第五話 リュウさんとキラキラ
じわじわと暑さが増してくる頃。とある田舎にある古民家を改装した小さなお店から、三つ編みに割烹着という姿の女性――森山 小春が顔を出した。
その手には青い暖簾。背伸びをして、それを掛ける。店先に、青い暖簾がはためいた。
「ふぅ。もう少し身長があればなあ」
小春は小さくため息をついて、そっと後ろを振り返った。紫陽花の蕾が咲き始め、季節の変化を感じられる。
「紫陽花が咲く頃には、もう梅雨になってるのかなあ」
そのとき、ふわっと風に乗って、花のような香りがした。視線を映せば、そこには黄金色の狩衣をまとったリュウがいた。長い身体で器用にバランスを取りながら、こちらへ寄って来る。
「リュウさん! ご無沙汰してます!」
「……ああ、小春。久しいですね」
「あれ…? なんだか元気ないですか? お悩みごとですか?」
「ええ。主から難しいお題をいただいてしまって…」
二人で店に移動しながら話を聞く。なんでもリュウの主から、とあるものが食べたいと依頼されたが、リュウが考えて出す料理では、どれもしっくりこなかったらしい。
「その食べたいものとは一体…?」
「キラキラしたものを召し上がりたい、と」
「キ、キラキラしたもの…ですか?」
リュウの仕える神様は水の神様だそうだ。陽光を反射する水面を見て、食べたくなったりでもしたのだろうか。
「氷を浮かべた素麺、シュワシュワのサイダーゼリー、純氷を削ったカキ氷…どれもおいしいけれどキラキラではないとおっしゃるのです」
「私も見た目が涼しげなものがいいと思うんですが…うーん、難しいですね」
小春は考えを巡らせる。キラキラといえば一番に思いつくのは金箔だ。しかし金箔を使っただけの料理であれば、きっとリュウは納得しないだろう。
「やはり小春でも悩みますか。琥珀糖も思いついたのですが、少しキラキラが足りないような気がして…」
「――琥珀糖! いいアイディアを思いつきましたよ、リュウさん! ちょっと時間がかかるんですが、お時間は大丈夫ですか?」
「ええ、もちろん。お願いします」
小春はカウンターの奥へと入る。持ち出してきたのはいつもの盆ざるではなく、何かが入っている袋だった。それも複数である。
「ちょうど近所の和菓子屋さんから白餡をいただいたところなんです。今日はこれを使いましょう!」
「粉寒天と白餡、ですか」
リュウにはまだ、どんな一品になるかピンと来ていないらしい。小春はにこにこしながら、調理を開始した。
「あの和菓子屋さんの白餡、絶妙な甘さでいくらでも食べられちゃうんですよねぇ」
まずは粉寒天に水と甘味料を加え、寒天液を作る。まだ温かい内に寒天液を三等分して、青と赤の食紅で二つ色付けする。
「青と赤と透明でキラキラなのができますよー。そしてさらにキラキラを上乗せ!」
「……金箔はたしかにキラキラですが、それだけでは…」
色付けした寒天液をバットにそれぞれ薄く広げて、その上に食用の金箔をまぶす。リュウはまだ、キラキラの要素が一つしかない調理に疑惑の目を向けていた。
寒天液を冷やしている間に、白餡で団子を作っていく。
「リュウさんも一緒に丸めてみますか? 手のひらでころころするだけですよ?」
「やめておきます。せっかくの綺麗な白餡に鱗のあとがついてしまいます」
丸めた白餡は避けておいて、再び寒天液に戻る。しっかり固まって寒天になっていたらバットから取り出し、小さなサイコロ状になるように切っていく。青、赤、透明の金箔入り寒天が、細かく切られ、キラキラと輝き始める。
「ラップを手のひらに敷いて、白餡を寒天で包み込めば――じゃーん! 紫陽花の錦玉羹の完成です!」
「まあ! なんと愛らしい!」
錦玉羹をお皿に乗せて、小春は黒文字を添えてリュウに差し出した。
「リュウさんの琥珀糖と店先の紫陽花からアイディアを得て作ってみました。色付けした寒天と金箔がキラキラな和菓子となってます。どうぞご賞味くださいませ」
「これはたしかにキラキラですね。雨粒に光る紫陽花のようだ。――いただきます」
リュウは一口頬張る。白餡のねっとりした食感と、寒天のしっかりした食感が合わさって楽しい。甘いもの同士の組み合わせだが、白餡も寒天も甘さが控えめで、口当たりの良い甘さが広がった。
「ああ…これは良い…。小春、見事です」
「気に入っていただけたようで何よりです!」
『レシピを書いてきますね』と、再びカウンターの奥へと入る。その間にもリュウは、甘味と季節を味わうようにゆっくりと食べていた。
「はい、リュウさん。こちらレシピです」
「ありがとうございます、小春。こちら、今日のお代です」
渡されたのは古い銀貨が二枚。いつもより一枚多い。
「リュウさん。これ、一枚多いですよ?」
「取っておいてください。主の難題を解決してくれたお礼です」
「それがここの役目なのに…。でも、ありがとうございます! 次いらっしゃったとき、何かサービスさせてくださいね」
「ええ、楽しみにしています」
リュウは来たときとは打って変わって、上機嫌な様子で帰っていった。
「紫陽花の錦玉羹、気に入ってもらえてよかったなあ。いくつか余ってるから、帰りにおじいちゃんのところに持って行こう」
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