第二十六話 リュウさんとお酒
風の冷たさが和らいできた頃。とある田舎の小さなお店。ひっそりと佇むその場所で、一人の付き人が困った顔をしていた。
「また主から難しいお題をいただいてしまって…」
黄金色の狩衣を纏ったリュウは、物憂げな顔をして小さく溜め息をついた。リュウの仕える神様は水の神様だ。
「今度はどんなお題なんですか?」
三つ編みと割烹着がトレードマークの店主、森山 小春が尋ねる。
「それが……お酒を使った色鮮やかな料理が食べたい、と」
「それはまた、難しい相談ですね…」
水の神様は、清流で仕込まれる酒を『水の恵みの結晶』として好むらしい。お酒を使った料理ならいくつも思いつくが、問題は色鮮やかさである。
「色鮮やかさでいうと、やっぱりいろんな野菜を使った料理でしょうか…」
「こればかりは私にもアイディアがなくて……小春なら何か思いつくのではないかと尋ねてきたのです」
「そのご期待にはぜひ応えたい…! うーん、お酒と色鮮やかさ…」
小春は顎に手を当てて考える。和食はどちらかというと落ち着いた色味が多いので、外国料理が良いだろう。色鮮やかな野菜で言えば、赤パプリカや黄パプリカなどが使えるといいだろう。
(水の神様はお酒を嗜む方だったはず…。お酒に合う料理だと尚良いよね)
頭の中で自分の料理帳のページをめくっていく。祖父の料理帳には載ってない新しい料理が良い。
(お酒、色鮮やかな野菜、お酒に合う一品……)
思い浮かべているうちに、とあるページで思考が止まった。
「――これなら!」
「良いアイディアがあるのですね!」
カウンターの奥から盆ざるに食材を乗せて持ってくる。赤パプリカと黄パプリカ、ニンジン、キュウリにカリフラワー、それぞれ色が異なる野菜ばかりだ。
鍋に日本酒、酢、水、砂糖、塩、赤トウガラシ、黒粒コショウを入れ、一煮立ちさせたら冷ましておく。
「お酢は穀物酢でもリンゴ酢でも大丈夫です。香りが変わって楽しいですよ」
野菜をスティック状に切り、沸騰したお湯でさっと湯がいてから冷ます。
「煮沸消毒したビンに野菜を詰めて、冷ましておいた液を入れれば――日本酒ピクルスの完成です!」
「まあ! たしかに色鮮やかです!」
ビンの中で、色違いの野菜がびっしり詰まっている。さっと火を通したおかげで、野菜の色がよりはっきりと浮き出ている。
「ただ、残念なことに、今すぐには食べられないんですよね…」
ピクルスなので、しばらく漬けておく必要がある。
「早ければ明日にでも食べられますが、味が馴染んでおすすめなのは三日後くらいですね」
「見ているだけでも綺麗ですもの。三日くらいなら待てます。ただ……味見ができないのは残念ですね」
「あはは…、すみません。でも、お酒にも合うので、きっと水の神様にも気に入ってもらえると思います」
ビン詰めしたピクルスをリュウに渡す。リュウはビンを回しながら、中の色鮮やかな野菜を眺めていた。
「レシピをお書きしてもよろしいですか?」
「ええ。お願いします」
カウンターの奥で、ピクルスのレシピを書き留める。調理できる食材として、なるべく色が鮮やかな野菜を並べて書いておく。これで、どんな野菜を使えば良いか分かりやすくなるだろう。
「はい、リュウさん。レシピをどうぞ」
「ありがとうございます、小春。こちら、今日のお代です」
レシピと古い銀貨一枚を交換する。リュウはレシピを大切そうに懐にしまうと、真っ直ぐに小春に向き直った。
「小春。あなたの料理には、誰かを幸せにしたいという思いが込められています」
「ありがとうございます。でも急にどうしたんですか、リュウさん?」
「その思いが、神様や私たちにとって、どれほど心地良いか。あなたの料理の腕はもちろん、その思いが誰よりも強いからこそ、私たちはあなたの料理が好きなのです」
「……はい」
「小春、あなたの料理は素晴らしい。何か壁に突き当たったときは、私のこの言葉を思い出してください」
「はい。ありがとうございます、リュウさん」
リュウの言葉は、まるで何かを予兆しているようだった。それでも彼女の言葉に嘘はない。真っ直ぐなその言葉を真摯に受け止め、小春は深く頷くのだった。
「また来ます」
「はい、いつでもお待ちしております」
リュウの背中を見送る。きっとリュウは『試練』のことを知っていて、小春にあのような言葉をかけたのだろう。
(――誰かを幸せにする料理。おじいちゃんも、よく言っていたな…)
小春はこれから来るであろう『試練』に身を引き締めながら、今日も精一杯、目の前の料理と向き合うのだった。
『神様ごはん相談所』。新しい店主になって、もうすぐ一年が経とうとしています。




