第四十四話 縁結びの神様とクリスマス
聖なる夜の気配が、風に混じりはじめる頃。森山 小春の小さなお店には、珍しいお客さんが訪れていた。
「それでね、王道のショートケーキがいいと思うの。真っ赤なイチゴを乗せたケーキ」
「は、はぁ…」
彼女は、春先の花の香りをそのまま形にしたような女神だった。淡い桃色の着物は、袖の先にかけて薄紅から白へと変わっていく。まるで風に散る花びらのように、動くたびにふんわりと揺れた。
「せっかくのクリスマスなんだもの。ロマンチックにしたいじゃない? だから小春ちゃんの力を貸してほしいの!」
大人の女性らしい落ち着きがあるのに、その微笑みには少女のような無邪気さがある。『可憐』という言葉は、この人のような女性に相応しいのだろうなと、小春は頭の片隅で思った。
「ではせっかくなら、縁結びの神様も一緒に作りませんか? その方が、恋人さんも喜ぶんじゃないでしょうか?」
「ええ? 私に作れるかしら? けっこう不器用なんだけれど…」
「大丈夫ですよ。私がサポートします」
「小春ちゃんが一緒なら心強いわね!」
すっかりやる気になった縁結びの神様を、カウンターの内側へと招く。着物が汚れないようたすき掛けにして、手を洗ってもらっている間に、小春は材料の準備をした。
ボウルに卵、グラニュー糖を入れて、湯煎にかけ混ぜながら温める。湯煎から外してもったりするまで混ぜ合わせるのだが、ここは大変なので文明の利器であるハンドミキサーを使う。
神様が一生懸命泡立て器を回している。その姿が、なんだか可愛らしくて、小春は思わず笑みをこぼした。
「ここに振るった小麦粉を入れるので、粉っぽさがなくなるまで混ぜ合わせてください」
「分かったわ……こんな感じかしら?」
「お上手です。とってもきれいに混ぜられてますよ」
「ふふっ。小春ちゃんに褒められるとなんだかくすぐったいわ」
続いて溶かしたバターを入れて、ムラなく混ぜる。あとはケーキ型に生地を流し入れ、オーブンで焼けばスポンジ生地の完成だ。
「今のうちに装飾用のイチゴを切っちゃいましょう。ヘタのところをV字に切ると、ハートの形に見えますよ」
「本当だわ! 可愛い!」
イチゴの準備が終わったら、生クリームの作製に取り掛かる。ボウルに生クリーム、グラニュー糖を入れ、氷水で冷やしながらハンドミキサーで掻き混ぜていく。
「生クリームを持ち上げたとき、とろっと落ちるくらいの固さがちょうど良いですよ」
「うーん? このくらいかしら?」
焼いたあとに粗熱を取っておいたスポンジ生地をスライスし、まずは一枚に生クリームを薄く塗っていく。その上にイチゴを乗せ、それを隠すようにまたクリームを重ねる。
「ああっ。クリームがガタガタになっちゃう!」
「大丈夫ですよ。手首を固定して動かせば、均一に塗れます」
もう一枚のスポンジを重ねて、今度は側面も含めて生クリームを塗っていく。これが意外と難しく、縁結びの神様は手にクリームをつけながら、楽しそうにチャレンジしていた。
「最後に生クリームとイチゴで飾り付けをすれば……ショートケーキの出来上がりです!」
「きゃあ! 私にもケーキが作れたわ! 嬉しい!」
少し生クリームがデコボコしたところもあるけれど、それも含めて愛情たっぷりの手作りケーキだ。縁結びの神様はケーキを愛おしそうに見つめ、その先に恋人のことを想っているようだった。
「本来ならここで味見をと言いたいところですが、これはぜひ恋人さんと二人で召し上がってください」
「ええ? 小春ちゃんはそれでいいの?」
「はい。私にとっては縁結びの神様と恋人さんに召し上がっていただくのが一番ですから」
「わあ! ありがとう! 小春ちゃん!」
縁結びの神様が、小春の頬に口づけを落とす。小春はびっくりしすぎて、何の反応もできなかった。
「小春ちゃんにも良いご縁があるように、私、しっかりお祈りしておくわね!」
「え、いや、あの、それは大丈夫です…」
「もう! 遠慮しなくてもいいの!」
縁結びの神様の勢いに圧倒される形で、心強い縁結びの約束が取り付いてしまった。小春の苦笑もなんのその、縁結びの神様はいそいそと恋人に会いに行くために着物を整える。
「小春ちゃん。これ、今日のお代ね」
「はい、ありがとうございます」
いつものように銀貨を一枚受け取れば、縁結びの神様は軽い足取りで店をあとにして行った。
「あんな可愛い神様の恋人さんって、一体どんな人なんだろう…?」
もしかしたら、出雲に来ていたかもしれない。きっと美男美女のカップルなのだろうと、勝手に想像を膨らませる。
(私にも、良いご縁かぁ…)
そんなもの、本当にあるのだろうか。神様のことだから、うっかり忘れてしまうかもしれない。
「まぁ期待しないで待つとしますか」
小春はくすりと笑って、台所の後片付けを始めた。窓の外では、粉雪が音もなく降りはじめていた。
『神様ごはん相談所』。今日は聖なる夜のクリスマス。一緒に過ごす人たちが、おいしいごはんとともに幸せな一日を過ごせますように。




