第三話 おサルさんと新ジャガイモ
月が変わって、世間が大型連休を楽しんでいる頃。今日も、とある田舎の古民家を改装した小さなお店は、ひっそりと営業していた。
ここの店主は、割烹着にゆるい三つ編みがトレードマークの若い女性だ。しかし彼女は今、カウンター席に突っ伏して管を巻いていた。
「ぜーんぜんお客さんこないじゃないかー。神様も連休を楽しんでるってか? こっちはいつ相談が来てもいいようにお店を開けてるのにー」
どうやら店主の森山 小春は、客足が少なすぎることに不満があるらしい。しかしここは神様の付き人が通う不思議な店だ。一般のお客さんは入れない。
「…いや、やっぱり店主がおじいちゃんから私になったらから、付き人の皆さんが様子見してるのかもしれない…。『あんな小娘においしい食事が作れるのか?』って疑ってるんだ、きっと!」
「こんにちは、小春さん。大きなひとり言が外まで聞こえてきていましたわよ」
「はっ! おサルさん!」
今日のお客さんは橙色の狩衣をまとったサルである。彼女は道開きの神様の付き人だ。
「お客が来ないということは、神様方がわがままをおっしゃっていないということじゃないですか。考えようによっては良いことですわよ」
サルが小春の隣の席に座る。そして慰めるように、彼女の肩に手を置いた。
「でもおサルさーん。お客さんが来てくれないと、うちはお店として成り立たなくなっちゃいますよぅ」
「…ふむ。それもそうですわね。小春さんのためにも、神様方にはほどほどにわがままを言っていただく必要があるということですね」
サルはクスリと笑って、突っ伏して乱れていた小春の髪を整えた。
「さあ、小春さん。お仕事ですよ。我が主は、新ジャガイモを召し上がりたいそうですわ。何かおすすめの品はありますか?」
「はあ、今の季節のジャガイモは皮が薄くておいしいですからね。皮ごと食べれば栄養満点! 余すところなく新ジャガイモを堪能できるお料理を考えますね!」
料理のこととなれば、すぐに元気が出るのが小春である。先ほどまで不満を言っていたのが嘘かのように元気よく椅子から立ち上がり、足早にカウンターの奥へと消えていく。そうして戻ってきたときには、その手に新ジャガイモが乗った盆ざるを持っていた。
「新ジャガイモは、つるんとしてピカピカしたものがおすすめです! 皮が指で剝がれそうなくらい薄いと、それだけ新鮮な証拠です!」
「小春さんの野菜知識は、久一さんのそれとそっくりですわねぇ」
楽しそうにジャガイモについて説明する小春を見て、サルはのほほんと微笑んだ。
「そうだ! この前シカさんに振る舞ったそら豆も加えて、春づくしのお料理にしましょう!」
小春は台所の上にまな板を取り出すと、新ジャガイモ、ハムを切り出した。そら豆がほっこりするまで茹でたあと、次に新ジャガイモと水を鍋に入れ、柔らかくなるまで茹でる。
「ジャガイモの水気を切って、鍋で水気を飛ばしながら潰していきまーす」
小春がすりこぎを入れれば、ジャガイモは簡単にホロリと崩れた。もちろんジャガイモは皮ごとだ。新鮮な新ジャガイモだから皮の食感も気にならない。
そこに隠し味の醤油をちょいっと混ぜる。そしてハム、そら豆を入れて、マヨネーズをしっかり和えれば――。
「新ジャガイモのポテトサラダの完成ですー!」
「ポテトサラダですか! おいしそうだわ!」
小春はポテトサラダの入った器をサルの前に置く。そしてその隣に、そっとコショウを並べた。
「お好みでコショウをどうぞ。ピリっとして味が引き締まりますよ。どうぞご賞味ください」
「はい、いただきます」
サルが箸でポテトサラダを口に運ぶ。口に入れた瞬間、頬を押さえて微笑んだ。
「甘酸っぱいマヨネーズがほくほくの新ジャガイモの甘みと合う! ハムの塩気と、そら豆の食感も楽しめていいですわね」
「お口に合いましたか?」
「ええ、ばっちり! コショウを振ればまた一味違う感じになって、我が主にも飽きずに食べてもらえそうですわ!」
「はあー、よかったー」
いつも通りにレシピを書き留めにカウンター奥へと向かう。そして書き終えたレシピを持ってカウンター内に戻れば、サルの前にはすっかり空になった器が置かれていた。
「とてもおいしかったです、小春さん」
「お粗末様でした。はい、これ。ポテトサラダのレシピです」
「本当に有り難いですわ。我が主は、本当に森山家のお料理が大好きで」
サルは少し照れたように頭を掻くと、懐から古い銀貨を一枚取り出した。
「いつもありがとう。また来ますわね」
「はい! こちらこそいつもありがとうございます」
そのままお店を出ようとしたサルだったが、ふと思い出したかのように足を止めて振り返った。
「――そうそう、小春さん。みんなね、小春さんが店主になってくれて嬉しいんですわよ」
「えっ?」
「本当はもう少し足しげく通いたいんですけどね? あまり行き過ぎると、神様方が妬いちゃうから。だからちゃんと仕事のときしか来ないんですわ」
「…あっ、」
サルのその言葉は、小春のひとり言に対する回答だった。小春の胸に、ぽっと温かい光が灯る。
「あ、ありがとうございます! おサルさん!」
「はい、またね」
今日も『神様ごはん相談所』は元気に営業中です。




