第四十五話 食物の神様と新年勝負
また新しい一年が始まった。森山 小春は昨日のうちに祖父と一緒に作った大量のお節料理を持って、近所の神社を訪れていた。
今日は、神界で新年会が開かれる日だ。去年はお節料理を作るだけだったが、今年は違う。料理の神様として、神様たちの宴に参加するのだ。
「――よし!」
小春は気合を入れて境内へと乗り込む。そして社殿の前で、付き人から教わった古い祝詞を唱えた。
(うまく神界に行けますように…!)
足元から青白い霧が現れ、やがて五芒星のような光輪を描く。神界への道が通じた証だ。ほっと息をついたのも束の間、強い風が吹き上げて、白砂が一瞬、星のように舞い上がる。まぶしさの向こうで、世界が入れ替わった。
――空気が変わった匂いがした。ほのかに甘い花の香りがする。
そっと目を開けると、足元には白砂の道が続いていた。初めて一人で神界に来れた。ようやく小春は少し、自分が神様になった実感を得た。
「小春さん、お待ちしてましたあ」
小春を出迎えたのはシカだ。
「続々と神様たちも集まっていらっしゃいますよお。小春さんも行きましょう」
「は、はい!」
シカがいくつか小春の荷物を受け取りながら、道案内をする。白砂の道の先から、賑やかな笑い声が風に乗って届いた。
池の庭を超えて、先へと進む。池の真ん中では、金色の鯉が跳ねた。小さな音が響いて、水の輪が幾重にも広がり、庭全体が呼吸するように揺れた。
そうして見えてきたのは、開けた舞台の間だ。そこに色鮮やかな衣装を纏った神様たちが集まり、既にお酒を酌み交わしているようだ。
「おおい、料理の神! ちょうどいいところに来たな!」
声を上げたのは国づくりの神様だ。陽の光を混ぜた麦の色の髪をはためかせ、小春に向けて大きく手を振った。
舞台の間にいる付き人たちに荷物を預けて、小春は国づくりの神様のもとへと歩み寄る。彼の隣には、食物の神様がいた。
「ちょうど食物の神に蕎麦を打ってもらおうと思ってな。ただ大勢の分を作るのは大変だろうから、料理の神も手伝ってやってくれ」
「――なっ、ちょっと国づくりの神! 蕎麦打ちはあたし一人で十分よ!」
「えええ? 去年、一人で大変だって言っていたのはお前だろう?」
ライバルである小春には手伝ってもらいたくないのか、食物の神が噛みついた。
「あとで文句を言われても困るからな。料理の神、よろしく頼むよ」
「あ! 待ちなさいよ!」
小春に食物の神様を押し付けて、国づくりの神様は他の神様のところへと行ってしまった。二人の間に気まずい沈黙が落ちる。それを破ったのは、食物の神だった。
「ふんっ、まあいいわ。こうなったら、勝負といきましょう」
「しょ、勝負ですか?」
「あたしとあなた、どちらが上手に蕎麦を打てるか勝負よ!」
「……の、望むところです!」
びしっと人差し指を指されて、小春は応戦した。本当は料理勝負だなんて気が引ける。けれど神在月での悔しさを思い出し、彼女は自分を奮い立たせたのだった。
二つのこね鉢を前に、食物の神と並び立つ。気合の入った二人に何かおもしろいことが始まったと思ったのか、周囲には神々たちが集まり始めていた。
「始めるわよ!」
「はい!」
こね鉢に振るった蕎麦粉と小麦粉を入れ、よくかき混ぜる。少しずつ水を加えながら生地をまとめ、手早く練る。
「ここの練りが大事なんだからね! そばのコシが変わってくるんだから!」
「はい!」
じんわりと額に汗を滲ませながら、身体全体を使って生地を練っていく。耳たぶより少し固いくらいになったら、生地を中に練り込んでいき、中の空気出しをしながら円錐形に整える。
今度は生地を上から両手で押して、平らにしていった。
「……なかなか手際がいいじゃないの」
「毎年おじいちゃんと年越し蕎麦を作っているので」
こね鉢からのし板に生地を移して、さらに平らにしていく。めん棒を使って薄く伸ばしていきながら、四隅を作って折りたたむ。
「ちゃんと生地は均一になるようにしなさいよ。でないと喉ごしが悪くなるわ」
「はい!」
傍から見れば、師匠と弟子のように見えるかもしれない。ライバル視していながらも、なんだかんだ面倒見の良い食物の神に、小春は自然と口元に笑みを浮かべていた。
「な、なにへらへらしてるのよっ」
「いえ。食物の神様とこうして料理するのも楽しいなって」
「はぁ!?」
最後に二人で麺を切れば、完成だ。蕎麦打ちを終えた二人に、他の神様たちから拍手が送られた。
蕎麦を茹でるのは付き人たちに任せる。手を洗っている小春に、食物の神様から手拭いが差し出された。
「……あなたの蕎麦、上手にできているといいわね」
「はい、ありがとうございます」
食物の神様の視線は逸らされたままだ。それでも彼女の優しさは、十分小春に伝わっていた。
そしていざ実食のとき。二人の打った蕎麦は別々の器に盛られて出てきた。他の神様には、どちらが打ったものか分からないようにされている。まずは赤い器から、神々は蕎麦を口にした。
「うん、コシがあって喉ごしもいいな」
「麺の細さも均一で食べやすいわ」
「蕎麦粉の香りもいいな!」
『おいしい』と、口々に声が上がった。次は、黒い器の蕎麦だ。
「麺がやや細い気もするが、これはこれで食べやすいな」
「生地が丁寧にこねられたのが分かるな」
「食べたあとに蕎麦粉が鼻の奥に広がるのがいいわね」
こちらも『おいしい』と、神々の声が上がった。つまりは二人とも蕎麦――小春の料理も、ついに神様においしいと言わせたのだ。
「あたしと一緒に作ったのよ。おいしくて当然だわ」
「そうですね。ありがとうございます、食物の神様」
小春は蕎麦をおいしそうに食べる神々を見つめる。笑顔で黒い器の蕎麦を食べるその姿に、嬉しさの笑みがこぼれた。
『神様ごはん相談所』。今日も、神々の笑顔で満たされています。




