第二十七話 小春さんとお花見
古民家を改装した小さなお店。その中で店主の森山 小春は、道明寺粉を浸水していた。
「もうすっかり春だなぁ」
窓の向こうでは、桜の木が満開だ。ひらひらと舞う桃色の花びらが、風に乗って店の軒先まで届く。一瞬、世界が淡い光に染まった。
その色に合わせて、浸水している水に食紅を少量溶いて、淡い桃色にした。
「こんなにも桜が満開だと、神界ではお花見とかしてそうだなぁ」
蒸し器に道明寺粉を乗せて、強火で蒸していく。柔らかくなったらボウルに移し、砂糖を入れて、さっくりと混ぜ合わせる。
「粉の粒感をなくさないように気を付けて、っと」
ラップの上で蒸した道明寺粉を円形に伸ばし、その上に丸めた練り餡を乗せる。
「包み終わりが下に来るようにして、桜の葉で巻けば――はい、桜餅の出来上がり!」
器の上には、淡い桃色の桜餅がちょこんと乗っていた。
――お昼が近づいてきたが、付き人が現れる気配はない。
「まだ早いけど、先にお昼を食べちゃおうかな」
小春が自分の昼食の準備に取り掛かろうとした、そのときだった。
「こんにちは、小春さん!」
ウサギが元気よく扉の向こうから顔を出した。
「ウサギさん! こんにちは!」
「私たちもいますわよ」
「え!? おサルさんに、ニワトリさん!」
「コケッコー。まだまだ外にもいるんですな」
ニワトリが店の扉を開け放つ。その向こうに見える桜の木の下で、その他の付き人たちが敷物を敷いたりと、何やら準備をしていた。
「こ、これは一体どうしたんですか…!?」
「小春さん、今日はお花見日和ですよ」
「小春さんとお花見をしたくてみんな集まったのよ!」
「いつものお礼で、ささやかながら花見料理を作ったんですな」
「つ、付き人さんたちとお花見…!!」
かわいい付き人たちとのお花見だなんて、まるで夢のようだ。小春は付き人たちのサプライズに感動しながらも、先ほど作ったばかりの桜餅を持って店先へと出た。
「……こ、こんにちは…」
「ひさしぶりっす!」
「さあ、こちらへ来い、小春よ」
ウマ、タヌキ、トラが小春に手招きをする。小春は付き人たちに挟まれながら、敷物の上に座った。
広げられたお弁当には、様々な料理が詰められている。定番の唐揚げから、卵焼き、野菜の肉巻きにタコさんウィンナーまで。おにぎりには、かつて論争を巻き起こした、たらマヨ、おかか、ウィンナーコーンも並んでいる。
「……どうしよう…、すごく嬉しいかも…」
いつも作る側だった小春が、今日は作られる側でこうしてもてなされている。料理の一つ一つに付き人との思い出がよみがえって、思わず小春は涙ぐんだ。
「こ、小春! 何を泣いておるのだ!?」
小春の様子に気づいたトラが、その見た目に似合わず、とても慌てた顔をする。
「トラくんの顔が怖かったのでは? 小春さん、大丈夫ですかな?」
ニワトリがその柔らかい羽先で、そっと小春の目尻を拭う。その柔らかさがくすぐったくて、小春は小さく笑いを零した。
「……こうしてみなさんとお花見できることが嬉しいんです。ありがとうございます、みなさん」
小春の笑顔に、付き人たちがほっとした顔をする。そして桜茶を用意して、全員が席についた。
「小春さんの店主一周年をお祝いして!」
ウサギが明るく湯呑を掲げる。
「「乾杯!」」
そうしてみんなで湯呑を掲げ、舞い散る桜の花びらの中、楽しい宴会が始まった。
「主様が――」
付き人たちから聞く神様の話はどれもおもしろく、小春の笑顔は溢れっぱなしだ。神界での不思議なできごとや、久一がまだ若かった頃の話など、話は尽きない。
付き人たちと笑い合う中、小春はそっと桜の木を見上げて、この一年を振り返った。
(最初のお客さんは、ウサギさんだったな)
あのときは、誰かの悩みを解く料理なんて、自分にできるのかと不安でいっぱいだった。一人で店を切り盛りすることに緊張していたとき。ウサギの柔らかい態度に、小春は緊張が解けていくのが分かった。
(とにかく、相談に合う料理をちゃんと出すことばかりに集中してたっけな…)
今では心の余裕ができて、どんな料理なら喜ばれるかを考えることができるようになった。それもこれも、厳しくも丁寧に料理を教えてくれた祖父と、温かく受け入れてくれた付き人たちのおかげだ。
(これからももっと、みんなを笑顔にするような料理を作っていきたい)
そう決意を秘めた小春の手元に、桜の花びらが舞う。そしてそれは湯呑の中へと落ちて、桜茶の中に溶けた。
「――小春さん、」
付き人の一人が、小春の名を呼ぶ。顔を上げたその先には、小春が見たいと思っていたみんなの笑顔が広がっていた。
『神様ごはん相談所』。今日もあなたの笑顔のために、心を込めて料理をします。




