第1話
「急いで!指示に従って順に乗ってくれ」
「大丈夫だ、全員が乗れる船がある。ただし急いでくれ!」
「貴方、どこなの?」
「こっちだ!」
港は多くの住民で溢れ返っていた。多くの人々の声が飛び交う中、領主所属の兵士達が大きな声を出して彼らを順番に桟橋に停泊している船に案内していた。
「荷物は1人1つです。そうすればより多くの人が船に乗れるんです。ご協力をお願いします」
あちこちで兵士の声が飛び交っている中、住民たちは彼らの指示に従って次々と船に乗っていった。桟橋には多数の船が停泊しており、その沖には順番待ちの船が数多く並んでいる。船の中には何十人も乗ることができる大きな船もあるが、多くの船はせいぜい10人程度が乗れる漁船だった。
「アン、こっちだ。俺の手を離すんじゃないぞ」
一人の男性が女性の手を引いて一隻の漁船に乗り込んだ。暫くすると満員になったその漁船が桟橋を離れて沖に船首を向けた。アンと言われた女性は隣に立っている男性の手をしっかりと握ったまま船側から離れていく港を見ていた。自分達が生まれ育った街を離れなければならないという感傷に浸っている暇もないほどにバタバタとした移動だ。港から視線を周囲に向ければ自分達が乗っている船と同じサイズの漁船が数隻並んで沖を目指している。と同時に入れ替わりで港の沖で待機していた漁船が次々と港の桟橋を目指して港に入っていった。
「皆、逃げられるのかしら」
「大丈夫だ。まだ4、5日の余裕はあると領主様が仰っていたからな」
「そうね、きっと大丈夫よね」
2人は手を繋ぎながら満員の船の上からつい昨日まで住んでいた自分達の街を見ていた。
彼らが目指しているのは今船が出たランカウイの港から船で2時間程の沖合にある島だ。今までも漁に出ている漁師たちが海が荒れたり、帰り遅くなったりした時に避難をしていた島でもある。入江もあり、そこそこの大きさがあるその島には今まで人は誰も住んでいなかったが今は市民全員がその島を目指していた。島の周囲は20Km以上ある。
今までにない未曾有の規模の魔獣のスタンピードが発生したという一報を聞いた時、この港町ランカウイを治めていた領主は、直ちにこの町にある全ての船を使って住民を一時的に沖合の島に避難させることを決断する。
すぐに領主名で街に住んでいる1万人以上の全住民に沖合にある島への避難命令が出された。
船は24時間休むことなく港町と島との間を数えきれない程に往復し全ての住民が島に避難出来たのは街がスタンピードに襲われる直前だった。
最後まで残っていた兵士達は市内を巡回して誰も残っていないことを確認すると港に停泊している軍の船に乗り込んで桟橋から少し離れた沖合で一旦船を停止させた。停泊した船の甲板から港、そしてその先の街の方向を見ている兵士達。
「やって来るかな」
「それは間違いないだろう。すでに他の街は魔獣の群れにやられて全滅したという話じゃないか」
「ああ、街を守っている城壁も何の役にも立たなかったという話だ。この街も安全じゃないだろう」
船の上でそんな話をしていると船の上で見張りをしていた兵士が叫んだ。
「来たぞ!ものすごい数の魔獣が市内に流れ込んできている」
そう言ってから時間をおかず、地面を覆いつくす程の数の魔獣達が市内から港の方までやってきた。魔獣達は沖合に人間が乗っている船を見つけると威嚇し、中には石を投げてくる魔獣もいるが距離が離れているので届かない。
「凄い数だ」
「ああ、町から逃げ出して正解だ。これ程の数とはな」
「城壁は跡形もなく破壊されただろう。街を捨てて正解だ」
彼らは暫く船の上から魔獣達によって破壊される街を茫然と見ていた。
未だかつて見たこともない規模、未曾有の魔獣のスタンピードが発生したという一報はまず北部にある王都に持ち込まれた。山間部の砦に布陣していた王都騎士団の兵士がものすごい数の魔獣に襲われたという連絡を受けた王国はこれを大規模スタンピードと認定し直ちに国内の全都市に通知を出した。馬に乗った伝令が王都から一斉に各都市に向かって駆けていった。
多くの都市ではスタンピードの情報を受け取った後、自分達の街の城壁ならスタンピードでも問題ないだろうと食料や水の備蓄のみで対応したが、大陸南東部にある港町ランカウイの領主であるエドモントンは市民全員を一時的に沖合にある島に避難させることを決断する。結果的にはこの決断は正しく、スタンピードで各都市が破壊され、住民や兵士達はなすすべもなく魔獣に蹂躙される中、ランカウイの住民は奇跡的に全員が無事に逃げ切れた。
この大規模なスタンピードは数ヶ月もの間続き、大陸中が蹂躙され、数えきれない程多くの人間が魔獣の群れに殺された。
島に逃げのびたランカウイの人たちは自分たちが無事であることを喜びあうと同時に島から大陸を見てこう言った。
「大陸から人間が消えた」
「もうあの大陸には戻れないんじゃないか」




