第四十七話 骨董品屋さんと出会いの漬物
風の冷たさの中に、かすかに春の匂いが混じりはじめる頃。朝の台所で、森山 小春は何やら調理をしていた。
芥子菜をほど良い大きさに切り、湯を沸かした鍋でさっと茹でる。保存袋に砂糖、塩、酢、醤油、塩昆布と、しっかり水気を切った芥子菜を入れて揉み込む。保存袋の空気を抜いて、冷蔵庫でしばらく休めれば、芥子菜の簡単漬けの出来上がりだ。
「骨董品屋のおじいちゃん、喜んでくれるかな」
今日は、銀貨の交換に、骨董品屋へ向かう予定だ。ささやかな手土産にと、小春は旬の野菜で漬物を漬けていた。
割烹着を脱いで、代わりにコートとマフラーを身に着ける。まだまだ風は冷たく、油断はできない。そうして銀貨と漬物を持って、小春は店を出た。
道にはうっすら雪が積もっている。今年は積雪こそ少ないが、空気の冷たさは骨の奥まで染みてくる。
しゃりしゃりと音を立てながら、小春は歩みを進めた。
両脇に広がる田畑を見つめながら、古めかしい一軒家を目指す。鼻の頭が赤くなってきた頃、ようやく到着した。
「おはようございまーす、森山でーす」
ガタガタっと人が動く気配がして、誰かが店先に顔を出した。見慣れない若い男性。小春は思わず、きょとんとする。
「……えっと?」
「……いらっしゃいませ」
「あ、はい。こんにちは。……あの、銀貨の両替に来ました」
「ああ…、あんたが例の森山さんか」
例の森山さん? いや、それよりこの青年は誰だろうか? 頭の中は疑問だらけだったが、小春はいつものように銀貨の入った袋を差し出した。
「――おや、小春ちゃんかい」
店の奥から店主が現れた。見慣れたその姿に、小春はほっと息をついた。
「お邪魔してます」
「いやいや。いきなり知らないのが現れてびっくりしたろう?」
『知らないの』とは、目の前の青年のことだろう。肯定はせず、小春は曖昧に笑ってみせた。
「彼は、結城 晴人。なんと、この骨董品屋を継いでくれるんだよ」
「どうも」
銀貨を数えていた晴人はちらりと視線を上げ、小さく挨拶をした。少し吊り上がった目尻が印象的だ。
「いやあ、インターネットっていうのはすごいねえ。後継ぎを心配してくれた倅が、こう携帯でポチポチっとしてくれてさ。全国から、うちを継いでくれる人を募集してくれたんだよ」
それで実際に来てくれたのが晴人らしい。骨董品屋後継ぎが見つかったのは嬉しいが、突然の同年代男性との出会いに、小春は戸惑ってしまっていた。
「……あ、そうだ。これ、良かったどうぞ」
小春が鞄から漬物を取り出す。それを受け取った店主は、嬉しそうに目尻を細めた。
「ああ、芥子菜の漬物だ。嬉しいねえ。小春ちゃんの料理はおいしいから」
「へえ、漬物ですか」
「晴人くんも興味ある? あとでお昼に一緒に食べよう。ごはんによく合うよ」
晴人が小さな鑑定用ルーペで銀貨を一枚一枚観察していく。その目が真剣で、小春は思わずドキッとした。
「おじいさん。全部大丈夫だと思うんですけど、一応見てもらえますか?」
「もちろん」
店主も銀貨を確認する。そして彼の承認を得て、晴人は現代の通貨を小春に渡した。
「晴人くんは良い目を持っていてねえ。こんな子が来てくれて本当に良かったよ」
「そうなんですね」
なんとなく晴人の方を見れば、ばっちりと目が合う。小春は思わず目を逸らしてしまった。
「これから店に立つ機会も増えるから、小春ちゃん、仲良くしてやってよ」
「は、はい。よろしくお願いします…」
「……お願いします」
思えば、調理学校を卒業してから同年代の人と出会った記憶がない。
――『ふふっ。良いご縁を作ったわよ』。
遠くで縁結びの神様の声が聞こえた気がして、小春はその声を掻き消すように頭を横に振った。
骨董品屋の後継ぎが見つかったということは、これからも銀貨の交換に困ることはないということだ。それはお店にとって良いことだと自分に言い聞かせ、小春は晴人に向かって笑みを作った。
「改めて、森山 小春と言います。たびたび銀貨の交換でお世話になってます。これからよろしくお願いしますね」
「……よろしく」
晴人の態度は、まったく小春を意識していないように見える。ドギマギしているのは自分だけかと思うと少し悔しい気もする。とにかく小春は、縁結びの神様とのやり取りをなるべく思い出さないよう心掛けたのだった。
『神様ごはん相談所』。どんなご縁になるかは分かりませんが、今日は新しい出会いがありました。




