第二十一話 おじいちゃんとニンジン
十二月三十日。霜の降りた朝、台所には出汁の香りが立ち込めていた。今日はお店を休みにして、おせち料理の仕込みをする日だ。三つ編みに割烹着がトレードマークの店主、森山 小春は、お店の台所で、祖父で先代店主の森山 久一と向かい合ってきた。
「――ついにこの日がやって来たなあ、小春」
白髪混じりの柔らかい髪に丸眼鏡の久一が口を開く。
「――うん。ついにやって来たね、おじいちゃん」
おせち料理の仕込みをする日は、一日中台所に立つことになり、それはもう腰と脚の痛みとの戦いになる。去年もその痛みに苦しんだ祖父と孫は、今年も覚悟を決めた。
「よし、始めるぞぉ、小春」
「はい!」
早速二人で準備に取り掛かる。カウンターの上まで食材が広がっており、おせち料理作りの大変さが伺える。
まず取り掛かったのは、『祝い肴』と呼ばれる三種類だ。黒豆、数の子、田作りを作っていく。
「黒豆はシワがよらないように、しっかり煮汁につけて煮て、っと」
「そうそう。よく覚えているのぅ、小春」
「塩抜きをした数の子は、合わせ地に漬け込んで。輪切り唐辛子でピリッと大人の味にする」
「出汁とかつお節の味が決めてになるから、丁寧になぁ」
「田作りはしっかりとカラカラになるまで炒めて、しっかり煮詰めたタレと合わせる」
「タレが熱々なうちに一本一本に絡むようになぁ」
祖父と孫のコンビは息ぴったりで、あっという間に祝い肴が出来上がる。
「手つきが速くなったのぅ、小春や。料理の腕前が上達したのが分かるわい」
「……へへ。おじいちゃんにそう言われると嬉しいな」
『口取り肴』、『焼き物』、『酢の物』、『煮しめ』と調理を進めていく。祖父と孫は去年の思い出や付き人たちの話をしながら、和やかに時間を過ごしていく。
そうして五段の重箱へ丁寧に料理を詰めて、五段目の重箱は神様からの福を詰めるため、空のままにしておいた。
「やっぱりおじいちゃんの手際はすごいなぁ。どうやったらそんなに綺麗に速く、手が動かせるの?」
「ほっほ。こればっかりは鍛錬あるのみだのぅ。小春もずぅっと料理を続けておれば、知らぬ間に上達しとるよ」
「お店を継いだ当初よりは上達したつもりだったんだけどなぁ。まだまだだなー」
「まだまだこれからじゃ。焦るでない、焦るでない」
久一は五段重を丁寧に風呂敷に包む。料理を終えた頃には、すっかりお昼を過ぎていた。
「おじいちゃん、お昼ごはん、どうしようか? 何か食べたいものはある?」
「小春の料理ならなんでも食べたいなぁ」
「うーん、じゃあアレにしよう! おじいちゃんがよく作ってくれたやつ!」
カウンターの奥から持ってきたのは、ニンジンと卵。ニンジンは赤みが鮮やかで、今が旬なのが伺える。
フライパンにごま油を引いて、細切りしたニンジンをしんなりするまで炒める。みりんと醤油で味をつけ、溶き卵を回し入れる。
「このとき、少しお出汁を入れるのが森山家のポイント」
全体を混ぜながら卵が固まったら、最後にいりごまを加えて出来上がり。
「じゃーん! おじいちゃんの、にんじんしりしりです!」
「おお! 懐かしいのぅ!」
二人でカウンターに並んで手を合わせる。おせち料理の残りものも添えれば、立派なお昼ごはんができた。
「「いただきます」」
祖父に手伝ってもらったこともあり、おせちの味付けはばっちりだ。
「――うん。森山家の味の中に、小春の優しい味がしておいしいなぁ」
久一のその言葉に、小春の心は温かくなった。小春からしてみれば祖父は絶対的な師匠で、その彼から手放しで褒められたのだ。こんなに嬉しいことはない。
「これなら神様たちも満足じゃろうて。小春に店を任せて良かったわい」
祖父にそっと頭を撫でられ、小春はくすぐったいような、誇らしいような気持ちになった。
ほんのりと甘い、にんじんしりしりの味が口の中に広がっていく。
小春の心もまた、祖父に甘えるように、少し童心に返っていた。
『神様ごはん相談所』。祖父の思いを引き継いで、今年最後の料理を終えました。




