第三十八話 小春さんと夏祭り
ひっそりと佇む小さなお店。店主の森山 小春の手元に、見慣れない封筒が届いた。差出人も消印もなく、不思議な封筒を開くと、中には神界の夏祭りへの招待状が一つ。
「えっ、私を…?」
小春は思わず目を丸くした。
「『料理の神様として出店をお願いしたい』」
しかもただの招待ではない、出店依頼付きだ。開催日を見てみれば、ちょうど一週間と半分を切ったところだ。
(手土産にしようと思ってアレがそのまま使えるなぁ)
夏祭りといえば、やはりあの料理だろう。小春は当日に向けて、着々と準備を進めた。
そして当日。
近所の神社を通じて神界へと渡った小春は、早速付き人たちに出迎えられた。
(やっぱり神秘的な場所だなぁ)
神界は二回目という物珍しさから、つい周りをきょろきょろと見てしまう小春。道順も覚えられないままお祭り会場へ、そして一つの露店の前へと連れて来られた。
「ここが小春さんのお店ですう」
シカがのんびりした口調で言った。辺りを見渡せは、他にも付き人たちが開いている露店が並んでいた。
「案内ありがとうございます。早速準備しますね」
小春は持ってきた食材を台の上に置いて、準備に取り掛かる。シカを含めた案内役の付き人たちは、他に準備があるからと行ってしまった。
「みんな忙しそうだなぁ」
忙しなく走り回る付き人たちを横目に、食材を切っていく。細ネギは小口切りに、紅ショウガはみじん切りに、タコは小さめの乱切りにしていく。
卵を割り入れてしっかり溶いたら、冷やした出汁を半分入れ、小麦粉を振るいながら加えた。
「ダマにならないようにしっかり混ぜてっと」
小麦粉が混ざったら残りの出汁を入れ、塩、醤油、みりんを加える。混ぜ合わせれば生地の完成だ。
「――随分とお祭りっぽくなってきたなぁ」
生地を作っている間に、両隣の露店で付き人が調理を始めていた。露店の上部には提灯が灯され、人通りも増えた気がする。
「もうそろそろ始めてもいいかな?」
小春は穴の開いた鉄板を熱し、そこに生地をざっと流し入れた。ジュウッと焼けつく音がしたあと、タコを入れたらさらに生地を足し入れる。その上に刻んだ細ネギと紅ショウガ、天かすを散らしていく。
生地がある程度焼けたところでピックを使って生地を反転させたら、まん丸になるように、均一に焦げ目がつくように転がす。
「外はカリカリ、中はふわふわを目指していくよー!」
コロンコロン。何度も転がしていると、きつね色のまん丸な生地ができた。それを器に取り出し、甘めのソースとマヨネーズ、かつお節と青のりを散らす。
「じゃーん! たこ焼きのできあがりー!」
ちょうど小春の前の露店を通りがかったハトの付き人と目が合う。小春がにこりと笑ってたこ焼きを差し出せば、彼は嬉しそうな顔をして寄ってきた。
「焼きたて熱々のたこ焼きですよ。気を付けて食べてくださいね」
「ありがとうっぽー!」
ハトの付き人を皮切りに、次々と付き人や神たちが露店を訪れる。ひたすらにたこ焼きを焼いていると、一柱の神が小春を睨みつけるように店前に立った。
「あなたが小春ね!」
「へ? あ、はい。そうですが…」
目の前には、白と薄緑を基調として軽やかな衣装を纏った十六歳頃の少女の姿をした女神が立っていた。桃色の唇がきゅっと結ばれ、その表情からは負けん気を滲ませる。その大きな琥珀色の目で、小春をじっと見つめていた。
「あたしは食物の神。料理はあたしの十八番なの! あなたになんて負けないんだから!」
「えええ?」
突然のライバル宣言に、小春はただ困惑を隠せなかった。胸を張って、息荒くこちらを見ている食物の神様を前に、一体何をどうすれば良いのか。そんな小春を助けたのは、健康の神様だった。
「――そのような態度では相手が困ってしまいますよ、食物の神」
かつて四つ目の試練を担当した健康の神様が、小春に微笑みかける。健康の神様に指摘された食物の神様は、少しムッとした表情を見せ、ぷくっと頬を膨らました。
「最近みんなして『小春、小春』ってうるさいんだもの。どんな相手が見に来たっていいじゃない」
「小春の料理はおいしいですからね。みんな、ついその名を口にしてしまうのですよ」
「あたしの料理だっておいしいもん! 健康の神だってそう言ってくれたじゃない!」
「ええ、もちろん。あなたの料理はとてもおいしいですよ」
健康の神様の言葉に、食物の神は勝ち誇ったような表情で小春を見る。小春はそれに苦笑いを返すほかなかった。
「小春もあの試練から腕が上達しているようですね。出汁の香りが以前よりも豊かになりました」
「……あ、ありがとうございます」
「またあなたの料理を食べに行くことにしましょう。それまでにしっかりを腕を磨いておいてくださいね」
「しょ、精進します…っ」
『では、それを一つ』と、ちゃっかりたこ焼きを買い上げていく健康の神。食物の神はそれを恨めしそうに見ながらも、何も言わなかった。
きっと彼女は健康の神からたこ焼きを分けてもらい、小春の実力をこっそりと確かめるのだろう。
そのあとも他の神様や付き人と顔を合わせながらも、自分も夏祭りの散策を楽しんだ小春。いつ健康の神が視察に来るのだろうかと、落ち着かない気分はしばらく続くのだった。
『神様ごはん相談所』。神様になって、初めてのライバルができた店主は、今日も料理の腕を磨きます。




