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最終話

「いらっしゃいませ! 空いているお席へどうぞ!」


カランカラン、とドアベルが鳴り響く。

活気あふれる声と、食欲を刺激する香りが充満する店内。


ここは、S級ダンジョン「奈落の森」の入り口付近にオープンした、一軒のレストラン。

その名も『ビストロ・ロザリア』。


かつては誰も近づかなかった死の森の入り口に、今では長蛇の列ができていた。


「おい、ここの『ミノタウロス・バーガー』は食ったか? あれを食べると、力が二倍になるらしいぞ」

「俺は『マンドラゴラのポタージュ』狙いだ。あれで先週受けた古傷が完治したんだよ」

「店員の兄ちゃんが怖すぎるけど、料理は絶品なんだよな……」


噂を聞きつけた冒険者や、遠方からの商人たちで、店は連日大盛況だ。

厨房に立つ私は、額の汗を拭う間もなく、次々と入るオーダーをさばいていた。


「よし、次はAランチ二つ! ギデオン、お願い!」


「ああ、任せろ」


カウンターの向こうから、野太い、しかしよく通る声が返ってくる。

そこにいるのは、漆黒のギャルソンエプロンを身につけた、私の夫であり、最強のSランク冒険者──ギデオンだ。


彼は完成した料理の皿を片手に三枚ずつ持ち、信じられないほど優雅な動きで客席を回っていた。

その鋭い眼光は健在で、客たちは彼が近づくと背筋を伸ばし、お行儀よく料理を受け取っている。


「おい、食ったらさっさと皿を下げろ。回転率が落ちる」


「は、はいっ! すんません!」


「……水だ。ほらよ」


「あ、ありがとうございます! (ひぃぃ、殺されるかと思った)」


彼の接客は「威圧感たっぷり」だけれど、不思議と客足は途絶えない。

むしろ、「あの黒き剣聖に給仕してもらえる店」として、一種の観光名所になりつつあった。


   ◇


今日のスペシャルメニューは、冒険者たちの胃袋を鷲掴みにしている『ダンジョン・スタック・バーガー』だ。


バンズは、拠点で栽培に成功した『ジュエル・ウィート』を酵母で膨らませて焼いたもの。

外はカリッと香ばしく、中は雲のようにふわふわだ。


そこに挟むパティが主役。

ダンジョンの中層で狩った『アイアン・ミノタウロス』の赤身肉と、『ブラッディ・ボア』の脂身を七対三の黄金比率で配合した超粗挽き肉だ。

つなぎは一切なし。

塩コショウとナツメグ代わりの『スパイス・ナッツ』だけで味付けし、鉄板で一気に焼き上げる。


ジュウウウウウッ!!


厨房に、肉の焼ける暴力的な音が響く。

溢れ出る肉汁が鉄板で踊り、メイラード反応を起こして焦げ茶色の焼き目を作る。


「いい焼き色……!」


私はその上に、スライスした『イエロー・スライム・チーズ』を乗せる。

熱でとろりと溶けたチーズが、肉の山を覆い尽くす。

さらに、厚切りのベーコン、新鮮なレタス、そして特製の『ハニー・マスタードソース』をたっぷりとかける。


全てをバンズで挟み込み、崩れないようにナイフを突き刺せば完成だ。

高さ二十センチにも及ぶ、肉の要塞。


「お待たせしました! スタック・バーガーです!」


ギデオンがそれを運び、屈強な戦士風の男の前に置く。


「う、うおおおお! なんだこのデカさは!」


男は大きな口を開けて、バーガーにかぶりついた。

ガブリ。


「んぐっ……!? う、うめえええええ!」


店内に絶叫が響く。


「肉汁が! 肉汁が滝のように溢れてきやがる! 噛みごたえがあるのに柔らかくて、噛むたびに力が湧いてくる!」


「こっちのポテトもうまいぞ! カリカリで、芋の甘みがすげぇ!」


客たちの幸せそうな顔を見ていると、疲れなんて吹き飛んでしまう。

かつて「魔物は不味い」という常識しかなかったこの世界に、新しい風が吹いている。

私の【直感調理】と、ギデオンの狩猟能力が合わされば、どんな食材だって極上の料理に変わるのだ。


   ◇


忙しいランチタイムのピークが過ぎ、客足が落ち着いてきた頃。

常連の商人が、食後のコーヒー(風の木の実の焙煎茶)を飲みながら、ギデオンに話しかけていた。


「そういえば、王都の方では大変らしいですぜ」


「……何がだ?」


ギデオンがグラスを拭きながら、興味なさげに返す。


「ほら、例の王太子様ですよ。なんでも、精神錯乱を起こしたとかで」


厨房で耳をそばだてていた私は、手を止めた。

あれから数ヶ月。

王太子アレクセイと聖女ミシャの噂は、風の便りに聞いていた。


「王宮の食事が喉を通らなくなって、『あの森の肉を食わせろ!』『あれ以外は餌だ!』って暴れ回ったそうで。結局、廃嫡されて離宮に幽閉されたとか」


「ほう」


「聖女様の方も、ただの詐欺師だってバレて、今は修道院送りだそうです。……因果応報ってやつですな」


商人は肩をすくめた。

あの時、私が振る舞った(見せびらかした)ドラゴンステーキ。

その味と香りを知ってしまった彼らにとって、王宮の普通の食事は、もはや味のしないゴムのようなものに感じられたのだろう。


最高の復讐は、手を下すことではない。

「二度と手に入らない至高の味」を見せつけて、一生飢えさせること。

それが、料理人である私なりの、最大の「ざまぁ」だったのだ。


「……くだらん話だ」


ギデオンは短く切り捨てたが、私と目が合うと、ニヤリと口角を上げた。

私も小さくガッツポーズを返す。

彼らはもう、私たちの幸せな生活には何の影響も及ぼさない。

過去の遺物だ。


   ◇


日が暮れて、最後の客を送り出すと、私たちは「CLOSED」の札をかけた。


「はぁ〜、今日も疲れましたね!」


私はエプロンを外し、椅子に座り込んだ。

足がパンパンだ。でも、心地よい疲労感。


「お疲れ様、ロザリア。今日の売り上げも過去最高だ」


ギデオンが私の肩をマッサージしてくれる。

ゴツゴツした指先が、凝り固まった筋肉を的確にほぐしていく。

彼は魔物の解体だけでなく、マッサージも上手だった。


「ギデオンこそ、ウェイター姿が板についてきましたね。ファンも増えてますよ? 『黒き給仕長』なんて呼ばれて」


「ふん。俺のファンなどどうでもいい。……俺が見てほしいのは、君だけだ」


彼は私の首筋に顔を寄せ、チュッと音を立ててキスをした。

結婚して数ヶ月経つのに、この甘えん坊なところは変わらない。

むしろ、毎日「愛してる」と言ってくれる約束通り、溺愛ぶりは加速している。


「こら、お店の中ですよ」


「客はもういない。……それより、腹が減った」


彼の赤い瞳が、獲物を狙うように私を見ている。

その意味が「料理」だけではないことを察して、私は顔を赤くした。


「ま、まずはご飯にしましょう! 賄い飯、作りますから!」


私は彼の腕をすり抜けて、厨房へと逃げ込んだ。


今日の賄いは、シンプルに。

ずっと食べたかった、原点の味。


「おにぎりにしましょう」


炊きたての『ジュエル・ウィート』をボウルに移す。

塩を手にまぶし、熱々のご飯を握る。

具材は、『サーモン・バイパー』の切り身を焼いてほぐしたものと、ダンジョン特産の『梅干し風ベリー』。


キュッ、キュッ。


リズミカルに三角形を形作っていく。

海苔はないけれど、『シー・ウィード(海藻魔物)』を乾燥させて炙ったもので代用する。

パリパリとした香ばしい香りが、湯気と共に立ち上る。


それに、余り野菜とオーク肉の端切れで作った『豚汁』を添えれば、完璧な定食だ。


「はい、お待たせしました」


カウンター席に並んで座り、二人だけの夕食が始まる。


「いただきます」


ギデオンは大きなおにぎりを手に取り、大きく口を開けた。

ガブリ。


「…………」


咀嚼する音が、静かな店内に響く。

彼は目を閉じ、ゆっくりと味わっている。


「どうですか?」


「……うまい」


彼は深く息を吐き、愛おしそうにおにぎりを見つめた。


「ステーキもハンバーガーも最高だが、君が握ってくれたこの飯の塊が、なぜか一番心に染みる。塩加減も、握る強さも、すべてが優しい」


「それは、愛情という隠し味が入っていますから」


「……卑怯な味付けだ」


彼は二口でおにぎりを平らげると、豚汁をすすった。

温かい汁物が、疲れた体に染み渡っていく。


「ロザリア。俺は幸せだ」


「私もですよ、ギデオン」


ダンジョンに捨てられたあの日。

まさか、こんな温かい場所で、愛する人と並んでおにぎりを食べる未来が来るなんて。

人生とは、本当に何が起こるかわからないフルコースのようなものだ。


「なあ、明日は店は休みだろう?」


「ええ。食材の仕入れに行かないといけませんから」


「仕入れの後に、ピクニックでもどうだ? 第20階層に『虹色フルーツ』の群生地を見つけたんだ」


「虹色フルーツ!? それはデザートに最高ですね! 行きましょう!」


私が目を輝かせると、ギデオンは満足そうに頷き、最後の一口を飲み込んだ。


「ああ。それと……今夜のデザートは、俺がもらってもいいか?」


「え?」


彼が私の手を握り、引き寄せた。

至近距離で見つめ合う。

彼の瞳には、揺るぎない愛と、少しの情熱が灯っていた。


「おにぎりの後は、甘い時間が欲しい」


私は真っ赤になりながらも、幸せな気持ちで彼を見つめ返した。


「……はい。ふつつか者ですが、完食してくださいね?」


「ああ、骨まで愛してやる」


カウンターの上のランプが、そっと消される。

ビストロ・ロザリアの夜は、まだまだ終わらない。


美味しい料理と、最強の旦那様。

私の「異世界グルメ・ライフ」は、これからもずっと、最高の味と共に続いていくのだった。


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