第26話
翌朝もアイテムボックスから取り出した朝食を食べた5人。皆何も言わないがこれからは美味しい食事を摂ることが難しくなる。
「いよいよ本番だ」
食事を終えたメンバーは教会の前の広場で思い思いに身体を動かしている。
「門を出たらまっすぐにあの谷間を目指すぞ」
カイルが右手に持っている剣をその方向に突き出して言った。
「よし、出発だ」
カイルとスミスを先頭に、5人は村を出ると山の奥を目指して進みだした。山の中の道なき道を進んでいくと4体、5体と固まっている獣人や魔獣に遭遇する。それらを倒しながら山を登っていく5人。目指す場所は手前の低い山を2つ越えた先になる。
鬱蒼とした木が生えている森の中は昼間でも陽光があまり差し込んでこない。その中を左右を警戒しながら進んでいく。
「左から来るぞ!」
前を歩いているラッセルが声を出した。4体の獣人が遅いかかってきた。一列だった5人が散会して戦闘態勢になる。ローズの強化魔法が飛び、スミスが挑発スキルでタゲを一手に引き受ける。
戦闘が始まるとレミーナの矢、カイルの精霊魔法、それにラッセルの片手剣が止まることなく4体の獣人を攻撃し、短時間で全てを倒すことができた。
「今のはいい感じだったな」
最後の1体を倒して剣先についている血を払いながらラッセルが言った。
「うん、連携も問題ない。間違いなく俺たちは強くなっている。この調子で進んでいこう」
カイルの言葉に全員が頷いた。自分たちが以前よりもずっと強くなっていることをこの5人は実感している。
この日は2つ目の山を降りた場所にあった岩場の陰で野営をすることにした。背後が岩でもあり、気にすべき方向は三方向だけだ。それだけでも精神的に気持ちが楽になる。
山の中での野営でもあり、火は使えず、大きな声で話す事もできない。交代で黙々と食事をする5人。当たり前だが誰も不満を言わない。自分たちのやるべき事をしっかりとやり遂げる為にはこの程度の不自由で文句を言う者はここにはいない。
翌日、5人は再び奥に進んでいく。出会う魔獣は常時3体以上となり弓矢を撃ってくる魔獣もいる。5人は何も言わなくても各自が自分の仕事を全うしながら奥に進んで行った。
昼過ぎに山の間を流れている川を見つけると周囲を警戒しながら川に降りていく。川の左右は岩がゴロゴロしているので身を隠す場所が多い。
「ここで休憩して水を補給しようか」
ラッセルの提案で各自が水筒に水を補給し、ローズはアイテムボックスにある水筒にたっぷりと水を入れてから収納した。その後は岩場に隠れて交代で食事を摂る。
「もう直ぐだろう」
「ああ、魔獣も強くなっているし常に複数体だ。黒幕は近い」
2時間ほど休んだ彼らは再び山あいを奥に進み出した。
その日の夕刻、先頭を歩いていたラッセルが足を止めると後ろのメンバーを手招きする。腰を屈めながらスミス、レミーナ、そしてローズとカイルがラッセルがしゃがんでいる場所の背後に来た。
ラッセルが黙って右手を前方に突き出した。そこはちょっとした広場になっていて、その広場の中央、草原の上にある黒い靄が見えた。黒い靄は横に2メートル、高さは3メートル程で、地面から数十センチの空間に浮いているというか、漂っている様に見える。
「見ろ」
ラッセルが声を出した。黒い靄の中から魔獣が現れるとゆっくりとその場から離れていく。
「魔獣が生まれている」
ローズが声を出した。
「その通り、ほらっ、また生まれた」
黒い靄から魔獣が生まれるのを見ている5人。生まれる間隔は一定では無く、不定期だがそれでも彼らが見ている間に4体の魔獣が生まれ、北の山の方にゆっくりと歩いていった。
「あれが俺たちのターゲットか」
「一旦離れよう。歩いてきた途中で山の中に大きな岩があっただろう。あそこまで下がらないか。もう直ぐ日が暮れる。これからあいつと戦うのはこっちが不利な気がする」
カイルの提案で5人はそっとその場から離れると、30分ほど戻った場所にある大きな岩の陰に身を寄せた。
「あいつが黒幕で間違いないな」
腰を下ろしたところでカイルがいった。
「間違いないだろう、でもどうやって倒す?靄なら剣を振り回したり、弓矢を射ってもすり抜けるんじゃないか?」
ラッセルが言うと他のメンバーも物理じゃなくて魔法で倒すしかないんじゃないかと言う。4人が口々にそう言ってカイルに顔を向けた。
「俺も分からない。確かに見た限りだと靄だから物理攻撃は効果がない様に見える。でもな、」
「でもな?」
ラッセルがカイルの言葉を復唱する。他のメンバーも彼の次の言葉を待っている。カイルは4人の顔を見ながら言った。
「女神は俺たちを選んだ。盾のスミス、片手剣のラッセル、弓のレミーナ、回復魔法のローズ、そして精霊魔法の俺だ。このメンバーとジョブは対黒幕用だろう?だから物理が100%無効だとは思わないんだよ。もしそうなら女神は最初から剣や弓のスキルを与えていないはずだ」
「なるほど」
黒幕が靄でそこから魔獣が生まれるというか湧き出てくるのは見た。要はあの黒い靄を倒してしまえばあそこからもう魔獣が生まれる事はない。つまりこの世界でこれ以上魔獣が増えることがなくなる。
その黒幕、黒い靄を倒すために選ばれたのがここにいる5人だ。それぞれ女神から特殊な能力を与えられ、自分たちは啓示と呼んでいるが、教会の女神像を通じて自分たちが進むべき方向を教えてきた。
そこまでしてくれた女神が最後の黒幕を倒す時に不必要な能力、剣術や弓術を俺たちに与えたとは思えない。この5人が持っている女神から与えられた能力、それを使って黒幕を倒せるはずなんだ。
カイルが4人に自分の考えを伝えると全員が納得した表情になった。
「明日、あの黒い靄に近づけば何かが分かるかもしれない。ひょっとしたら女神の啓示があるかもしれない」
「龍の心臓を食べなさいと言った時みたいね」
「そう言う事だ」
5人はこの場所で夜を過ごすことにする。
ローズがアイテムボックスから出来立ての食事を取り出すと岩の上に並べていく。
「明日は決戦、今日と明日の朝はしっかり良いものを食べましょう」
「賛成だ。それにしても長かったな」
「それも明日決着が付く。明日、俺たちの苦労が報われる」
「作戦はないよね」
レミーナが聞いてきた。
「皆自分のやるべきことを分かっている。それを全うするだけだよ。真正面からぶつかろう」
交代で仮眠をとった5人。実は5人とも明日決戦ということでほとんど眠れなかった。
翌朝、山の間から日が登るとローズが用意した朝食をゆっくりと食べ終え、全員が立ち上がって円になる。
「あいつをぶっ倒して新しい世界をこの5人でみよう」
ラッセルが言って拳を前に突き出した。その拳にカイルの拳がぶつかり、それからスミス、レミーナ、最後にローズが拳をぶつけた。
「湧いてきた魔獣を倒し、それから黒幕に攻撃だ。行こうぜ」
ラッセルの声で全員が大きく頷き、いつも通りの並びで山の中にある広場に向けて進みだした。
ここまで来たら逃げ隠れする必要もない。5人は真っ直ぐに広場を目指す。広場に入る前にローズが全員に強化魔法をかけた。広場に出て黒い靄に近づいていくと、靄から魔獣が1体湧き出し、5人を見るとこちらに向かってきた。スミスが盾を突き出し、カイルの剣、レミーナの弓、そしてラッセルの魔法で魔獣を倒した。
5人は黒い靄に近づいていった。近づくと靄の形がはっきりと見える。それは宙に浮かんでいる雲の様に形が一定ではなく、ゆらゆらと蠢いて漂っていた。全員がいつでも戦闘できる体勢のまま近づいていく。あと数メートルと言ったところで5人の脳内に女神の啓示が聞こえた。
『手を繋ぎ、黒き光の中に飛び込むのです』
先頭を歩いていたラッセルが立ち止まり、その左にスミスが並んだ。スミスの左にレミーナが立った。ラッセルの右側にカイル、その右にローズが立った。黙っていても全員が手を伸ばして両隣のメンバーと手を繋ぐ。
「俺が声を出していいか?」
「ああ、ラッセルの掛け声でいいぞ」
「問題ないな」
「ラッセル、よろしくね」
「1、2の3で靄に突っ込もう」
「分かった。行くぞ!、1、2の3」
手を繋いだまま5人が靄に突っ込んでいくと、黒く浮いていた靄が5人を飲み込んだ。5人の姿がその場から消えた。




