第十八話 ウシさんと大豆
月が変わって、本格的に寒さを感じるようになってきた頃。今日も森山 小春はひっそりとした小さなお店に立っていた。
「風がすっかり冷たくなってきたなぁ。こういう日は、ほっこりと温かい料理が食べたくなるなぁ」
焼き芋やシチューなんかもおいしく食べられるだろう。小春は今日の料理に思いを馳せながら、お米を研いで炊飯の準備をする。
お釜を火にかけたところで、店の扉がゆっくりと開いた。
「おはようンモォー」
「あ、ウシさん! おはようございます。いらっしゃいませ」
扉から顔を出したのは、菖蒲色の狩衣を纏った、白黒模様がチャーミングなウシだ。少したれ目なのも、また可愛らしい。
「すっかり寒くなってきたモォ。こういう日は、何か温かいものが食べたいンモォ」
「奇遇ですね! ちょうど私も同じことを考えていたんですよ」
ウシがカウンター席に座る。小春は寒さを労わるように、温かいお茶を差し出した。
「ありがとうンモォ。今日は、神様というよりも、自分たちについての相談なんだモォ」
「ウシさんたちのですか? 何かあったんですか?」
「この夏に大豆を植えたんだけどモォ、主様が張り切って祝福してくれたおかげで、大量に収穫できたんだモォ」
ウシが仕えるのは農業の神様だ。神様に何かあったのかと思えば、どうやらそうでもないらしい。
「ここ最近は大豆料理ばかり食べててモォ、さすがに主様も自分たちも少し飽きてきてるんだモォ」
「大豆は淡泊な味ですもんね。続くとたしかに辛いかも?」
「そこで相談なんだけど、何か大豆を使った料理でガツンとした味付けの料理はあるかモォ?」
ウシの相談に、小春は顎に手を当てて考えた。
「大豆でガツンと、ですか。うーん、そうですね。日本料理はだいたい素朴な味付けが多いので、となると外国料理がいいかなぁ」
そのとき小春の視界に、仕入れたばかりのトマト缶が目に入った。冬に向けて煮込み料理が増えるかもしれないと思い、買っておいたものだ。
「あ、そうだ! トマト缶を使って料理をしましょう!」
「いいレシピがあるモォ?」
「ふっふっふ。まかせてください!」
大豆の水煮から作りたいところだが、生憎と事前準備をしていない。そのため今日は水煮缶を使って料理を進めていく。
小春がカウンター奥から持ってきたのは、豚肉と根菜類だ。
「まずは食材を切っていきまーす」
豚肉、タマネギ、ニンジンを切っていく。豚肉には塩コショウの下味を忘れずに。大豆の水煮缶は水気を切っておく。
「豚肉はバラ肉がおすすめです。脂でコクが出て、これが良い味になるんだよね」
鍋にオリーブオイルを引いて、豚肉を炒める。すると脂が溶ける、甘い匂いが漂ってくる。根菜も入れてさらに炒めたところで、トマト缶、コンソメ、水と大豆を入れて野菜が柔らかくなるまで煮る。
「お好みでニンニクやクミン、チリパウダーを入れると、もっと本格的になりますよ」
最後に塩コショウで味を調え、器を入れたあとにパセリを振れば出来上がり。
「はい! アメリカの家庭料理、ポークビーンズの完成でーす! どうぞご賞味ください!」
「トマト缶とコンソメの良い香りがするモォ!」
料理をカウンターに置けば、『いただきます』とウシが手を合わせる。そしてスプーンで一口。口の中に入れた瞬間、たれ目がさらに細くなって、とろけるような表情になった。
「ンモォー。濃縮されたトマトのとろみと酸味が大豆を包み込んで、しっかりした味付けになってておいしいモォ」
続けて『豚肉と大豆の相性も抜群モォ』と言いながら、ウシのスプーンを動かす手は止まらない。気に入ってもらえた様子を見て、小春は笑みを零した。
「今のうちにレシピを書いてっと」
ポークビーンズのレシピを書き留める。そこに、大豆の水煮を作るコツとして、水につけてしっかり寝かせること、丁寧にアクを取ることを添えておいた。
「ンモォー。身体がポカポカして気持ちいモォ」
料理を完食したウシが、にこにこしながら鳴き声を上げる。小春がレシピを渡せば、大事そうに受け取った。
「小春ちゃん、ありがとうンモォ。自分の相談にぴったりな一品だったンモォ」
「お口に合ったようで何よりです」
差し出された古い銀貨を受け取る。お互いに笑顔が零れて、ほんわかした気持ちになる。
「そういえば、小春ちゃんはいつ神界に来るモォ?」
「え? そんな予定はないですよ?」
「あっれぇ? そうなの? つい先日、久一くんが来てて、神様たちと小春ちゃんの話をしてたンモォ」
「……またおじいちゃんが神界に?」
「てっきり小春ちゃんが神界に来る話かと思ってたンモォ」
引退したはずの祖父がなぜ神界にいるのか? なぜ小春の話をしていたのか? またもや謎が深まる。
「そんな難しい顔をしないでほしいンモォ。きっと、神様たちに孫自慢をしていたんだモォ」
「……そう、ですね。そうだと嬉しいんですが…」
イノシシがぽろりと零した『試練』の話といい、小春の知らないところで何かが動いているのかもしれない。
しかし小春に不安はない。付き人たちから聞く神様の話はどれも温かく、人間味に溢れている。祖父もまた、孫を蔑ろにするようなことはしないはずだ。
(その時が来れば、きっとおじいちゃんが話してくれるよ)
今はまだそのときではないだけだ。小春はウシの背中を見送りながら、そう心の中で呟いた。
『神様ごはん相談所』。祖父が神々と話すあの場所にも、きっと温かい香りが漂っているだろう。




