外伝 小春さんと未来の子
とある田舎にある古民家を改装した古い小さなお店。暖簾がかかっていないにも関わらず、店内からは賑やかな声が聞こえてきた。
「はーい、左手はネコさんの手だよー」
「こう?」
「うん、上手だね!」
カウンター席の向こうにある台所で、幼い女の子が母親に手伝ってもらいながら包丁を握る。まな板の上には、ニンジンとタマネギ。二人で一緒に小さめの角切りを作る。
次にフライパンに油をひいて、切った野菜と鶏肉を炒める。火が通ったら塩コショウ、ケチャップ、バターを入れて全体が馴染むように混ぜ合わせた。
「フライパン、おもーい!」
「ほらほらよそ見しないの。火を使うときはしっかり見てて」
きゃっきゃっと声を上げて笑う娘を、母親は愛しそうな目で見つめながら優しくたしなめる。あとは温かいごはんを加えて炒めれば、チキンライスの完成だ。
「はい、次は卵を割るよー。上手に割れるかなー?」
「ママ! みててね!」
女の子は卵を持ってボウルの縁をノック、器用に卵を割り入れる。丸い黄身が二つ分落ちたら、母親が塩を加えて、手早く溶いた。
「上手に割れたね! すごーい!」
「ママのまねだよ! コンコンってして、パカッってするの!」
ここからは母親の担当だ。フライパンに卵液を広げ、中心部を手早くかき混ぜる。半熟になったところでチキンライスを上に乗せ、手前から卵をそっと巻いた。
「わあ! くるんってなった!」
フライパンから料理を皿へと移し、女の子がケチャップでハートを描く。少し形が曲がってしまったが、それがまた味があって良いのだ。
「はーい、オムライスの出来上がりー!」
「できあがりー!」
親子二人で笑いながらカウンター席に座る。『いただきます』と手を合わせて、女の子からオムライスを一口頬張った。
「おいしい!」
屈託のない満面の笑みが広がる。その笑みは宝物のようにキラキラ輝いていた。
「上手に作れたね! 初めてのオムライス、大成功!」
「やったねー!」
ぱちんと二人でハイタッチ。料理で少し荒れた手と、ふっくらとした小さな手が重なった。
「大きくなったら、ここでママのおてつだいするの!」
「一緒にお料理を作ってくれるの?」
「そう! いらっしゃいませってね、とびきりの笑顔でおむかえするの!」
母親は嬉しくなって、娘の頭をそっと撫でる。少し汗ばんだ髪が揺れて、子ども特有のミルクのような香りがした。
「ママも二人で一緒にお料理するの、楽しみにしてるね」
「うん!」
親子が顔を合わせて笑い合い、またオムライスを一口頬張った。娘の笑顔を見ながら、母親はふと思う。
この子がもう少し大きくなったら、ひいおじいちゃんの話をしてあげよう。優しいけれど料理には厳しい、自分の師匠だった存在だ。
そして自分がこのお店を継いだときの話をしよう。まだ右も左も分からなくて、いろんな付き人に支えてもらったこと。神様の話を聞いたときのこと。試練を受けたときのこと。
「あなたが大きくなったらね、ママ、話したいことがたくさんあるんだ」
「なになにー? いまききたーい!」
「ふふっ。今はまだ内緒だよ」
神様になってライバルができたこと。悔しい思いや嬉しい思いをした日のこと。なるべく鮮明に、たくさんたくさん、話をしよう。
食後、娘はふいに窓の外の景色を眺めた。爽やかな風が吹き抜け、髪が小さく踊る。
「ねぇママ。このおみせ、ずっとある?」
「うん。ずっとあるよ」
「じゃあね、わたしもずっとおりょうりするの。おばあちゃんになってもね」
その言葉は、あまりにまっすぐで、母親の胸を締めつけた。自分が積み上げたものを、受け継いでくれる未来が、すでにこの小さな手の中にある。そんな気がしたのだ。
きっとこの子はこの店を好きになる。かつて子どもだった自分がそうだったように、料理の世界に魅せられてしまう。そんな気がする。
「あのね、ママのごはん、いちばんおいしいよ!」
「ありがとう! ママ、とっても嬉しい!」
「わたしもママみたいになれるかなあ?」
「もちろん。あなたにはひいおじいちゃんから受け継いだ才能があるよ」
「へへっ。やったあ」
いつかこの子が、誰かの背中を押す料理を作る日が来る。そのときこの場所はまた、小さな神様を一人育てているのだろう。
『神様ごはん相談所』。母は今日も、小さな未来に祈りを込めて腕を振るう。




