第十七話 イノシシさんとクリ
とある田舎のひっそりとした小さなお店。三つ編みと割烹着がトレーとマークの店主、森山 小春は、目の前に置かれた食材を眺めていた。
「こ、これは…! 随分と立派なクリですね…!」
瑞々しく、張りと光沢がある皮に、ころんと丸みのある三角形。新鮮なクリの向こう側では、イノシシが誇らしげに鼻を鳴らしていた。
「主がお住まいの山で採れた新鮮なものばかりさ。今日はこれを小春に料理してもらおうと思ってね。神界では栗ご飯を作るつもりだから、何かおかずになるような別の料理を作っておくれよ」
「クリを使ったおかずですか…。うーん、何かあったかな」
ナッツ類を料理に使うと聞いて、思い浮かぶのがまず中華料理だ。クルミやカシューナッツなど、食感と風味を豊かにする食材としてよく使われている。
「ナッツ類と相性が良いといえば、やっぱり鶏肉かなぁ。……よし、メニューが決まったぞ」
小春は腕まくりをして調理の準備に取り掛かる。カウンターの奥から取り出して来たのは、手羽中と長ネギだ。
「今回はクリの形を残したいので、生のまま皮を剥いていきまーす」
クリの皮は硬いので、指を切らないように注意しながら、クリの皮を剥いていく。フライパンにごま油を引いて、手羽中の両面をこんがりと焼きつける。
「鶏の皮が焼ける匂いって、なんでこんなにおいしそうなんだろう?」
皮のぱりぱりとした香ばし音と匂いがしてきたら、煮汁を入れて弱火で煮る。煮汁には、甘みと旨味を重ねていく。砂糖、酒、醤油、それにオイスターソースとショウガを入れるだけ。クリを入れて、さらに煮たあとに、ほど良い大きさに切った長ネギを入れる。
「煮汁がなくなるまで煮込んだら、クリと手羽中の中華煮の完成です!」
「ショウガのピリっとした香りと、クリのほんのり甘い香りがいい感じだね!」
グッグッと鼻を鳴らして笑うイノシシに、小春は料理を持った器を差し出す。
「どうぞご賞味ください」
「あいよ。いただきます」
箸を持って、まずは手羽中にかぶりつく。皮が香ばしいながらも煮汁をしっかりと吸い込み、肉汁と相まっておいしさ増し増しだ。
「ああ…! オイスターソースとショウガの組み合わせは間違いないねぇ!」
続いてクリを口の中に放り込む。歯を入れればホロっと崩れる食感と、オイスターソースの甘みがちょうどいい。
「うん! うまい! これは紹興酒が合う一品だ!」
豪快に笑うイノシシの笑顔に、小春もつられて笑う。彼女はこの中華煮が気に入ったようで、おかわりもした。
「これは良い料理だ! ありがとう、小春! ぜひこのレシピを教えておくれ」
「はい! 準備してきますね!」
おいしいごはんで満足した様子のイノシシに、いつも通りレシピを渡す。
「そういえば、あんたが一人で店を切り盛りするようになってから、もう半年以上経つんだね。時間の流れは早いもんだねぇ」
「最初はどうなることかと思いましたが、みなさんのおかげでなんとかやれてます」
「なーに言ってんだい。あんたが真面目にあたしらに向き合ってくれてるからだろう。あんたの料理は久一にも劣らないよ。自信持ちな」
「イノシシさん…! ありがとうございます…!」
真正面から褒められると、嬉しいを通り越して涙が出てきた。小春は潤む目尻を強引に拭い、イノシシに笑ってみせる。
「この調子で頑張れば、試練だってへっちゃらだろうよ」
「……試練? 何のことですか?」
小春の問いに、イノシシが『しまった』というような顔をする。そしてそれを誤魔化すように、対価の銀貨を手早く小春に渡して、椅子から立ち上がった。
「じゃ、じゃあ、小春。また何かあれば相談に来るよ」
「あっ、ちょっと! イノシシさーん!」
結局、『試練』のことは何も聞けないまま。小春はイノシシの後ろ姿を見送ったのだった。
「試練ってなんだろう? うーん、もやもやするなぁ。おじいちゃんに聞いたら、何か分かるかなぁ」
また別の日に、試練について祖父に尋ねた小春。祖父は、少し間をおいてから笑った。
『試練か……それは、良い兆しかもしれんな』
それ以上は何も言わなかった。果たして、小春の身に何が降りかかるのか。
『神様ごはん相談所』。店主がもやもやしていても、料理の腕は落ちません。




