。
まだ愛兎が来ない。昨日の打ち合わせではこの時間に来るはずだったのだが。
それから十分。まだ来ない。もう原因は一つしか考えられない。
寝坊。
「あの野郎……!」
俺はダッシュでアパートに戻る。アパートが見える曲がり角を曲がった時、慌ててブレーキをかけた。
誰かいる。アパートの前の電柱に隠れるようにして、じっと凝視する男の姿があった。アレは……ウチの制服か?となると、奴がストーカーってことで良さそうだな。
ここで一つ問題が。
(アパート入れねえええ!!)
奴がアパートを見張ってるとなると、俺が愛兎の部屋に行くのを全部見られる事になる。
どうしようかと迷っている矢先、入り口から愛兎が出てくるのが見えた。
目の前にいるストーカーに気づいているのかいないのか、のんびりとこちらに歩いて来る。
まあいい。今から作戦開始だ。
俺はまた曲がり角に戻る。しかしいざこうなってみると恐ろしく緊張するな。落ち着け俺。ひっひっふー。
愛兎が来るのを確認すると、偶然を装って彼女と鉢合わせした。
「……」
やべえセリフ飛んだ。
「お……おう。元気だったか?」
何言ってんだ俺はぁぁぁぁぁ!!
「え?あ、うん。好きな食べ物はプリンとか甘いもの……かな」
お前もか。何か動きがロボットみたいだぞ。
「そうか。んで、どうしたんだこんな所で」
「えーと、あれ?なんだろう、忘れちゃった☆」
何でも☆つけりゃ可愛くなるとか思うんじゃねえぞ!学校行くという選択肢すらないのかお前はっ!
「んじゃ一緒に学校行くか?」
「そ……そうね」
とりあえず一緒に登校するという作戦は成功した。でも誰がどうみても付き合ってるようには見えない。愛兎なんて歩くのに手と足一緒に出てるし。
こうなれば仕方ない。強行作戦だ。
「オイ愛兎。俺と腕組め」
「はぁぁ!?何でアンタなんかと」
「どうにかして奴に俺とお前がラブラブであるとアピらなきゃならねえ。朝に盛大にいちゃつき、帰りに俺がお前の家に入る。これが片想いを続ける男にとってどれだけ精神的ダメージを与えるか分かるかねチミィ?」
うおおおっ!ワクワクしてきたああ!ストーカーが絶望に打ちひしがれるのが見える、見えるぞぉぉぉ!!
「まるで経験者のような言い草ね。まあいいわ。これでストーカーがいなくならなかったら、アンタを私の永久奴隷に認定してあげる」
そう言うと、渋々といったように細い腕を俺の腕に絡ませた。
つくづくリア充の仲間入りを実感する俺。一日前までは陰陰鬱鬱な視線で彼らを見ていたのに今度は見られる側かぁ。ふふふ悪くない。
だがミッションはまだ終わっていない。俺は後ろを確認する。十メートルほど後ろの電柱にストーカーがいるのが分かった。
しぶとい野郎だな。俺ならもう学校行かねえぞ。
そのまま特に進展もなく登校。さすがに腕は組まなかったが、後ろからついてくるストーカーに少しでも多くの絶望を与える為に並んで登校した。
教室のドアを開けた瞬間、クラスの温度が五度ほど下がった気がした。
「枝要くん……!?」
「え?あいつら付き合ってんの?」
「爆ぜろ☆」
「ざわ……ざわ……」
まだ入学したばかりだし俺は目立つ方でもないので直接は言われなかったが、ひそひそ話が至る所から聞こえた。誰だ自分でざわざわ言ってる奴は。
俺がこの状況をどう打開しようか模索している間、隣の愛兎を見ると、面倒くさそうにあくびをしていた。
ああ、俺の高校生活プランが音を立てて崩れていく。きっと『入学三日目で女をゲットしたチャラ男』というレッテルを貼られるに違いない。
そんな俺の心情を知ってか知らずか、愛兎は周囲の視線を気にする様子もなく、自分の席についた。
「ま……待てよ。俺はたまたまそこで愛兎に会っただけで……なあ、愛兎?」
もっともらしい言い訳を即興で思いつく。ていうかそれが自然じゃないのか。さすが高校生。考える所が違う。
「チッ」
えええ!?舌打ち!?あの野郎、ストーカーと関係ない所では完全に他人になるつもりか。
「とにかくなんでもないから」
俺はため息をついて席につく。朝から憂鬱な気分になっていると、唐突に声をかけられた。
「えっと、枝要 蓮くんでいいんだよね?」
振り向くと、そこにはショートカットの可愛らしい少女が立っていた。背は低くないが、出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいる、何とも愛兎とは比べ物にならないほどのスタイルの持ち主だった。
「えーと……」
「私は五十嵐 蘭(Igarashi Ran)って言うんだけど、あの、愛兎の友達なのよ」
「はぁ……」
どこか落ち着かない様子の欄であったが、突然真面目な顔になった。
「君が、愛兎を助けてくれるんだよね?」