第四十二話 おサルさんとオシャレ総菜
おおよそ一ヶ月の出張を終えてしばらく。寒さが身に染みる頃、森山 小春はいつものように開店準備を進めていた。出雲での出来事が夢のように遠ざかっていく。けれど、胸の奥に残った温かさだけは、まだ消えていなかった。
しかし小春は以前と比べてより真摯に、熱意を持って、料理に取り組むようになっていた。これも食物の神様との出会いのおかげなのだろう。
開店準備を終えたら、次は出汁を取る。毎朝、丁寧に取った出汁で料理を作る。それが祖父から教わった料理の秘訣の一つだ。
いつものように昆布とかつお節で出汁を取っているところに、来客は現れたのだった。
「おはようございます、小春さん」
「あ、おサルさん。おはようございます!」
店の扉を開けたのは、どこか物憂げな様子のサルだった。
「あれ? おサルさん、どうかしましたか? なんだか元気がないような…」
「……分かっちゃう? 実はレンコンをいただいたのだけれど、どうにも素朴な料理しか思いつかなくて。なにかこう、オシャレな料理はないかと悩んでいるところなんですのよ」
「レンコンでオシャレな料理ですか」
「我が主にも、たまにはハイカラなものを食べてもらいたいですわ。ねえ、小春さん。何かアイディアはありまして?」
サルが尻尾を揺らしながら問いかける。その相談に、小春は顎に手を当てて考えた。オシャレな料理といえば、やはり洋食だろうか? デリカッセンで売られているような料理がいいかもしれない。
「となれば、あの料理がいいかも?」
先日、近所の人が街へ出かけたお裾分けだと言って、分けてくれた総菜のことを思い出す。見た目は派手ではなかったが、和食とは違うオシャレな味がしたのを覚えている。
「――よし、任せてください!」
小春はカウンターの奥から、レンコンとサツマイモを持ってきた。二つとも同じような大きさに切り、水にさらす。そして水を切ったあと、片栗粉をまぶした。
「ここから揚げ焼きにします」
フライパンに多めの油を熱し、まずはサツマイモから揚げ焼きにする。このとき、サツマイモの甘みが出るように、火加減は弱火にするのがポイントだ。
油を追加で入れて、次にレンコンも同様に揚げ焼きにし、焼けたらサツマイモを戻し入れる。砂糖、酢、醤油を入れて一煮立ちさせ、野菜にタレをよく絡ませる。
「仕上げに白ゴマと黒ゴマをたっぷり振りかければ、レンコンとサツマイモのデリ風の出来上がりです! どうぞご賞味ください!」
「なんだか甘塩っぱい香りがしますわよ! んー、いい匂い!」
器に盛りつけた料理をカウンターに置く。『いただきます』と手を合わせてから、サルはレンコンとサツマイモを一緒に口に入れた。
「んん! 見た目は和風なのに、味は和風じゃないわ!」
サルが大きく目を見開いて、尻尾をピンと立てた。
「酢豚にも似てるような? でもオシャレな味がするわよ!」
デリ風の料理はサルの口に合ったらしい。『酸味のおかげでどんどん食べられちゃうわ』と、彼女は食べる手を止めなかった。
「これはいいわ! 小春さん、レシピをくださるかしら?」
「はい、もちろんです」
小春はいつものようにレシピを書き留める。そしてそれと交換で、銀貨一枚を受け取った。
「そういえば小春さん、出雲に行ってたんですわね? 他の神様たちはどうでした?」
「ええっと……とにかく圧倒されました」
「ほほほ。神格が高い方もいらっしゃるものね。それも仕方ないことだと思いますわよ」
サルの嫌味のない笑いに、小春もつられて笑う。
「それから、もっと料理を頑張ろうと思いました」
「まあ? 何かあったんですの? 前より表情がキリっとされてますわよ」
――『良いライバルに出会ったんです』。そう返した小春の表情は、どこか晴れ晴れとしていた。
昔の自分なら、ただ落ち込んで終わっていたかもしれない。けれど神様となった今は違う。悔しさの中にも、確かな誇りがあった。
「小春さん、料理人として一皮むけた感じがしますわね。とても頼もしいですわよ」
「へへへ。そう言ってもらえると嬉しいです」
「これからも頼りにしていますわよ、料理の神様」
「はい! お任せください!」
小春と顔を合わせて笑い合ってから、サルは店をあとにした。小春はその後ろ姿を見送りながら、小春はふと、そろそろ健康の神様が視察に来るだろうことを感じ取った。
『神様ごはん相談所』。良きライバルを得た店主は、今日も着々と料理の腕を磨いています。その香りは、きっと神界にも届いていることでしょう。




