第三十七話 ウマさんと苦手な野菜
青空にじりじりと太陽が照りつけ、蝉の声が途切れることなく響く。若干暑さに参った様子で、一人の付き人が古民家を改装した小さなお店に入った。
「いらっしゃいませ」
店主の森山 小春が振り向いて声をかける。そこには、耳を横に倒してどこか元気のないウマが立っていた。
「……こんにちは、小春さん」
「ウマさん? なんだか元気がありませんね。どうかしたんですか?」
「実は主様が夏バテ気味で…」
ウマの主は学問の神様だ。以前も残暑で食欲がないと言っていたが、暑さに弱い神様なのかもしれない。
「旬の野菜が夏バテに効くって聞いたから、ピーマンのお浸しを作ったんです…。そしたら、ピーマンは苦いから嫌だって…」
どうやら神様にも苦手な食べものがあるらしい。小春はすぐに、ピーマンを使った栄養がありそうな料理を思いついた。
「……ね、ねぇ、小春さん。何かピーマンを使った食べやすい料理はありますか?」
「もちろんありますよ、ウマさん。実は私も小さい頃はピーマンが苦手で、おじいちゃんがとある料理を作ってくれたんです」
肉汁とソースがピーマンの苦味をまろやかにしてくれる料理。小春は早速、調理の準備に取り掛かった。
縦半分に切ったピーマンから種とワタを取り除き、内側に小麦粉をまぶしておく。ボウルに合いびき肉、みじん切りにしたタマネギ、パン粉、牛乳、おろしニンニク、塩コショウを加えて、手で練り混ぜる。
「調味料が均一に馴染むよう混ぜるのがポイントです」
肉ダネができたら、ピーマンの隅々までしっかり詰めこんでいく。フライパンの油を引いて、温まったら肉ダネを下にして焼き色をつける。
「ここで焼き色をつけておくと、肉ダネがピーマンから外れにくいですよ」
ピーマンを裏返したら、フライパンに蓋をして弱火で蒸し焼きにする。ピーマンの香りが少し立ち上がる。かつての自分なら顔をしかめていたかもしれない。けれど今は、この苦味もどこか愛おしい。
そして弱火でじっくりと火を通すことで、ピーマンにも甘みが出る。肉ダネに火が通ったら、器に取り出して先に盛り付けた。
「次にソースを作りまーす」
フライパンに残った肉汁をそのままに、ケチャップ、醤油、みりんを加えて軽く煮詰める。甘酸っぱい香りが広がってブクブクと沸いたら火を弱め、少しとろみがついたらソースの出来上がりだ。
「あとはこのソースをかければ……ピーマンの肉詰めの完成です!どうぞご賞味ください」
甘酸っぱいソースとともにジューシーな肉汁が滴る一品を前に、ウマがごくりと喉を鳴らした。そしてしっかりと手を合わせてから、箸を手に肉詰めを大きな一口で頬張った。
「――ウマーい! 全然ピーマンの苦味がない! むしろ甘い気がする!」
「しっかりと種とワタをとって、ゆっくりと火を入れれば、ピーマンは甘くなるんですよ」
「この甘酸っぱいソースもコクがあっておいしいです!」
「肉詰めを焼いたあとの肉汁をそのまま使っているので、味が深くなっているんですね」
「ふわぁ。これなら主様も食べてくれそうだぁ」
うっとりと目を細めて肉詰めを食べ進めていくウマを見て、小春は微笑みを一つ零す。ピーマンが苦手な学問の神様はさておき、ウマにはかなり気に入ってもらえたようだ。
小春はレシピを書き留めながら、ピーマンの苦味をなくすポイントを改めて記しておいた。これで少しでも、神様が元気を取り戻してくれれば――そう願いながら。
「そ、そういえば、もうすぐ夏祭りですね」
すっかり肉詰めを食べ終えたウマが、ふと思い出したかのようにそう言った。
「夏祭りって何ですか?」
「あ、あれ? まだ招待状が届いてないのかなぁ。毎年神様たちで集まって、神界で夏祭りを開いているんです」
「なんだか楽しそうですね」
「こ、小春さんも神様になったので、近いうちにお誘いが来ると思います」
「わあ、嬉しいです。ぜひ行かせてもらいますね」
小春はレシピと引き換えに、銀貨を一枚受け取った。そしてウマを見送ったあと、神界で開かれるという夏祭りに思いを馳せた。
(他の神様とも会えるってことだよね? ちょっと緊張するなぁ)
神様としては新参者で、しかも人の身である。小春は胸を弾ませながら、夏祭りの手土産にどんな香りを添えようかと思いを巡らせた。
それは、きっと新しい神々との出会いを告げる、夏の風のような予感だった。
『神様ごはん相談所』。苦手な食べものでもお任せください。なるべくおいしく食べられるよう、一生懸命作らせていただきます。




