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嗚呼 紫陽花 (全四話)  作者: TAMAKI
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1.彼女

 昼下がりの、キャンパス脇のカフェテラス。ケーキをつまんでいる男女二人。

 その女の方が、周囲に目をやって


「ここも久しぶりやわ!」


 それに顔も上げようとしない男。


「僕もそうだよ」


「はあ? 僕もって?」

 思わず声を張り上げた相手、さらに


「コースケ、また留年する気なん? 単位なんて、さっさと取り!」


「まだ六月じゃん。そこまで慌てなくっても」


 だが、とっくに社会人である女が許すわけもない。


「よう言うわ! それが二留した者の言うことか?」


「ま、そうカリカリせずに」


 まるで他人の話題をしているような耕介。


「九州のおとうさんもおかあさんも、泣いてるんだぞ!」


「そ、そうかもなあ」


「だったら……も、もう、ええわ」

 いつもながらの温度差に気づいた千尋。バッグから取り出した手鏡を相手に向け


「ほら、口の周りにクリームついてるで。はあ、もうホンマに子供なんやから」


 そんな子供に惚れて、早四年が過ぎようとしている。


「ホントだ。じゃあ、トイレ行ってくるし」


 すぐに席をたち、歩いていった耕介。

 そして、恋人の背を見やりながらポツリと吐く千尋。


「ホンマ……子供やわ」




「ここも久しぶりやわあ!」

 耕介のアパートにやってき、部屋中を見回している千尋。


「ここの家賃も九州からの仕送りやろ?」


 だが、耕介にはこたえない。


「まあね」


「はあ」


 そんな彼女に


「ねえ、コーヒー淹れて」


「はいはい。ホンマ、自分じゃ何もせえへんなあ」

 文句を垂れながら流しにやってきた千尋だったが、その目に赤いカップが飛び込んできた。


「わ、私のカップ、カビ生えてる!」


 だが


「ちゃんととっておいただけでもいいじゃん」



 カップを丹念に洗い、そこへお茶を注いだ千尋。


「あ、ギターが変わってるし!」


「ああ、これね」

 頷いた耕介が傍までいき、大事そうにその赤い物をを抱きかかえ


「中古で十五万もしたんだよ! レスポールって言ってさ、低音なんか、そりゃもうよく鳴ってくれるし……」


「ギターになったら、急に饒舌になるんや」


「え?」


 そんな首を傾げている相手に向かって、千尋が尋ねてきた。


「ねえ? バンドの方はどうなん?」


「うん、順調だよ! ファンも増えてきてるし、ね!」


 これに独り言のように


「人生が順調じゃないくせに」


「ん? 何か言った?」


 ここで彼女が、正面から相手の目を見据え


「ねえ? いつまでバンドやるつもり?」


「いつまでって言われても……」


「目をそらすな、目を! いいかあ? バンドなんて、吐いて捨てるくらいいるんよ!」


「捨てるって」


「万が一メジャーデビューしてもね、もうみんな三十になってるやん!」


 だが、耕介もこの時ばかりは


「三十でもいいじゃん! 夢が叶うならばさ!」


「ほうほう、夢ねえ。じゃあ聞くけど、この間のオーディションの結果は? 報告がないところを見ると、落ちてるとは思うけどね!」


 耕介、さすがにこの言葉には


「えっと、正男が調子悪くて……」


 正男、ボーカル担当の、これもまた留年組だ。


「人のせいにするん? 情けないやっちゃ! じゃあ、キミのギターは? 百点満点か?」


「あ、二、三ヶ所ミスタッチあったんで。まあ、八十五点かなあ」


「ほうら、やっぱり!」



 その後、千尋の作った夕食をたいらげた二人。

 なんやかんや言っても、結局はベッドの中だ。


「じゃあ、今日は久しぶりだから大サービスだ!」


「え? 何を?」


 これに彼女


「上に乗ってあげるし」


 だが、相手は不思議そうな顔で


「いつもの事、ですが?」




 そして今、甘い余韻に浸っている彼女。天井を見つめながら


「もうホンマ。子供のくせに、やる事だけはきっちりやりやがって」


 しかし、その返事は寝息だった。


「も、もう寝たって?」


 驚く彼女。だがその顔は、本日唯一見せた優しい表情である。

 それもそのはず、わざわざこうやって上京したその目的は、一応達成されたのだから。

 そう、言い換えるのならば――『踏ん切りをつけた』



「ふわあー」

 窓から入っている光で、目を覚ました耕介。大きく伸びをしながら、隣に目をやっている。


「あ、あれ? ああ、トイレね」


 そしてベッドから起き上がり、ボサボサ頭を掻きながら洗面所に向かおうとした時


「ん?」

 テーブルの上に、これ見よがしに置かれている一枚の便箋。


「何、これ?」


 そして、その眠たげな両目に飛び込んできたのは


『コースケ、おはようさん。あ、もう出かけたし』


 思わず部屋の中を見回した耕介。そしてその目が、玄関に靴がないのを確認した。


「は、早いなあ」


『でね、昨日はいろんな事を言って申し訳ないと思ってる。でも、そのために今回来たんだからさ』


「文句言いにわざわざ?」


『で、ようやく決心がついたわ。いつも会う度に言ってきたけどね……今度だけはホンマの事なんや』


「そ、それって」


『まあ月並みだけど、四年って私にとったら“長すぎた春”なんだよね』


「……長すぎた」


『実は私ね、会社の上司から勧められてお見合いしたんだ。でさ、この魅力に相手さんが惹かれてしまってね』


「……」


『昨夜、ベッドの中で決心したんだ。誰かさんはとっくに眠ってたけどね』


 彼の呼吸が止まった――


『今まで、ホンマおおきに! そして……さいなら!』


『追伸。コースケは今のままでいてね! それが、それが……私の最後のわがままなんやわ』


 いつのまにか座り込んでいた耕介、再び玄関を見やっている。そしてやはりその手は、頭を掻いたまま――


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