1.私と付き合いなさいよゴミムシ
辰川(Tatsukawa)学園。別に進学校ではないが、特別バカというわけでもない、ごく普通の高校。
そこに俺は入試でギリギリに近い点数で入学した。聞くところによると、合計点はビリから二番目だったらしい。
だが入ってしまえばどうという事はない。とりあえず二年間は遊べる。
謎の高揚感に包まれ、俺は自分のクラスである1年4組に入った。
知ってる人こそ少なかったものの、一目でお調子者と分かる男が数名おり、このクラスは問題児のクラスだと確信する。
俺は他人とはあまり関わりを持たない方で、面倒事を回避するためなら全力を尽くすような男である。
本末転倒である。ええ分かってますとも。
ただネット上ではお調子者キャラを貫き通しており、知り合いも多数いる。
オタクと言われればはっきりとノーとは言えないのだが、アニメは人気の物を少し見る程度で、別に二次元に嫁なんていない。
だから三次元に恋なんざ求めないような人種でもないワケで、男の本能で、俺はこれから一年を共にするクラスメイトの女子へと自然と目を向ける。
……ふむ。割と可愛い娘が多いな。
別に付き合う気もないから適当に顔を見る程度だったのだが、とある一人の女子で目の動きを止めた。
第一印象。ちっこい。
身長175cmの俺より頭二個分くらい小さい。黒いロングヘアーで、癖っ毛なのかセットしたのか分からないが先端がくるっとしている。
色白で目が大きく、整った鼻と口。まるで少女漫画からそのまま出てきたようなとかベタな表現が使える人間がまさかいるとは思わなかった。
俺が見惚れていると、不意に彼女と目が合った。俺はそのまま動けず、数秒視線が合った後、突然彼女は中指を突っ立てた。
「!?」
俺は言葉が出なかった。今死ねってしたよ死ねって。
ネット上ならばフルボッコしている所だが、現実世界で、しかも入学初日に問題児扱いされたくない。俺はとにかく静かに遊びたいワケだ。今のは見間違いだと無理矢理言い聞かせ、自分の席に戻った。
それから三日、その少女と話す機会もなかったのだが。
ーーーーーーーーーー
「どういうことなの……」
一人残された体育館裏、俺は呟いた。
あり得ないあり得ない。だって俺死ねってされたもん。
考察1。人違い。
愛兎は恐ろしく目が悪い癖にメガネをかけておらず、ド至近距離から見ても顔が判別できないのでってそんなワケあるかバカヤロウ。
考察2。詐欺師。
愛兎はどっかの詐欺集団の一人で、俺から大量の金を巻き上げようとしている。
あり得なくもないが俺を狙う理由が分からないから保留。
考察3。ガチ。
奴はツンデレだった。
これだろ常考。
そうかそうか、こないだの死ねも照れ隠しか。俺の時代が遅れて到着したようだhahaha。
とりあえず俺は教室に戻った。
放課後で、生徒は誰もいなかった。部活見学に行ってる生徒も多いのかな。まあ俺は帰宅部のエース狙いますが何か。
帰る準備をしていると、ふと気配を感じ、振り向いた。そこには先ほど俺に謎の告白をしてきた少女が偉そうにふんぞり返って立っていた。
こういう時どうすればいいんだろう。彼女いた事がない俺には扱い方が全然分からん。
人生初じゃないかというくらい頭をフル回転させていると、愛兎の方から話を切り出してくれた。
「アンタ放課後ちょっと付き合いなさいよ」
「え?」
「今から来いっつってんのよ」
そう言うと、愛兎は俺の手を掴んで、荷物を持つ暇もないまま連れ出されてしまった。
「ちょっ……お前一体何を……」
反論する間も与えられないまま、俺はずるずると引っ張られていった。
それから数分後。俺達は商店街を歩いていた。夕飯時ということもあってか、主婦が比較的多いようだ。
雑踏の中、無言で歩く俺と愛兎。なぜか彼女はしきりに後ろを確認しているが、俺の事は見ていないようだった。
さらに歩くこと数分。愛兎はごく普通のアパートの前で立ち止まった。
「ここ、アタシの家」
「はぁ……」
「今日からアンタアタシと住みなさい」
「はぁ……え?」
待て待て。今聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ?
アタシトスミナサイ?
考える暇もなく、愛兎は俺の手を掴んでそのままアパートの二階へと上がって行く。
半ば強制的に彼女の部屋に連れ込まれ、「適当に座ってて」などと言われ、仕方なく小さなテーブルの側に座った。
愛兎の部屋は意外にもさっぱりしていた。特に生活に不必要な物は無く、小さな植木鉢が唯一のインテリアだろうか。
(とりあえず整理するぞ。俺はさっきコクられた。そんで俺は愛兎と一緒に帰った。うん。ここまでは普通だ。それから家に連れ込まれた。家というのは異性の家。しかも彼女。つまり)
「おかしくね!?何この超展開!こんなんどのマンガにもラノベにもありゃしねえぞ!付き合った初日に……うええ!?」
一人呟く俺。ヤバいテンションがおかしい。俺にも心の準備ってものがあってだな……
そこへ、愛兎がオレンジジュースを持ってやってきた。可愛らしいコップを目の前に置くと、彼女は俺の正面に座った。
「状況も説明しないで連れてきたのは謝るわ」
頬を薄く赤らめ少し俯いて愛兎は言う。かわいい。悶え死ぬ。
だが俺はあくまでも冷静に、
「状況?」
「アタシはアンタと付き合う気なんてないわ」
ガーーーン!!!
振られた。期間、約三時間。何で!?彼女の家に行くという素敵イベントもこのための伏線だったのか!?住めってどういう事だったんだ!?俺に何の恨みがあるんだ!そうか俺に絶望を味わせて不登校にさせようってか!そうは問屋がおろさn……
「でも付き合って欲しいの」
ちょっと何言ってるかわかんないです。
「アンタには付き合ってるフリをしてて欲しいのよ。実はアタシ最近ストーカーされてるのよ。犯人は知ってる。どこのクラスかは知らないけどウチの学園の生徒よ。きっとアタシが付き合ってる事を知ったら向こうも諦めてくれるハズ。だからそれまでの間でいいからお願い」
愛兎は俯いて言った。こちらからは表情が見えないが、想像はつく。
事情は分かった。でもそれで納得するバカが何処にいる。
「……何で俺なんだ?」
「たまたま目に入ったのがアンタだったから。特別ブスってワケでもないしまあいいかなと」
悪びれる様子もなくさらりと言う愛兎に俺の怒りは爆発した。
「何だよソレ!全部お前の身勝手じゃねえか!俺はお前に告白されてマジで喜んだんだぞ!それを踏みにじられてもう穴があったら入りたい!」
……ダメだもう自分でも何言ってるか分からない。
愛兎は心底がっかりしたように大きくため息をつくと、
「別に無理にとは言わないわ。悪かったわね。もう帰っていいわ。他の人に頼むから」
「その言い草だと俺が悪いみたいに聞こえるんだけど。ていうかその方法だと誰もお前に協力なんてしねえぞ?」
「怖いのよ……得体の知れない人間にストーカーされて……一体どうすればいいの……」
よくまあ得体の知れない人間を勝手に家に連れ込んでそんな事が言えるもんだ。
でも、中々面白そうな問題だな。
「要するにそのストーカーを潰せばいいワケだろ?」
俺は他人と関わりたくない人間じゃなかったのか。
「俺に考えがあってだな」
何で自分から面倒事に巻き込まれようとしてるんだ。
「計画は明日、実行する」
……そうか、俺は、
人を陥れるのが大好きなんだった。