第3話
3日目も異常は無かった。今回も島に戻って異常無しという報告になりそうだとアドリンが思っていた4日目の昼過ぎ、最後の地区を15名で探索していると、先行している兵士が廃屋の陰で動きを止めた。急にしゃがみ込んだ彼を見てアドリンが姿勢を低くして先頭に近づいていく。
「どうした?」
「あれです」
兵士が指差す方向、塀の向こう側から煙が立ち上っている。
誰かがあそこにいる。
アドリンは全員を集めるとメンバーを2つに分けた。
「あそこに誰かがいる。お前達4人はこれから俺と一緒に塀の向こう側に行く。残りはここで待機しろ。俺が声を出すまで動くなよ」
全員が頷いたのを見てアドリンを先頭にして5人が中腰の恰好のまま塀に近づいて移動していく。塀の近くまでたどり着いて顔を上げようとしたタイミングで塀の向こうから男の声がした。
「近づいて来るのが気配で丸分かりだよ。こっちは戦闘の意思はない」
声を聞く限りでは若い男の様だとアドリンがゆっくりと顔を上げた。塀越しに見ると、一人の男が教会跡の前で焚火して座っているのが目に入ってきた。武器を構えたままアドリン以下5名の騎士が男に近づいていく。
「ここで何をしている?」
「魔獣の肉ってのはさ、意外と美味いんだぜ、食べるか?」
若い男はアドリンの問いにそう返すと、焚火の前に差している串焼きを1つ手に取ると差し出してきた。首を振ったアドリン。
「1人で何をしてるんだ?」
再び聞くと若い男は手に串焼きを持ったまま言った。
「俺は魔獣を倒しまくって街から街を移動している。この港町には2日前の夕刻にやってきた。それよりも立っていないで座ったら?」
まだ若いが迫力がある。修羅場をくぐって来ているのかも知れないと感じるアドリン。若い男は自分よりは低いが、それでも身長は180センチはあるだろう。黒い髪に黒い瞳。王宮の魔法使いが着る様なローブにズボンといった出立ちをしている。
彼は警戒しながらも焚火に近づき、その近くにあった瓦礫の1つの上に腰を下ろした。塀の向こうにいた兵士たちも近づいてきた。それを見ていた若い男が口を開いた。
「俺の名前はカイル。1年前のスタンピードの生き残りだよ」
驚いた表情になったアドリン。周りにいる兵士も同じ表情だ。彼は自分の名前を言ってから続けた。
「あのスタンピードで生き残っていた者がいたのか」
その言葉に頷くカイルという男。
「俺はこの街の生まれじゃない。ずっとずっと北にあるアベイロという小さな街に住んでた。俺は孤児でね、教会の孤児院で育ったんだよ。スタンピードの時は他の連中、俺と同じ位の年の連中と一緒に孤児院の地下室に隠れていた」
魔獣が街を蹂躙して暴れている音は地下室にいても伝わってきた。2日目の夕刻に音が消えた。その時に自分以外の連中は地下室から外に出た。ただそれは罠というかまだ早いタイミングだった。まだ街の中に魔獣が残っていて地上に出てきた自分の仲間達を食い殺した。
「俺はたまたまその時は地下室で地上に上がる階段から一番遠い場所で仮眠をしてたんだ。仲間達が上に上がって行ったのを見て最後になった俺が上がろうと思った時に上から悲鳴が聞こえてきた。慌てて地上との扉を閉めたんだ。それから3日間俺はじっとしていたが食料が尽きた。仕方なく恐る恐る地上に出てみたら魔獣の姿は無く、あったのは仲間の身体の一部だけだったよ」
淡々を話をしているカイルという男を見ていたアドリン。目の前の男はこの若さで地獄を見てきたのだ。
「それからどうしたんだ?」
「とりあえず街の中をウロウロして水と食料を手に入れた。俺は仲間やシスターを殺した魔獣を許さない。片っ端から殺してやろうと決めて街を出たあとは海岸線に沿って南に降りてきたんだ。そこで街があると数日から数週間滞在しては周辺にいる魔獣を倒す。倒しきったと思ったらまた道を歩いて違う街を目指す。そうやってこの街にやってきた」
「その間ずっと1人だったのか」
アドリンは今や警戒心を解いてカイルの話に聞き入っている。
「そうだ。あんた達は俺がスタンピード以来初めて会った人間だよ」
「1人で魔獣を倒していたと言ったな。どうやって倒していたんだ?見たところ剣も持っていなさそうだが」
「剣だけが武器じゃない」
カイルは足元に置いていた杖を手に持って立ち上がると、人がいない壁に向かって杖を突き出した。次の瞬間杖の先から火の玉が飛び出したかと思うと壁に衝突して爆発音と共に壁が崩れた。
「魔法、カイルは魔法を使えるのか?」
目の前で魔法を見たアドリン、いや彼以外に2人のやり取りを聞いていた他の兵士達も驚いた表情になった。この世界で魔法を使える者はいるにはいるが、そのほとんどが魔法学院で魔法を学んで初めて使える様になる。魔法学院に入学するには競争率が高い試験に合格すると同時に身元のチェックが行われるのはこの大陸では誰もが知っている。
孤児院で育ったと言っている目の前の若い男が魔法を使ったので驚いたのだ。
崩れ落ちた壁を見ていたカイルがアドリンの方を向いた。
「さっき俺が3日後に地上に上がって水と食料を探したと言っただろう。誰もいなくなった家や店から食べられそうな食料や水を見つけては食べて飢えを凌いでいたんだよ」
アドリンが黙って頷いているとカイルが話を続ける。
「誰もいないと言ってもこれは盗み、食い逃げだ。俺は腹いっぱい食べたとでそれに気が付いた。いくら人がいないといっても盗みには違いない。懺悔するつもりで教会に行って女神像の前でごめんなさいと謝りながら祈ったんだ。そうしたら身体に何かが入ってきた。それが魔法だった」
それ以来カイルは魔法を使って魔獣を倒しながらずっと1人生活してきているのだと言った。
「今度はあんた達の番だ」
カイルはそう言うとアドリンを見た。
アドリンはスタンピードの時に街の住民全員が沖にある島に逃げ延び、それ以来ずっと島で生活をしている。1か月に1度騎士がこうやって街にやってきて様子を見ているのだと言った。
「あのスタンピードが発生してすぐに全員を避難させたのか。この街の領主は優秀なんだな」
「そうなる。英断だった」
カイルは自分が住んでいた北の街からここまで南下している途中でいくつかの街や村に寄ったが誰も残っていなかったと話をする。
「それでこれからどうするんだ?俺達と一緒に島に行くのなら領主に話をするが?」
「いや、いい。俺はこの街であと数日過ごしたら出ていく。移動しながら魔獣を倒しまくらないといけないのでね。それと」
「それと?」
アドリンがカイルの顔を見た。
「あんたも見ただろう?俺の魔法。魔法が使える人間なんて普通はいない。滅多に目にしないのが魔法使いだ。そんな俺が島に行ったとしたらどうなると思う?最初は歓迎されるかも知れないが魔法使いなんてそのうちに気味悪がられるのが見えている。トラブルの種になるだけだよ」
彼の言う通りだ。島に渡っても下手すりゃ昔の魔女狩りの様になる可能性だってある。それにしてもこの年でそこまで分別があるとは。
「分かった。ただこの街であんたに有ったことは領主には報告するぞ」
それは構わないと言ったカイル。
話は終わった。アドリンは立ち上がるとカイルに握手を求めた。
「気を付けてな」
「ありがとう。そっちも気を付けて」
そう言うとカイルは再び焚火の前に座り、アドリンは部下を連れて桟橋に戻って行った。
その後ろ姿を見ていたカイル。彼は最初から彼らと一緒に島に渡る気が無かった。
彼は騎士には言っていないことがあった。孤児院のあった教会で女神像の前で謝罪をした時、魔法を授かったと同時に女神の啓示を思われるものを得ていた。得ていたというか脳内に流れ込んできた言葉だ。
『光は1つではありません。南に別の光が輝いています』
その言葉を聞いていたカイルは海岸線に沿って旅をし、魔獣を倒しながら街や村を訪ねた際に教会に寄っては祈りを捧げていた。光とは自分と同じ様な能力を持って生き延びた人間の事だろうと信じて。
南に歩いてここ港町のランカウイにやってきて教会にある女神像に祈りを捧げた時、また女神像の啓示があった。
『安寧はまだ先です』
南のこのランカウイの街に光つまり自分の旅はまだ終わっていないということだ。このまま海岸線に沿って南下し、それから西に進む必要がありそうだ。
旅が終わっていないのに島に渡る訳にはいかない。この1年の間でカイルは自分はこの魔獣に蹂躙された世界でやるべきことがあるという使命感を感じる様になっていた。最初はその使命感が何なのかは分からなかったが最近自分のやるべきことはこれじゃないかという感じるものがある。そしてその使命を実行するためには歩き回るしかないという事も。




