第六話 ネズミさんとトウモロコシ
とある田舎にある古民家。名のないそのお店で、三つ編みに割烹着姿の店主、森山 小春はぼうっと窓の外に降る雨を見つめていた。
「今日も雨だなぁ。雨は嫌いじゃないけど、この湿気は好きじゃないなぁ」
湿度が高いと料理も傷みやすくなってしまう。それは料理を振るうことを生業としている小春にとっては致命的だ。
「こういう日は何かこう、さっぱりしたものが食べたいよねぇ。付き人さんも来る気配がないし、お昼ごはん、仕込んじゃおうかな」
そうと決まれば行動あるのみ。小春がカウンターの奥から盆ざるに乗せてきたのは、緑に包まれた長い食材――トウモロコシだった。
「ご近所の農家さんからいただいた季節のおいしいトウモロコシ! いつ食べようかとずっとタイミングを見計らってたんだよね!」
皮付きのトウモロコシの場合、皮の緑が濃ければ濃いほど良い。ひげ根もしっかりと黒ずんでいて、持ったときにずっしりと重いのが新鮮な証拠だ。
「このトウモロコシは間違いなくおいしいよー! ちゃーんとおいしく料理するからね!」
準備する食材はトウモロコシ、トマト、オクラ、ミョウガの四つ。ほど良い大きさに切ったトウモロコシを白だしで煮て、火が通ったら湯剥きしたトマト、さっと茹でたオクラを入れて、しばらくしたら火を止める。
「熱が冷めていくときに、白だしの味が食材にしみこんでいくんだなぁ。しみこめ、しみこめー!」
お手軽なのに、食べたときに白だしがじゅわっと口の中に広がっておいしい。冷やして食べると、もっとさっぱりと食べられて、梅雨のじめじめなんて吹き飛んでしまいそうだ。
「あとはそうだなぁ。まだトウモロコシがあるし、おにぎりにでもしようかな」
炊いていたお米を取り出そうと、小春がカウンターに背を向けたときだった。
「おはようございまちゅ」
「わわっ、いらっしゃいませ!」
店の扉が開いて、来客が現れた。水色の狩衣を纏ったネズミは、国づくりの神様の付き人だ。
「雨の中、お店に来てくれたんですね。ありがとうございます。身体は濡れてませんか?」
「ずっと降ってはいますが、小降りのときに来たので大丈夫でちゅ」
「よかった。どうぞカウンターへお掛けください」
身体の小さなネズミは、よじ登るようにしてカウンターの椅子に座る。そしてすぐさま、小春に神様ごはんの相談を持ち掛けた。
「主へのお供えものにトウモロコシをいただいたのでちゅが、バターや醤油味でないものを食べたいと言われまして…。何か良い調理方法はありまちゅか?」
「トウモロコシ…! ちょうど良いのがありますよ、ネズミさん!」
小春は先ほどまで仕込んでいた鍋の中を覗き込む。しかし熱が冷めるまで、もう少し時間がかかりそうだ。
「今、味をしみこませている最中でして、もう少し時間がかかりそうなんですけど大丈夫ですか?」
「もちろんでちゅ。おいしい料理のためなら主も許してくれるでちゅ」
「ありがとうございます。そうしたら一息つけるように、お茶でもお淹れしますね」
「ありがとうございまちゅ」
ネズミの主は、それはもう有名な神様で、毎日いろんなお供え物が届くらしい。付き人であるネズミたちもご相伴に預かるが、季節の新鮮な食材が多いため、調理には気を遣うそうだ。
「ネズミさんの主さんはグルメなんですねぇ」
「主は好き嫌いがないので、それは有難いでちゅ」
そんなこんなでのんびり雑談をしていると、鍋の熱が良い感じに冷めていた。小春は鍋の具材を器に盛り、最後に小口切りにしたミョウガを乗せる。
「はい! トウモロコシと夏野菜のお浸しの完成です!」
「彩りが綺麗でちゅ!」
白だしをたっぷり吸い込んだ黄色、赤色、緑色が鮮やかな一品だ。
「どうぞご賞味くださいませ」
「いただきまちゅ! ――ふあぁ。噛むと白だしがじゅわっと溢れ出てくるでちゅ」
「どうでしょう? 主さんも気に入っていただけそうですか?」
「とってもおいしいでちゅ! 主も好きな味だと思いまちゅ!」
「よかった!」
いつものようにレシピを書き留める。レシピを受け取ったネズミは、おいしそうにお浸しを完食した。
「小春さん、いつもありがとうでちゅ」
「こちらこそありがとうございます」
古い銀貨を一枚。ネズミから預かった小春は、深くお辞儀をした。
ネズミが店を出ていく。小降りだった雨は小休止となったようで、ネズミは濡れずに帰れたことだろう。梅雨の雨も、今日はご褒美をくれたようだ。
『神様ごはん相談所』。梅雨の雨にも負けず、今日も営業中でございます。




