第四十三話 イノシシさんと健康の神様と旬の料理
吐く息が真っ白になった頃。店の外は凍えるような静けさに包まれている。しかし店内では、二人の来客を前に、森山 小春はガチガチに緊張していた。
一人は付き人のイノシシ。硬い表情の小春を見て、苦笑を零している。そしてもう一人は健康の神様。そう、今日は夏祭りの日の約束――すなわち健康の神様の視察が行われる日であった。
「ど、どうぞお座りください」
二人をカウンター席に案内するの小春の手は、緊張で小刻みに震えている。そんな姿を見ていられず、イノシシはついに声を掛けた。
「小春、息を吸って。そんなガチガチじゃ、おいしい料理なんて作れやしないよ」
「イ、イノシシさん…! 健康の神様に食べていただくかと思うと、手の震えが止まらなくて…!」
「おや? それではまるで私があなたを虐めているようですね、小春」
健康の神様の一言に、小春の表情は目に見えて青くなった。
「ち、違います! そういう意味じゃなくて…!」
「ふふ、冗談ですよ。少し揶揄いすぎましたね、申し訳ない」
「主、あまり小春を虐めないでやってくださいな。あの試練の日から、ずっと頑張ってきてるんですから」
グッグッと鼻を鳴らしながら、イノシシが小春を擁護する。健康の神様は『分かりましたよ』と言うように、微笑んで頷いてみせた。
「いいかい、小春。アンタは間違いなく上達してるんだ。変にビビったりしないで、主にその腕前を見せつけてやりな!」
「……はい! ありがとうございます、イノシシさん!」
健康の神から出されたお題は『旬の料理』だ。お題を聞いたときから、小春は何を作るか決めていた。
「では……始めます!」
カウンターの奥から食材を取り出す。盆ざるには、金目鯛とゴボウが乗っていた。
ゴボウは洗って皮を剥き、適当な長さに切ったら下茹でしておく。次は鍋に酒と水を合わせて火にかけ、煮立ってきたら砂糖、みりん、醤油を入れて数分煮詰める。
煮汁に金目鯛を入れ、ゴボウ、薄切りにしたショウガを加え、落し蓋をする。
「このとき、強中火で煮汁をかけながら煮るのがポイントです」
煮汁に少しとろみがついてきたら火を止め、しばらくおいて味を馴染ませれば完成だ。
「料理が冷める工程で味が染み込むので、再度温めてから料理を出すのがおいしさの秘訣です」
小春は器に金目鯛とゴボウを盛り、それを健康の神様の前に差し出した。取り皿は二人分。イノシシの分もだ。
「ど、どうぞご賞味ください」
「ふむ、醤油の良い香りがしていますね。金目鯛も色鮮やかで、煮崩れしていません」
まずは香りと見た目から。じっくりと料理を眺める健康の神様の姿を、小春は固唾を吞んで見守る。そうして煮魚に箸を入れれば、ホロリと身が崩れた。
「うん。身の崩れ方も上品ですね。ちょうど良い時間で煮られたのが分かります」
そして一口。煮魚を口に入れた神様は、その味を堪能するようにゆっくりと咀嚼した。
「歯ごたえも良いですね。味もしっかりしています。ただ少し……ゴボウの臭みが移ってしまったかな?」
本日初めての指摘に、小春は思わず息を呑んだ。自分ではゴボウの下茹でもしっかりできていたと思っていた。ゆえに少々落ち込むものの、彼女はこんなことではへこたれない。
『ゴボウは少し堅いですね』と評論を進めながらも、健康の神様の箸は止まらない。ひとまずは口に合っているようで、小春は小さく安堵した。
「主、アタシにも食べさせてくださいな」
「ああ、そうだね。食べてみるといい」
イノシシも横から箸を伸ばす。煮魚を口へ放り込み、彼女は唸った。
「前もおいしかったけど、今は味に深みがあってもっとおいしいよ! 小春! アンタやるね!」
「ああ…イノシシさぁん…」
イノシシの純粋な言葉が心から嬉しい。健康の神様の評論で緊張しっぱなしの小春の心が、少し緩んだ瞬間だった。
「――さて、料理への評価ですが」
煮魚の器がすっかり綺麗になった頃、そっと健康の神様が口を開く。小春は祈るような気持ちで両手を胸の前で組み、神様の言葉を待った。
「上達しましたね、小春。以前よりも味に奥行きが出ています。あなたの祈りもより感じられるようになっていて、食べると身体がほっと温まるようでしたよ」
「……やった!」
思わぬ誉め言葉に、小春は両手を上げて喜んだ。『しかし』、と健康の神様は続ける。
「誠に神々の舌を満足させるには、まだ修行が足りません。これからも精進し、徳を積んでいくといいでしょう」
「はい! 健康の神様!」
未熟なところはあるものの、健康の神様に褒められた。それが小春のとって次へと繋がるやる気となった。
「ふふ。小春は素直で良い子ですね」
「そうでしょう? だからあまり虐めないでやってくださいね、主」
健康の神様とイノシシが温かく小春を見守る。こうして小春はまた一歩、料理の神様として成長を遂げたのだった。
『神様ごはん相談所』。日に日においしくなる店主の料理は、今日も神々の心を、やさしく満たしていきます。




