外伝 小春さんと晴人くん
まるでお客さんが入りそうにないほどひっそりと佇む古民家のお店。店主の森山 小春は、今日も静かにお店を開けていた。
今朝はまだ、お客さんが一人も来ていない。小春はのんびり出汁を取ったり、ごはんを炊いたりしながら、穏やかな朝の時間を過ごしていた。
そんなとき、店の扉が開く音が聞こえた。
「いらっしゃいま――せ、」
振り返って挨拶をした小春の表情が固まった。
「……ちはっす」
そこには想像もできなかった来客――結城 晴人が立っていたからだ。
「な、なんで…」
「骨董品屋のじいさんから話を聞いて」
「え、いや、そうじゃなくて…えっと」
『普通の人は来られないはずなのに』。小春はその言葉を飲み込んだ。一体どうやって晴人はこの店に辿り着いたのだろうか。
(あ! そういえば……)
小春が思い出すのは、先日訪れた縁結びの神様とのやり取りだ。晴人との出会いを知った神様は、嬉しそうに微笑んでいた。そして一言。『さらなる縁が必要ね』とも言っていた。
(これはもしかして……縁結びの神様のしわざ!?)
目に見えて動揺する小春を見て、晴人は首を傾げる。
「俺、邪魔してる? 帰ろうか?」
「あ、ううん! そうじゃなくて! えっと、どうぞお入りください」
とりあえず晴人をカウンター席に座らせる。小春は乱れる心を落ち着かせようと、胸に手を当てて深呼吸をした。
(落ち着け、私…! いつものお客さまだと思えば大丈夫…!)
「昼飯が食べられたらって思ったんだけど、いける?」
「あ、うん。何かリクエストはあるかな?」
晴人は考えるように、視線を斜め上へと向けた。
「なんかこう、ガツンと腹にたまるもの?」
「ボリュームがあるものってことかな? えっと、それじゃあ、ちょっと待っててね」
小春はいそいそとカウンター奥へ向かい、冷蔵庫から合いびき肉を取り出した。いくつかの野菜を盆ざるに乗せ、カウンターに戻る。ボウルに合いびき肉と塩コショウ、溶き卵、パン粉、牛乳、ナツメグを入れてこねた。
「粘りが出るまでこねてっと」
合いびき肉を円形に成形し、フライパンで焼く。お肉を焼いている間に、スティック状にしたじゃがいもを電子レンジにかけ、揚げ油で外がカリっとなるまで揚げて塩をまぶした。
「……あ、フライドポテトだ」
お肉の両面に焼き色がついたらスライスチェダーチーズをのせて蒸し焼きにする。中まで火が通ってチーズが溶けたら、パテの完成だ。
オーブントースターで表面をさっくりと焼いたバンズにマスタードを塗り、野菜と一緒にパテを挟んだ。
「お待たせ。チーズハンバーガーだよ。どうぞご賞味ください」
「うわ、うまそ」
器にハンバーガーとフライドポテトを盛り付け、カウンターに置く。料理を見た晴人の目は、子どものように輝いていた。
「いただきます」
手を合わせてから、大きな口を開けてハンバーガーにかぶりつく。その豪快な食べっぷりは気持ちが良い。
「肉汁すげぇ。うまいな、これ」
小さな一言だったけれど、しっかりと小春の耳に届いた『おいしい』。どんどん食べ進めていく晴人を、小春は笑みを浮かべながら見守った。
「料理、上手っすね」
箸休めにフライドポテトを頬張りながら、晴人が言う。
「ありがとう。小さい頃からね、おじいちゃんに教えてもらってたの」
「じゃあこの店もじいさんから?」
「そう。おじいちゃんは、おじいちゃんのお母さんから引き継いだんだって」
「へぇ、歴史があるんだ」
決して会話が盛り上がっているわけではない。それでもぽつりと交わす言葉の一つ一つが、二人の空気を温かくしていくようだった。
「――うまかった。ごちそうさま」
あっという間にボリュームのあるハンバーガーを平らげ、晴人が手を合わせる。気持ちよく料理を食べてくれたその姿に感心しながら、小春はお皿を下げた。
「お店は今日、お休み?」
「うん。じいさんが店番やってる」
「そっか。わざわざ来てくれたんだね」
「あんたの料理、ちゃんと食べてみたかったから」
晴人の真っ直ぐな視線とぶつかる。飾り気のないその言葉に、小春の胸は高鳴った。
「また来てもいいか?」
「あ、うん。いつでもどうぞ」
『また』がある。ご縁のきっかけは神様だったとしても、今はこうして二人で次の縁を繋ごうとしていた。
晴人が扉を開けて出ていく音がして、店内に静けさが戻った。いつもの静けさのはずなのに、どこか違う。彼が座っていた場所に、温かい温度がまだ残っている。
ふと、まだ見ぬ未来の食卓が脳裏に浮かんだ。同じ席で、笑い合いながら料理を頬張る光景。
そんな未来が来てもいいのかな。そんな希望が心のどこかで育ちはじめても、許されるのかな。小春は胸の前でそっと手を重ねた。
神様のいたずらに、少しだけ感謝したくなっていた。
この一皿が、そっと二人の距離を縮めた。そのことを、小春はまだ知らない。




