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神様ごはん相談所 ~一膳で、神様の悩みをほどく店~  作者: 秋乃 よなが
第一部 神様に届く味へ

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第三十三話 イノシシさんと主と冬の料理


 ついに最後の試練の日がやってきた。森山 小春はいつもよりしっかり割烹着の紐を締める。そして三つ編みを揺らしながら、カウンターの奥から出てきた。


「よしっ、頑張るぞ小春」


 腕まくりをして、気合を入れる。そのとき店の扉が軽い音を立てながら開いた。


「おはよう、小春」


「イノシシさん! おはようございます」


 グッグッと鼻を鳴らしながら、イノシシが顔を出す。最後の試練は、イノシシが仕える健康の神様への捧げものを作ることだ。お題は『冬の料理』。何を作るかは決めてあり、そのための冬の食材手配もイノシシに依頼済みだ。


「今日の調子はどうだい?」


「万全です! おいしい料理を作ります!」


「うん! その意気だよ!」


 イノシシがカウンター席に座る。するといつもの大らかな気配は潜んで、いつになく真剣な表情をした。


「小春、これが最後の試練だ。頼んだよ」


「はい!」


「じゃあ(あるじ)に捧げる『冬の料理』を作っておくれ」


「承りました!」


 まずは食材を食べやすい大きさに切る。食材は、冬においしい長ネギ、白菜、ホウレンソウ、ブリを用意してもらった。


 土鍋に出汁、醤油、みりん、塩を入れて混ぜ合わせる。長ネギ、白菜を入れてつゆが沸いたところで、冷凍うどんを加える。


「最近の冷凍うどんはコシがあってモチモチしてて…すごいよねえ」


 再沸騰したところで火を弱めて、茹でたホウレンソウ、霜降りしたブリ、かまぼこを加え、中央に卵を割り入れる。


「あとは蓋をして火を止めて、卵に火が通るのを待てば……鍋焼きうどんの完成です!」


 小春が土鍋の蓋を開ければ、出汁と醤油の香りがふんわりと広がった。


「んー! いい匂いだわあ!」


 出汁の香りを堪能するように、イノシシが目を閉じて鼻をヒクヒクさせる。そして小春を見ると、にっと笑ってみせた。


「そういえば小春、金運の神様に会ったんだってね?」


 小春が答えるまでもなく、『じゃあ大丈夫だね』と一人で頷くイノシシ。そして椅子から降りれば、両手で柏手を打った。


「恐み恐みも申す」


(こ、このパターンは…!)


 遠くから、微かな鈴の音が響く。空気が一滴の水を落としたように静まり返ったかと思えば、淡い瑠璃色の光が辺りを包み込んだ。


 光の中から一歩、また一歩と現れたのは、金色の袈裟をまとった男神だった。


「――ああ、小春。やっと会えましたね」


 目元には深い慈しみが宿り、その声はまるで、心そのものを包み込むように柔らかい。


「小春、こちらは健康の神様。直接あんたの料理を召し上がりたいと、お越しになられたんだ」


「お、恐れ多いです…!」


「そんなに畏まる必要はありませんよ。私が来たことで驚かせたようで申し訳ないね」


 やんわりと健康の神様は笑う。イノシシがカウンターの椅子を引くと、彼はそこに座った。


「ああ、出汁の良い香りがする。小春が丁寧に出汁を取ったのが分かります」


 健康の神様が肺いっぱいに鍋焼きうどんの香りを吸い込む。そして手を合わせてから箸を手に取り、熱々の面を一口すすった。


「――うん、おいしい」


 健康の神様の微笑みが深まった。


「うどんには長寿の意味がある。私のことを考えて作ってくれたんですね、小春」


「は、はい…!」


「出汁は上手に取れているし、味付けも申し分ない。何よりも食べる人を思う気持ちが込められていて気持ちの良い料理です」


 神様からの誉め言葉に、小春は嬉しさを隠せない。くすぐったくてそわそわしているのが、自分でも分かるほどだった。


「――でも、まだまだ未熟だ」


「え…?」


 しかし続いた言葉に、小春の表情は一気に色を失くした。


「全体的な調和は取れているが、まだ未完成だ。真に神々を喜ばせるという意味では、今一歩及ばないですね」


「そんな…」


 ここまで試練を乗り越えてきたのに、ここで敗れてしまうのだろうか。祖父の後を継げないばかりか、神様の台所としての役目さえ果たせなくなるのではないか。


 段々暗くなっていく視界に、小春がよろめいたときだった。


「ですが、当時の久一よりは良い腕前をしています」


「……ふえ?」


 半ば涙目になっていた小春は、聞こえた希望のある言葉が空耳かと思った。


「合格ですよ、小春。これからも腕を磨き続けてくださいね」


「やったね、小春! 合格だってさ!」


「ふえぇ? 合格?」


 柔和に微笑む健康の神様と、喜ぶイノシシの姿を見て、ようやく現実味が帯びてくる。


「――ご、合格? ってことは…」


「小春は久一の後を継ぐに相応しいってことさ! 神様になれるんだよ!」


「や、や、やったあああ!!」


 小春は勢い余って、イノシシと握手をした手を上下に振り回す。イノシシはグッグッと笑いながら、黙ってそれを受け入れていた。


「おめでとうございます、小春」


「おめでとう、小春!」


 二人に祝福されながら、小春は嬉しさで涙を零す。これで祖父の意思も、この店も、本当の意味で継ぐことができると思うと、涙が止まらなかった。


 こうして森山 小春は、すべての試練を超えた。神々に捧ぐ料理を作る者――『神様ごはん相談所』の真の店主として。


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