第4話
カイルと別れたアドリンらは翌日に船で島に戻ってきた。領主のエドモントンは今回も何もありませんでしたと言う報告がアドリンからあるだろうと思っていたらランカウイの街の中で島民以外の人間に会ったという話を聞いてびっくりする。アドリンからカイルという男と話をした内容をじっと聞いていたエドモントン。報告が終わると大きなため息を吐いた。
「それにしても1年もの間、誰とも会わず、言葉を交わさずにひたすら魔獣を倒す日々を送っていたとは」
「見た限りですが20歳そこそこでしょう」
「よくぞ気が触れることもなく生き延びたな。それも魔法のおかげか」
「恐らく。そして彼は自分がこの島に来てはいけない人間だと気づいていました」
その言葉に大きく頷く領主のエドモントン。ランカウイに住んでいた住民の殆どが今やこの島を永住の地と決めて静かに暮らしている。大陸の港町に住んでいた時の様にお金さえ出せばいつでも欲しいものが手に入っていた頃に比べれば不自由な事が多い。ただそれでも人々はこの島を開拓し畑や果樹園を作り、自分達が生活できる分の食料を安定的に手に入れている。何よりもこの島には人々を襲い、食らう魔物がいない。それが人々がこの島の生活に満足している最大の理由だった。
ここには街を囲む城壁も無い。街は畑や果樹園に繋がりその先には山や林が続いている。行きたいと思えばいつでも街の外に出ることが出来る。魔獣に慄くことが無いというのがこれほど心が落ちつくものなのかというのを島民は実感していた。
そんな中に島にゆかりのない人間、しかも魔法が使える人間が1人入ってきたらどうなるか。エドモントンはカイルという男が島に来るのを断ってくれてよかったと思っていた。
騎士達が去ったあと、ランカウイの街で数日を過ごしたカイルは街を出る前に教会に出向けて祈りを捧げる。彼が言う所の女神の啓示は毎回祈る度に心に届くわけではない。むしろ何もないことの方がずっと多い。それでも訪れた村や町に教会があれば祈りを捧げるカイル。
この街に着いた時に教会を訪れた際には、女神から啓示を受けたが今日街を出る前に祈りを捧げた時は何も無かった。何もない事の方がずっと多いのを経験から知っている彼は落ち込まない。自分がやることは決まっている。
ローブを着て杖を持っただけの身軽な格好で教会を出た彼は海岸沿いの道を南下していく。目に見える範囲で手に持っているのは杖だけだ。
スタンピードが終わった大陸はまるでスタンピードそのものが無かったかの様に静かだった。たまに魔獣に出会うがそれも日に2度か3度程度だ。街道から外れて森の中に入っていくと魔獣と会う頻度が上がるが彼らは生息地が決まっている様で街道を歩いている分にはカイルにとってそこは安全な場所だった。食事を探して森の奥に入って魔獣を倒す以外は街道をのんびりと歩いていく。
ランカウイの街を出て10日程南に歩くと街道が大きく右に曲がっている。大陸の南東の端に到着したカイルはその大陸の南東の端にある小さな村というか漁村に入っていった。大陸の東南の端の村だ。
どんな小さな村でも大抵の村には教会があり、そこには女神像が置かれている。
カイルは自分の生まれ育った街を出てから1年の間多くの教会を訪ねたが、どの場所にある教会も周囲の建物に比べると被害が軽微であることに気が付いていた。窓ガラスやドアは破壊されているが建物は残っており、女神像が倒れていたという事はない。
これも啓示に関係があるかも知れないと思っているカイル。
この小さな村にある教会も大きなダメージを受けておらず、女神像も傷ついていない。
女神像の前にしゃがみ込んで祈りを捧げるがこの村では新しい啓示を聞くことは無かった。
祈りを終えたカイルは村の中を探索する。大きな街には商店があり、そこで服や下着のスペアが手に入る。そして武器屋や防具屋では外を歩き、魔獣を倒すための様々な品物が手に入った。それらをこれも途中で見つけた魔法袋の中に放り込んでいく。魔法袋は袋の中が異空間になっていて多くの品物を収める事が出来る魔道具だ。
異空間が広がっているだけで時間の流れは外の世界と同じな為に生ものの食料を入れっぱなしにすると腐ってくるが、それ以外の防具やアイテムなら保管が出来るので長旅をするカイルにとっては必需品になっていた。
この小さな村では新しいアイテムを手に入れることはできなかったが代わりに村の裏にある果樹園で果物がなっているのを見つけると、いくつか手に取って魔法袋の中に入れた。2、3日なら腐らないので食料代わりになる。水分補給もできる。
村の教会で1泊した彼は翌朝今度は海岸線に沿って伸びている街道を西を目指して歩きはじめた。
魔獣にも会わず、穏やかな海を左手に見ながら街道を歩いていく。
この場所が1年程前には魔獣に蹂躙されていたとはとても信じられないほどに穏やかな景色が続いていた。
カイルは魔法袋から昨日の村の木になっていた果実の実を取り出すとそれを齧りながら歩いていた。もしここに彼以外の人がいてその彼あるいは彼女が街道を歩いているカイルを見たとしたら、彼の歩き方は目的地に向かって急いでいる歩き方ではなくまるで観光でもしている様に左右に顔を向けながらのんびりと歩いている様に見えるだろう。
ただ実際は果実を齧りながらも全方向にアンテナを張り、魔獣の気配が無いか探っていた。
女神の啓示を受け魔法を授かってから1年間。魔獣を倒しながらひたすらに街道を歩いてた彼はその1年の間に周囲を警戒して魔獣の有無を探る気配関知の能力が大きく伸長していた。
最南端の街を出て10日が経った。その間に日に2,3度魔獣を倒しながら街道上にある村や街に寄っては教会で祈りを捧げ続けているが新しい情報は無い。それでも腐ることなく街道を西に歩いていると今までよりも大きな街の跡が街道の先に見えてきた。日も傾いてきており今日はあの街で野営をし、翌日から街の中を探ってみようと決めると、崩れた城壁の隙間から市内に入った。
他の都市の例に漏れず、この街も殆どの家屋が倒壊しているが教会だけはそのままの形で残っていたこともあり街に入る前、外から教会が見えていた。市内に入ったカイルは教会を目指して市内の通りを歩いていたがその足が止まると前方をじっと見る。
教会の前の階段に1人の男が腰かけていた。右手に剣を持っているのが見える。
「久しぶりに人間に会った」
座っていた男が立ちあがるとそう言った。言葉と態度からは敵意は感じられない。カイルはゆっくりその男に近づきながら言った。
「こっちは1ヶ月ちょっとぶりの人間だよ」
「ほう」
近づけば年の頃は自分と同じか少し上だろう。自分は黒髪だが目の前の男は金髪だ。身長も自分よりも少し高い。190センチ近くはあるだろう。
「俺はラッセル。やっと待ち人が来た。ということでいいのかな」
その言葉で全てを理解する。
「俺はカイル。つまりあんたも女神の啓示を受けた人間だってことだ」
そう言って右手で拳を作って伸ばすとラッセルがその手に自分の拳をぶつけてきた。
「なるほど女神の啓示か。いい表現だな。俺はただ女神の言葉って思ってたよ。これからは俺も女神の啓示って言おう」
それから二人はスタンピードの時から今までの1年間の事をお互いに報告しあう。ラッセルはこの街からずっと北に上がったところにあるログナンという街の出身で街道沿いに南下しながらこの街にやってきて女神像の啓示を受けてそのままこの街でずっと誰かが来るのを待っていたらしい。年齢はラッセルが21歳とカイルより1つ年上だった。
『旅立ちはまだ先です』
これがラッセルがこの街で聞いた啓示だ。
「短い啓示だったがな、おそらく俺と同じ境遇の奴がくるのだろうとここで数ヶ月程暮らしてたんだよ」
「なるほど。俺は『安寧はまだ先です』と言われて西に向かって歩いてきた」
カイルは自分の出身地であるアベイロの街で啓示を聞き、それから南下をしていったランカウイの港町での出来事の話をする。
黙って聞いていたラッセル。
「それでさっきは1ヶ月ぶりだって言ったんだな。それにしてもその領主ってのは極めて優秀だな」
「そう言うことになる」
日はどっぷりと暮れ、教会の前の広場で廃材を集めて火を焚き、食事をしながらお互いの報告が続いた。火を焚く際にカイルが魔法で火を付けたのを見てびっくりすると同時になるほどと言って納得した表情になったラッセル。
「カイルが魔法、俺が剣術と身体能力。つまり仲間を集めろってことだな」
「その様だ。そして仲間が揃ったら皆で黒幕を倒せ。ということだろう」
「お前もそう感じてたか。俺もスタンピードの黒幕がいるに違いないと感じていた」
カイルは魔法を覚えて移動している時の夜寝る前にどうしてスタンピードが発生したのだろうと考える事が多く、その結果スタンピードそのものを仕組んだ誰かがいるんじゃないかと思う様になっていた。ただ今ラッセルの話を聞いている限り彼も同じ事を考えていた様だ。つまり女神が自分達にそう考える様にと仕向けていた可能性がある。
夕食はラッセルが昼間に狩った魔獣の肉とカイルが街道沿いに生えていた木から採ってきた果実の実だ。
「最初は魔獣の肉を食わないとダメのかよ、って思ってたけど食ってみると結構うまいよな」
火で炙った肉にかぶりついているラッセル。
「その通り。街の食堂で日持ちする調味料を見つけてそれを振り掛けてからは一層美味くなった」
そう言ってカイルが持っている調味料を焼いた肉の上にふりかけた。
「こりゃ旨い。この街でも探していこうぜ」
「そうしよう」




