第二十四話 キツネさんと厚揚げ
月が変わっても、雪景色が広がるある日。ひっそりとした場所に立つ古民家を改装した小さなお店。三つ編みに割烹着がトレードマークの店主、森山 小春は、一人の付き人を出迎えていた。
「こんにちはぁ、小春ちゃん。今日も寒いねえ」
白い地面に点々と足跡をつけて、キツネがやってきた。彼の薄緑の狩衣には、雪が少し積もっている。
「いらっしゃいませ、キツネさん。傘はお持ちじゃないんですか?」
「小降りだからと思って置いてきちゃった。今お店が濡れないようにするからね。ちょっと待ってね」
ぶるぶる! キツネが勢いよく全身を震わせる。彼の身体に積もっていた雪は吹き飛ばされ、すっきりとした表情で店の中へと入ってきた。
「キツネさん、温かいお茶、ここに置いておきますね」
「うん。ありがとう、小春ちゃん」
キツネがカウンター席に座る。そしてしばらくお茶を啜って身体を温めてから、ゆっくりと口を開いた。
「あのね、小春ちゃん。僕がこんなことを相談するとベタに聞こえるかもしれないけど――」
いつだったかもこんな風に相談を切り出されたな、と小春は思う。
「厚揚げで、何かおいしい料理はないかなあ?」
「厚揚げ、ですか」
「うん。僕の主、油揚げと同じくらい厚揚げも好きなんだ。だから新しい料理を作ってあげたいなって思って」
キツネの言葉から、彼がどれほど神様を大切に思っているか伺える。単に付き人だからというわけではなく、彼自身が神様を尊敬しているのだろう。
「えっと、キツネさんの神様は商売の神様でしたね。厚揚げで新しい料理かあ」
顎に手を当てて考えを巡らせる小春。どうせなら商売のゲン担ぎにちなんだ料理を出してあげたい。
(金運や勝利にちなんだ食べものや、語呂合わせした食べものなんかが定番だけど…)
そのとき、ふと小春の頭の中でひらめきが降りてきた。
「キツネさん、料理を思いつきました! すぐに調理に取り掛かりますね」
「うん! お願いします!」
カウンターの奥から持ってきたのは、厚揚げ、卵、タマネギの三つだ。これで料理を作っていく。
「まずは油がくどくならないように、油揚げをキッチンペーパーで包んで油を落として、っと」
厚揚げに小麦粉と水を合わせたバッター液、パン粉をつけて揚げていく。衣がカリッとして、きつね色になったところで取り上げて、食べやすい大きさに切る。
包丁を入れるたびに、ザクッザクッという音が小気味良い。
「次は小鍋に出汁を合わせて煮立たせます」
出汁、砂糖、みりん、醤油で作ったつゆに、薄切りにしたタマネギと揚げた厚揚げを入れて、最後に溶き卵で閉じれば料理は完成だ。
「厚揚げのカツ煮風の出来上がりです! どうぞご賞味ください!」
寒い日にぴったりな熱々な一品。厚揚げのカツで勝利をイメージして、商売繁盛を祈願しようという小春のアイディアだ。
「わあ! 厚揚げでもカツってできるんだあ! おいしそう!」
湯気が立って熱々のカツ煮風に、早速キツネが箸を伸ばす。ふぅふぅと息を吹きかけてから、パクっと一口。はふはふと熱さを逃がしながら、厚揚げを頬張る。
「衣がサクっとしたかと思えば、ところどころに染みたつゆがじゅわっとなって……ふああ! おいしい!」
『ごはんがほしい!』というキツネに、白ごはんをよそう。それを受け取るや否や、ごはんをかきこみ、次いでかつ煮を口の中へ放り込んだ。
「うん! ごはんとの相性もばっちりだあ!」
もぐもぐと満面の笑みで食べ進めるキツネ。その幸せそうな表情に、小春もつられて笑顔になった。
「小春ちゃん。この料理のレシピもお願い!」
「はーい! ただいま!」
いつものようにレシピを書き留めて、料理を食べ終えたキツネに渡す。キツネは満足そうにお腹をさすりながら、懐から古い銀貨を一枚取り出した。
「本当、小春ちゃんは料理上手だねえ。これなら久一くんも安心だ」
「ふふ、ありがとうございます」
「そのうち久一くんからも話があるだろうけど、試練はいつも通りの小春ちゃんで受ければいいからね」
「試練?」
また聞きなれない言葉がでてきた。祖父は何を伝えようとしているのだろう。もしや、この店を続けるために、何か試練でもあるというのだろうか?
「今日もごちそうさまあ。また来るね、小春ちゃん」
とりあえず今は試練のことを考えても何も分からない。キツネ曰く祖父から話があるということだ。それを待っていればいいだろう。
「気を付けてお帰りくださいね」
雪景色の中、神界へ帰っていくキツネを見送りながら、小春は自分も何か温かいものが食べたいな、と思うのだった。
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