第三十五話 ウサギさんと朝ごはん
とある田舎の古民家を改装した小さなお店。料理の神様になった今も、森山 小春はいつも通りの朝を迎えていた。
「お腹空いたな。まずは朝ごはんからだ」
熱々に熱したフライパンにベーコンを乗せる。じゅわっと脂が溶け出して、たちまち香ばしい匂いが広がった。
「あれ?」
気のせいだろうか。焼いているベーコンの周りにうっすらキラキラしたものが見える。目をこすればそれは消えていて、小春は不思議そうに首を傾げた。
「気のせいだったかな…?」
ベーコンがカリカリになってきたところで、卵を一つ落とす。塩コショウを振って、黄身がほどよくトロっと固まるまで焼き付ける。
「あれぇ? やっぱり見えるなぁ」
形になりつつある料理の周りに、やはりうっすらとキラキラしたものが見えた。粉砂糖みたいな光がふわりと浮かんでいる。今までこんなことは起きたことがなかった。何か変わった点があるとするならば。
(これ…神様効果?)
料理の腕前が上達するとか、味がおいしくなるとか何か効果でもあるのだろうか? 小春はわくわくしながら、トーストを焼く準備をした。そのときだった。
「――おはようございます」
小春を気遣うかのように静かに開けられた扉の先に、ウサギがひょっこりと顔を出した。
「ウサギさん! おはようございます」
「営業前とは知りながらも、良い香りがしたのでつい来てしまいました…」
「全然大丈夫ですよ! 良かったらご一緒にどうですか?」
「わあ! いいんですか?」
「もちろんです!」
ウサギが嬉しそうにカウンター席につく。小春は手早く、二つ目の朝ごはんの調理に取り掛かった。
「はい、お待たせしました。どうぞご賞味ください」
「おいしそうです!」
カウンターに並ぶのは、ベーコンエッグ、トースト、ヨーグルトの洋風朝ごはんだ。ウサギは耳をパタパタさせながら喜んだ。
「「いただきます」」
二人でカウンターに並んで手を合わせた。そうしてベーコンエッグを一口に切って頬張れば、うん。塩気がちょうどいい。とはいえ、特段いつもの味と変わらず、キラキラの正体は以前不明なままだ。
「洋食の朝ごはんもいいものですね」
もきゅもきゅとトーストを頬張りながら、ウサギが言う。神様の付き人である彼女なら何か知っているかもしれないと、小春は尋ねてみる。
「ねぇ、ウサギさん。なんだか今朝から料理をするとキラキラしたものが見えるんだけど、これって何か知ってますか?」
「ああ、それは神様の『徳』のようなものですね」
ウサギによると、神様は様々な祈りを『徳』に変えて、神としての力を高めていくそうだ。小春の場合、それが料理をすることなのだという。
「小春さんが神様になったという証ですね」
「なるほど。そうだったんだ…」
神様になったからこそ、これからも料理人としてもっと精進しなければならない。そんな気持ちになり、小春は一人気合を入れた。
「――そういえば、私が初めて一人でお店を切り盛りすることになったときも、ウサギさんが初めてのお客さんだったなぁ」
「あら、そうでしたか?」
「はい。緊張していたときにウサギさんの姿が見えてほっこりしたのを、今でも覚えています」
「ふふ。神様になって初めてのお客も私だなんて光栄ですね」
ウサギが嬉しそうに笑う。神様になっても変わらない、付き人との穏やかな時間だった。
「小春さん。あなたが神様になったことで、今までとは変わることもあると思います」
「は、はい」
「他の神様とお会いになることもあるでしょうし、神界にいらっしゃることも増えるかもしれません」
いくら神様になったとはいえ、人の身であることは変わらない。人としての常識や感覚を持っているからこそ、他の神様とすれ違うこともあるかもしれない。
「もしお困りごとがあれば、いつでも私たち付き人にご相談くださいね。付き人は神様のためにいるのです。小春さんだって、例外ではありませんよ」
「はい! ありがとうございます!」
今までお店に来てくれた付き人たちを思い出す。彼らがいれば、小春は百人力だと思えた。
「小春さん。朝ごはん、ごちそうさまでした。おいしかったです」
「こちらこそ、一緒に食べられて楽しかったです」
「次はちゃんと営業時間内に来るようにしますね」
ふふっと悪戯げに笑い、ウサギが椅子から降りる。そして銀貨を一枚、小春に差し出した。
「ただの朝ごはんですよ? いただけません」
「いいえ。これは私の朝ごはん相談だったのです。お受け取りください」
そう言われれば引き下がる理由はない。小春は丁寧に両手で銀貨を受け取った。
「では、小春さん。またお伺いしますね」
「はい、ウサギさん。お気をつけてお帰りください」
足取り軽く帰っていくウサギの背を、小春は見送ったのだった。
『神様ごはん相談所』。神様になっても、店主の日々は変わらない。小さな台所から、今日も温かな朝が始まる。




