第四十話 神様たちと神在月ごはん
秋口のある日。小春は一人、島根の出雲の地へと降り立っていた。
「これがあの出雲大社かあ…」
潮の香りを含んだ風が、松の木を揺らす。松の並木が続く参道を歩いていくと、大きな社殿が見えてきた。
小春の目を一際引くのは、拝殿の大注連縄だ。太く編まれた藁縄が天井から垂れ下がり、その存在だけで場の空気を引き締めている。まるで、現世と神界を結ぶ太い橋のようだった。
(――ここに、全国の神様たちが集まるんだ)
そう思うと、不思議な高揚と緊張が胸の奥で混ざり合った。
とりあえず小春は、招待状に記されていた境内の最奥にある摂社へと向かう。するとそこでは、国づくりの神の付き人であるネズミが待っていた。
「小春さん! こっちでちゅ!」
「ネズミさん! お待たせしました!」
「全然でちゅ。時間通りでちゅ」
手招きするネズミのもとへと駆け寄る。そして差し出されるままにその手を取ると、早速彼が古い祝詞を唱え、足元で青白い霧が五芒星のような光輪を描いた。
「神界に向かうでちゅ!」
「きゃあっ」
下から強い風が吹き上げ、小春は思わず目を閉じる。風が静まったところで目を開けてみると、春夏秋冬の花々が咲き誇る庭の中に、出雲大社そっくりな大きな社殿が現れた。
「まず小春さんには、神様たちに食べていただく神在餅を作ってもらいたいでちゅ。そのあと、神々の協議に参加するでちゅ」
「わ、私も話し合いに参加するんですか!?」
「当然でちゅ。小春さんも今や神様なんでちゅから」
小春は思わず立ち止まった。神様――そう言われても、まだ実感なんてない。
ネズミに連れられて、小春は厨房へと向かう。そこでは他の付き人たちが、忙しそうに料理の準備を進めていた。
「食材はここに用意してあるでちゅ。準備ができたら、早速作ってほしいでちゅ」
「わ、分かりました」
小春は持ってきた割烹着に袖を通す。そして髪をいつもの三つ編みにすれば、手を洗って身支度を整えた。
「よし、やりますか!」
最初に小豆を洗ったら、たっぷりのお湯で茹でる。小豆がお湯を吸ってふっくらしてきたら煮汁を捨てて、再び新しい水を入れて、再び茹でる。
「この一度煮汁を捨てる『渋抜き』が大事な工程なんだよね」
これで少しイガイガとした苦味が消え、おいしい小豆に仕上がるのだ。小豆が柔らかくなったら、砂糖、塩を入れ、軽く煮立たせて火を止める。甘い香りとともに、ほくほくの小豆が仕上がった。
次は、白玉団子だ。ボウルの中に団子粉を入れ、少量の水を加えながら耳たぶの硬さになるまで捏ねる。あとは手で丸め、沸騰したお湯で湯がいて冷水に上げれば出来上がりだ。
「小豆の中に白玉団子を浮かべれば、おぜんざいの完成でーす!」
するとまるでタイミングを見計らったかのように、ネズミが小春の様子を見に来た。
「調理は順調でちゅか、小春さん」
「ちょうど出来上がったところですよ、ネズミさん!」
ネズミの手も借りて、ぜんざいを器に盛っていく。運ぶのは他の付き人に任せて、小春はネズミの案内で、他の神様たちが待つ社殿の中へと向かった。
(ど、どうしよう…! すっごく緊張する…!)
「料理の神、森山 小春様の入殿でちゅ!」
社殿の扉がゆっくりと開かれる。目の前にずらっと並ぶ神様たちを前に、小春は目の前が真っ白になった。神様たちの視線が、真っ直ぐに小春へと注がれる。
「小春さんの席は扉に一番近い目の前の席でちゅ」
「は、はい…!」
ネズミに小声で案内され、小春は末席へと座る。歩く姿がギクシャクしてしまったのは仕方がないだろう。
小春のあとに何柱かの神様が入殿し、最後に国づくりの神様がやってきた。どうやらこれから協議が始まるようだ。
幸運を授ける人の選択や、縁を結ばせる人々の話。豊作にする地域や、付き人の昇降格についての話し合いがなされる。
「東の地域では雨が足りないわ」
「じゃあ来年は少し多めに降らせるよ」
豊穣の神が嘆けば、水の神がそう応じた。
「あーあ。また湿気が増えるなあ」
その傍らで、風の神が欠伸を噛み殺しながら小さくぼやく。
(ぜ、全然話についていけない…!)
小春は、ただ協議の内容を聞いているばかり。そもそも神として生まれたばかりの彼女に、発言権などない。そして協議の合間に休憩として、食事が出されたときだった。
「今年の『うず煮』は食物の神が、『神在餅』は料理の神が作ったものだ」
国づくりの神が料理人を明かしたところで、神様たちの視線が再び小春の方を向いた。
(ひゃあ…!)
神様たちの中で一人、鋭い視線を向ける者がいる。そう、食物の神だった。真ん中から下座寄りに座る彼女は、目の前に置かれたぜんざいと小春を交互に睨みつけていた。
「ふむ、食物の神のうず煮は相変わらずうまいな」
国づくりの神が言う。すると他の神様たちも、それに同調するように頷いた。食物の神はこれ見よがしに小春へ勝ち誇った表情を見せ、棘のある笑みを浮かべた。
「さて、料理の神の神在餅だが……ふむ。悪くないな」
神様たちの反応から察するに、まあまあの出来なのだろう。決しておいしくないと言われたわけではないが、小春はちょっぴり落ち込んだ。
(……悔しいな。おいしいって言ってもらいたかったのに)
食物の神の笑みが脳裏に焼きついて、胸の奥が少し熱くなる。――次は、負けたくない。
「料理の神は、まだ久一から後を継いだばかりだ。これからさらに料理を作って、神格を上げていくように」
「はい…!」
国づくりの神様の温かい励ましに、小春は力強く答えた。まだ祖父の腕には遠く及ばない。けれど――神様も食べることで笑顔になる。その喜びを忘れない限り、私はきっともっと成長できるはずだ。
そうして協議は再開され、夜遅くまで続いていく。協議を終えたときの神様たちの反応は、長い会議を終えた人のそれと変わらず、小春は思わず小さく笑ったのだった。
『神様ごはん相談所』。神としてはまだまだ未熟だけれど、誰かの笑顔を作る料理だけは、絶対に手を抜かない。今日もまた、店主はそう心に決めました。




