第三十九話 ひつじさんと豊穣のごはん
残暑が続くある日。お昼ごはんの片付けをしていたところに、一人の付き人がやってきた。
「やあ、まだまだ暑いね、小春殿」
もこもこの毛の間から顔を出し、太い声で挨拶をしてきたのはヒツジだった。
「ヒツジさん、こんにちは。その毛量だと、随分暑そうですね」
「我が主はこのもこもこがお好きなようでな。刈ると悲しそうなお顔をされるので、夏でもこの状態なのだ」
そう言ってカウンター席に座るヒツジ。今日は主の豊穣の神の依頼で来たそうだ。
「新鮮なイチジクを手に入れてな。これを新鮮なまま、調理してほしいのだ」
一体どうやって持っていたのか。もこもこの毛の中から出てきたのは、全体が綺麗な赤褐色に染まり、身のつまったイチジクだった。
「イチジクは豊穣の象徴でもある。それを新鮮なままおいしい料理で食べれば、我が主の徳も高まるというもの」
「なるほど。新鮮なままでというとサラダが思いつきますが、もう少し手を加えてスイーツにするのはどうでしょうか?」
「うむ、良いな! 主も甘いものはお好きだ!」
『では、スイーツにしましょう』と、準備に取り掛かる。小春はカウンターの奥からバターやマスカルポーネなど、材料を持ち出してきた。
「まずはクリームから作ります」
ボウルに常温に戻したバターと粉砂糖を入れ、白っぽくなるまで混ぜる。卵を少しずつ加え、その都度よく混ぜる。アーモンドプードルを加え、切るように混ぜ合わせる。
「均一に混ざったら、このまま一度冷蔵庫で寝かせまーす」
市販のタルト生地に冷蔵庫で冷やしたクリームの流し込み、平らにする。十分に予熱したオーブンで焼き上げ、粗熱を取る。
「おおっ。アーモンドの良い香りがするのである!」
ヒツジは鼻をヒクヒクさせて、店内に広がる香りを堪能した。
粗熱を取っている間、もう一つ別のクリームを作る。ボウルにマスカルポーネ、はちみつ、グラニュー糖を混ぜ合わせたら、生クリームを加えて八分立てにする。
「冷めたタルト上にクリームを塗って、新鮮なイチジクを飾れば……イチジクとはちみつマスカルポーネのタルトの出来上がりー!」
「イチジクとはちみつの甘い香りがたまらん!」
タルトを切り分けてヒツジの前に出せば、早速一口頬張った。
「さくっとしたタルト生地に、ふわっとしたアーモンドクリーム。そして甘酸っぱいマスカルポーネクリームに、ほど良い甘さのイチジク! なんと素晴らしい!」
ヒツジはキリッとした目を見開いて、『うまい! うまい!』とタルトを食べ進めていく。
「イチジクとはちみつの組み合わせが美しい! はちみつとマスカルポーネの組み合わせが最高だ!」
「お気に召していただけましたか?」
「もちろんだ! これなら我が主の徳も大層高まるだろう! 小春殿! 調理法を教えてくれ!」
小春は微笑み頷き返して、タルトのレシピを書き留める。新鮮なイチジクの見分け方と、タルトに映える切り方も添えておいた。
「――はあ。大変美味であった。小春殿、また腕を上げたのではないか?」
料理から小春の祈りの味がするとヒツジは言う。祈りに味があると聞いて驚いた小春だったが、『おいしく食べてほしい』という願いが届いているならとそれでいいと思った。
「そういえば、来月は神在月だな、小春殿」
「……神無月じゃなくて?」
「何を申すか。神々は出雲へ赴くであろう? そこでは神在月だ」
出雲からすれば、神様が集まる月なのだ。神在月の所以を小春は理解した。
「ってあれ? 神々が集まるということは、私も出雲へ行くんですか?」
「ふむ、そうなるであろうな。近々、招待状も届くと思われる」
「ええ!? その間、お店はどうしよう…!」
「心配するでない。付き人たちも出雲へついて行く者が多い。相談があれば、そこで持ちかけてくるだろう」
ヒツジは朗らかに笑ったが、出張先で相談されたところで上手く応えられるのか、小春にはやや不安が残るのだった。
『神様ごはん相談所』。来月は出張営業。どんな神様に出会えるのか、今から楽しみで仕方がありません。




