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嗚呼 紫陽花 (全四話)  作者: TAMAKI
3/4

3.自分

 作戦会議の後、耕介の部屋へとやってきた三名さん。お邪魔な主は、先に戻っていた。

 そして、早速だったが――


「も、戻って来い。ち、千尋」


「んもう。声、小さいって! そんなんじゃ誰も見向きもしないって!」


「そ、そっか、聡」


「せっかく神戸まで行くんだよ? だったらさ、これくらいは」

 そう言いながら立ち上がった聡、いきなりデカイ声で


「戻ってこいいい! 千尋おおお!」


「うわっ!」

 これに、思わず耳を押さえている正男


「ボ、ボーカルの座、おまえさんに譲る!」


「え? アハハ」

 笑いながらも聡、主役に向かって


「でもさ、これくらいは声を出さないとダメだって!」


「わ、わかった。で、その後は?」


 聡、これには顎が外れかけ


「はああ? 子供かっ?」


「え? あ、いや……でも、本当にわからないもんで」


 この後を、眉をひそめている龍二が受け


「驚く彼女の手をひしと握って、そこから連れ去るに決まってるだろ? 『卒業』のダスティン・ホフマンになるんだ!」


「そ、そうだねって。その人、知らないけど」

 そして、さも当たり前の顔をしている耕介が


「でも、追っ手がたくさん来るしなあ」


 このご本人の言葉に、メラメラと怒りがこみ上げてきた正男


「ば、馬鹿者! それを振り切るんだろが!」


「振り切る……自信ないし」


 これに顎に手をやっている龍二が


「確かに、こんなもやし野郎では危険かもな。おまけに煙草まで吸って、体力もなさそうだし」


 これを聞いた聡


「じゃあ、どうする?」


「そうだなあ……神戸駅からタクシーを使っていき、教会で待たせておくんだ。まあ、それくらいの金くらいは出せるよな? コースケ?」


「も、もちろん。で、それに乗って神戸駅まで逃げるんだね?」

 知らず知らず本人も逃げると表現しているが、ここで彼氏ハタと


「そ、それって犯罪じゃ?」


 これには正男も聡も、そして龍二でさえも、天井を見上げてしまった。

 そしてそれらを代表する形で、現ボーカリストの口から


「なあ、コースケ。もう、諦めたら?」


「え?」


 コースケ、支援者の口から出てきたいきなりの言葉に唖然としてはいるが。


「だってな、そんな事いちいち考えてたら、なんにもできんぞ!」




「本降りになる前に失礼するし」

 そう言った正男とともに立ち上がった仲間たち。

 そして靴を履いている時、その正男が聡と龍二に目をやった後


「なあ、コースケ。キッチリ気持ちが固まったら連絡してくれ。その時は、また力になるしな」



 ベランダで紫煙を燻らしながら、小走りで雨の中を駆けていく仲間を見ている耕介。

 そしてその目に飛び込んできた、近くに咲いている何輪もの紫陽花。彼らが小雨に濡れ、一層目に映えている。

 そして思わず、こう漏らした彼だった。


「綺麗だなあ……千尋の、好きなピンクかあ」



 やがて煙草を揉み消し、再び部屋の中に戻ってきた耕介。

 すぐにベッドに体を投げだし――頭の上にある二つの枕、少し離れたテーブルの上の皺くちゃな紙切れ、さらに離れた流しに置かれたままの赤いマグカップ――そして再び戻ってきたその視線の先には、ベッド脇に無造作に置かれた、今や何の反応もしてくれないケータイ。


 やがて、ここに及んで


「やっぱり、連れ戻そう……千尋に会いたいし」




 そして六月九日の夜、運命の前日


「わざわざ見送り、有難う」


 はにかみながら礼を言ってくるそんな耕介に、まずは聡が


「ホント、子供なんだから!」


 次に正男も


「頑張れよ、な!」


 そして龍二


「千尋ちゃんによろしく!」



 やがて、バスの指定座席に座った耕介。


「さすがに神戸行きだなあ」


 車内には多くのカップルがおり、その何人もの女の方が嬌声を上げているのが聞こえてくる。


「ね、寝れるかなあ?」


 だが高速道路に入る前には、規則的な寝息とともに、すでに夢の中にいた彼氏。

 無論、そこには恋人も笑顔で手を振っている――



 翌朝、無事に神戸にたどり着いた花嫁略奪人候補。ケータイに目をやり


「ちょうど八時かあ。まずはっと、腹ごしらえだな」


 そして、近くに見えたバーガーショップの中へと消えていった。

 いずれにしろ、食欲があるのはいい事であり――神経を疑う事でもある。



 一方、こちらはキャンパス脇のカフェテラス。誰からも言い出したわけではなかったが、やはり三人が顔を合わせている。


「もう着いたころだね」


 腕時計に目をやっいる聡。そこに正男も心配げに


「ドジだからなあ、あいつって」


「まあまあ、お二人さんとも落ち着けよ」


 笑顔でそう言ってきた龍二ではあるが、正男からこのような指摘を受けてしまった。


「もしもし、先生? 煙草、逆ですが?」


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