外伝 国づくりの神様と久一さん
それは、料理の神が代替わりをしたと聞いてから、しばらく経った頃だった。
「ふぁーあ。何かおもしろいことでもないかねぇ」
国づくりの神様は、神界で暇を持て余していた。正確には、寝殿を掃除したいという付き人のネズミに追い出されたのだ。
「勝利の神のところで勝負事でもするか、はたまた酒の神と一杯やるか…」
ぐぅぅううう。そう考えたところで、お腹が鳴った。そういえば今朝はとても眠くて、朝餉を食べなかったのだった。
「腹が減ったなあ。食物の神のところでも行くかぁ」
くるりと方向を変えて、食物の神の社殿を目指そうとした。そのとき、見慣れない姿を見つけた。
「ん? ありゃあ…噂の料理の神か?」
見慣れない線の細い青年が、渡り廊下を歩いている。背筋をピンと伸ばし、颯爽と歩くその姿は、神というより好青年の印象を与える。
「こりゃいい。ちと何か作ってもらうかな」
ドタドタと足音を響かせながら、国づくりの神は料理の神を追いかける。
「おーい、料理の神」
そして後ろから声をかければ、丸眼鏡を越しの視線とぶつかった。
「貴方は…?」
料理の神が訝し気にこちらを見る。国づくりの神はにやっと笑って、こう言った。
「俺は国づくりの神だ。ちょっと付き合え、料理の神」
有無を言わさず連れてきたのは、神界の厨房。状況が呑み込めていない料理の神に、国づくりの神は仁王立ちしながら言った。
「俺は腹が減っていてな。ちょっと何か作ってくれないか?」
「はい? いきなりなんですか」
料理の神は、多くの人の子がそうであるように、若さゆえの鋭さを持っていた。
「なあ、頼むよ。お前の料理を食わせてくれよ」
「……何か食べたいものでもあるんですか?」
急な願いでも断らないあたり、料理の神の人の良さが感じられる。国づくりの神はにんまりと笑って、声高らかに言った。
「特にない! お前が食べさせたいと思うものを食べさせてくれ!」
「はあ?」
露骨に迷惑そうな顔をする料理の神だったが、国づくりの神を見つめながらしばらく考え込んだあと、服の袖を捲りながら手を洗い始めた。どうやら作るものを思いついたらしい。
米を洗って水切りし、鶏肉を小さな角切りにする。
「おお。やっぱり料理の神だけあって手際がいいなぁ」
「……どうも」
鍋に水、軽く下茹でをした鶏肉、長ネギの青い部分、ショウガの薄切りを入れて煮立たせる。このとき、不要なアクは取り除くようにする。
「そういえばお前、神界で何してたんだ?」
「食物の神のところに行ってたんです」
「へえ。お前ら、仲が良いのか」
鍋に米を加え、混ぜながら煮立たせる。煮立ったら弱火でしばらく煮る。
「おお、なんかうまそうな匂いがしてきたな」
「……少し黙っていられないんですか、貴方は…」
ショウガ、長ネギを取り除き、クコの実を加える。米が好みの固さになれば、塩を加えて味を調える。
器に盛り、ショウガの千切り、ネギの小口切り、ザーサイ、白ごまを盛れば完成だ。
「はい。どうぞご賞味ください」
「鶏出汁の良い匂いがするなぁ。これはなんだ?」
「中華粥です。貴方、寝不足っぽい顔してますよ。これで身体が温まれば少しは眠れるでしょう」
「――お前、良い奴だなぁ」
「なっ!?」
国づくりの神からの誉め言葉に、無愛想だった料理の神の顔が一気に赤くなる。
「た、食べていてください! 俺は片付けをしてきます!」
背を向けて後片付けを始める料理の神の背中を見ながら、国づくりの神は微笑む。料理の神のような子がいるからこそ、神様たちは人の子を見守ることを止められないのだ。
熱々の中華粥をそっと口に運ぶ。ショウガの味が先に来たかと思えば、あとから優しい鶏の味がじんわりと口の中に広がった。
「ああ……心まで満たされるなぁ」
食べ進めていくと、身体がポカポカしてくる。その柔らかな温度が料理の神の優しさのようで、国づくりの神はその温もりを噛みしめるようにそっと目を閉じた。
――人の子は腹が空けば寄り合う。火のそばに集まり、同じ椀を手に持つ。それは原始から変わらぬ「国の始まり」だ。
国づくりの神は、そういう瞬間を幾度となく見てきた。だが、この若き料理の神は、ただ食べさせるだけではない。『心まで食べさせる』手つきをしている気がした。
「なぁ、料理の神。人の子は名前があるんだろう? なんて言うんだ?」
「……森山 久一。去年、あの店を継いだ」
「そうか、久一か! 俺はこれからもお前の料理が食いたいぞ!」
「食べたければ言ってください。いつでも作りますから」
これは、料理の神が代替わりをした頃。国づくりと久一が、初めて出会ったときの話だ。




